Track 2

摫擖

こんばんは。よく来たわね。歓迎するわ。 知っているかもしれないけど、わたしは凛(りん)っていうの。 知らない? そう。それは残念。でも、別に良いわ。これから長い付き合いになるだろうから、よろしくね。 そう、わたしが今宵の案内役。夢の奥深くにだけ存在する、あの館への。 貴方をそこまで連れて行くのが、今のわたしの役目というわけ。 じゃあ、早速館へ行く準備をしましょう。体は横になってる? なっていないんだったら、すぐに横になって体と心を落ち着けなさい。 リラックスすることが望ましいの。そうすることで、スムーズに催眠に入る準備が始まる。 体勢は仰向けが良いわね。その方が、こちらとしてもやりやすいし。 あ、そうそう。これからは、私の声だけを聴いてほしいから この特殊なヘッドホンを付けてもらうわ はい、これ… このヘッドホンは、私の首元にあるマイクにスマホを通じてWIFI(ウァイファイ)で繋がってるの これで周囲の雑音を気にせずに、私の声だけを聴いていられるわ。 あー、あー。聞こえる?大丈夫ね? それじゃ、本格的に始めるけど、一つ重要なことがあるの。聴いて。 貴方の体は、館へ行くには少し邪魔なの。 だから、その体と意識を完全に切り離すわ。 代わりの体はあっちで手に入るから安心して。 それと、体を手に入れるために、わたしのいうことをしっかり聞いて欲しいのよ。 端的にいうと命令に従えといっているわ。 少し乱暴だと思うかもしれないけど、 貴方を気持ち良くするために必要なことなの。 今だけ、わたしのいうことを受け入れて欲しい。 この行為には、貴方の協力が必要なのよ。 だから、よろしく頼むわ。ね? ……それじゃあ、手始めに軽く準備体操をしましょう。 脚と腕を軽く広げてみましょう。 まぁ、自然体でリラックス出来るなら何も問題ないわ。 今から体に残ってる緊張をほぐすために、筋肉に力を入れてもらうわ。 まずは右腕ね。ぐっと力を入れて。 ぐっとよ。はい、力を抜いて良いわ。 力を抜いた後は、もう腕を動かそうなんて思わなくて良いわ。 そうすれば、体が自然にリラックスしてくれるから。 次は左腕。ぐっとして。 うん、いいわね。はい、リラックス。 じゃあ次は右脚。太ももからつま先まで力を入れて。 はい、力を抜いて。 左脚も同じようにね。ぐっと力を入れる。そして足から力を抜く。 最後はお腹ね。お腹に力を入れましょう。 はい、よく出来たわね。それじゃあ次で最後。体全体の筋肉に力を入れましょう。 これで体に入っていた余計な力はほぼ取れたわね。 それじゃあ、軽く深呼吸をしてみましょうか。 わたしの声に合わせてやって。 吸って… はいて… 吸って… はいて… 吸って… はいて… はい、おしまい。 それじゃ、自分のペースで呼吸して良いわよ。 さてと、これで体の方はもう済んだわ。 協力してくれてありがと。 おかげでスムーズに進行出来たわ。 それじゃあ今度はあなたの頭をリラックスさせるから目を閉じて。 まぶたの裏側に集中。 今から順番に色の名前を言うわ。 いわれた色で頭の中が染まっている。 そんなイメージを頭の中に作って。 いい? いくわよ? 赤… オレンジ… 黄色… 緑… 青… 紫… 黒… イメージ、出来た? そうね、一度呼吸、整えましょうか。少し疲れただろうしね。 吸って… はいて… 吸って… はいて… 吸って… はいて… 整った? それじゃ、これからさらに深いところまで行きましょう。 今から100から1までカウントダウンをするわ。 数字が小さくなる度に、目線を右に、そして左に軽く揺らして。 振り子を目で追うようにね。いい? それじゃあ行くわ。 100 99 98 97 96 95 94 93 92 91 90 89 88 87 86 85 84 83 82 81 80 79 78 77 76 75 74 73 72 71 70 69 68 67 65 64 63 62 61 60 59 58 57 56 55 54 53 52 51 50 49 48 47 46 45 44 43 42 41 40 39 38 37 36 35 34 33 32 31 30 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 今貴方は深い深いトランス状態にある。 頭も体もリラックスしきっているわね。 ご協力ありがとう。これで、あの場所へ連れて行くことが出来るわ。 ま、その前にやることがあるのだけどね。 トリガーを作りましょう。トリガーというのは、動作と精神状態を関連付けることで 瞬時にその精神状態へと行けるようになるセーブポイントよ。 人間の意識は顕在意識と潜在意識の二つがあるのだけれど、 今あなたは潜在意識が活性化している。 そして、潜在意識に理性的な部分はかなり少ないから、 わたしのいうことを素直に受け入れることが出来るようになるのよ。 だから、わたしが動作を覚えるようにいえば、 貴方の無意識が従順にその状態を記憶してくれるのよ。 そうすることで、例え何かあって覚醒しても、すぐにこの場所へと、 戻って来られるようにするってわけ。 例えばの話だけど、ペットに餌を与える前に毎回鈴を鳴らすと、 いずれペットは鈴を鳴らすだけで餌の時間だと思って近寄ってくるでしょ? 「鈴」と「餌」が関連付けられている良い例よね。 それを作りましょって話よ。わかった? そうねぇ……。あなたの左手、まだ少し動くでしょ? じゃあ、左手の人差し指と親指を軽く合わせて。 これをトリガーにしましょう。 今からわたしが言うことを心の中で復唱して。 自己暗示するの。自分で復唱することが大事だからキッチリやってね。 「左手の親指と人差し指を合わせると、あなたはすぐにトランス状態になる」 じゃ、親指と人差し指を離して。 このトリガーがあれば便利よ。 例えばトイレに行きたくなったりとか、途中で電話が鳴ってしまったりとかのアクシデントがあっても、 導入のプロセスをやり直さなくていい。 親指と人差し指を合わせるだけ。凄く簡単。 それだけなのに、貴方はこの状態に戻ってくることができる。 トリガーは暗示をする度にどんどん精度が高くなってくる。 だから毎日自己暗示することをお勧めするわね。 それじゃあ今から館まで誘導するわ。 こっちよ、着いてきて。 ん?あぁ、こっちで良いのかって? まあ、幾つかルートはあるけど、この海岸を通るのが一番近道かしら。 それに、こっちの道のほうがわたしは好きよ。波の音って、素敵じゃない? 聞いていると、心が穏やかになってくるわ。海、好き? わたしは好きよ。貴方も好きだと、嬉しいかもね。 はい、到着。館へようこそ。 歓迎してあげる。 さぁ、魅惑のベッドルームに案内してあげる 私についてきて…