Track 3

02-01

ジュエル・スターズ本部にて 前半 レン視点 四方100mはある地下訓練場の中を時速60㎞で走りぬける。 「次! ……2番解放 ウォセ・カムイの右腕!」 僕の右腕にはまっている細目の腕輪についているピンを引き抜く。腕輪が一瞬だけ光りその後には幻獣の遺伝子が解放され白い狼の毛皮に覆われた腕が現れた。 「はぁ!」 正面に現れた赤いターゲットの傍を走り抜けながら爪を伸ばした右腕を振るう。直径1mはある鉄のターゲットは僕が走り抜けた後鈍い音をたてながら倒れていく。 感触としてはなたで雑草をかる手ごたえ。ちょっと抵抗はあるけど腕の勢いはほとんど変わらずに連続で右左右と3回振切切ったところで止まった。 『ステップ10、目標の3つのターゲットの破壊を確認。ケース51の時間31秒。プログラム経過時間は43分33秒、前回の記録に対してプラス3秒の結果です』 流れてくる合成音声を聞きながら腕と足の変身を解く。 「お疲れさま、体の方は問題なさそうね」 「僕としては休み過ぎでちょっと体がなまったから、もう少しトレーニングして調子を戻したいかな」 いつもお世話になっているスタッフさんからタオルを受け取って、汗を拭きとる。ああは言ったけど、体を変身させるたびに自分が人とは違う生き物と実感しちゃうのでトレーニング自体はあまり好きではない。 「無茶は厳禁よ。まだちょっと顔色が悪いわよ?」 「それは、また別の理由なんですけどね。どちらにしろ、お昼のミーティングに間に合わなくなるんでトレーニングは中断してシャワー浴びてきます」 自分でもちょっと顔色が悪いのは自覚しているけど、一度シャワーを浴びたら幾分ましになると思う。 「そう、お茶入れたけど飲む? 最近流行ってる新製品みたいで飲むとすっきりするそうよ?」 携帯用の水筒を取り出してこぽこぽとコップにお茶が注がれる、ちょっと緑ががった花の匂いのするお茶だ。 「……す、すみません。僕にはちょっと合わないみたいで」 「あ、嗅覚が鋭いのも大変ね。大丈夫、これは私の方で飲んどくから」 ぺこぺこと、頭を下げてその場を離れる。犬耳もぺたんと申し訳なく伏せている。 さすがに、言えなかった。そのお茶、甘い花の匂いに混じって人の唾液の匂いもするというのは。 「やっぱり、まだ本調子じゃないのかな」 シャワーに向かう前に隣の更衣室のロッカーに着替えを取りに行く。ジュエル・スターズの本部に入ってから、ずっと気になっているんだけど、ほとんどの場所でノノの匂いが漂っている気がしてる。いつもならこの更衣室でも清掃が行き届いているから、特定の匂いがこもることなんてほとんどないのに…… 御船ノノ。隣のロッカーに書いている名札を見ながらよくここで着替えながら、たわいもない話をした友達の姿を思い浮かべる。 2週間前にノノをかばって敵の攻撃を受けて今まで入院してしまっていた。そのことに後悔はしていないんだけど、だいぶ長い間ノノにあってなくてちょっと欲求不満なのだろうか。 特にすれ違うスタッフさん達からうっすらとノノの匂いが漂ってきている気がして、だいぶ当てられている。そいういえば、さっきのお茶の匂いも。 「はあ、いくら何でもそれはないよな。お茶が流行っているって言っていたし、偶然にそんな匂いになっちゃっているんだろう」 どちらにしろ、人の嗅覚の数倍ある僕の鼻にしかわからないみたいだし、お茶から親友の体臭がするんですとは恥ずかしくて誰にも相談できない。 匂いフェチと前に聞いた単語が思い浮かんだけど、さすがにノノを含めて周りの人の匂いに対して変な感情を持ったことはこれまで一度もないので忘れることにする。 「うん、入院中はほとんどノノに会えなかったし、こんな茹った頭で久しぶりに会うわけもいけないから、冷たいシャワーでしっかり頭と火照った顔を冷やそう」 たぶん、ここが分岐点で、もしこのことをレッドに相談していたら違った結末になったのかもしれない。この匂いの原因が分かった時にはもう全然取り返しのつかないことになっていて、そのこと自体はどうでもよくなっているのだけど、この時の僕には想像もつかなかった。 ミーティングは特に問題もなく終了したけど、内容は全然頭の中に入ってこなかった。 「レンちゃんからの調子はどう? 昨日退院したばっかりだからまだ休んでいたほうが良いんじゃ?」 ノノもいつも通り。そのはずなんだけど、どこか違和感があるように見えてしまう。2週間前と変わらない姿、声、匂い……あれ? 「大丈夫。入院も念のために入っていただけだよ。ノノはこれからどうする?」 まだ、鼻の調子がよくないのだろうか。能力のせいで普通の人の数十倍の嗅覚があるけど、こういう人の多いところではいろんな匂いが混ざっちゃって何でも分かっちゃうなんてことはない。はず……たぶん僕の思い違いだ。 「あ、今日はちょっとお母さんから買い物頼まれているから、早めに帰らないと!」 いつものノノだけどと違和感。ありえない匂いに硬直してしまった僕を置いてノノは会議室を出て行ってしまった。 「ノノ!?」 走るのはお行儀が悪いですよとレッドが声をかけてきたけど、今は急いでいるからあと。 「ちょっとまって!?」 何とかエレベーターが閉まる前に体を滑り込ませてノノに追いつく。うん、やっぱり勘違いじゃない。でもどうしよう、追いかけてきたけど聞いていいのか迷う。 「ど、どうしたの? 今日のレンちゃんなんか変だよ?」 ノノの目線が僕の頭の方に、たぶん犬耳がせわしなく動いちゃってるのばれているよね。ええい、しょうがない正直に聞かないと。 「変なのはノノの方。2週間会わないうちになんでそんな……は、発情した匂いを……」 エレベーターの個室に二人だけ、間違いようがない。普通の人にはほとんどわからないけど、確かにノノから、発情したエッチな香りが漂ってきて、うう、僕まで真っ赤になっちゃうよ。 「こ、こういうのは、個人的なことかもしれないけど、その」 は、恥ずかしいけどこうなったら全部聞いておかないと。まあ、ほんとに個人的なことなら、しょ、しょうがないけど、やっぱり気になる。ノノは僕と違って魔法少女って以外は普通の人間だし、たまに、ノノの匂いで、あ、興奮しちゃっていると思うことはあったけどこんなに濃い匂いは初めてで……ああもう、考えがまとまらない。 「別にノノの個人情報をどうこう言うわけじゃないけど、2週間前までそんなそぶり全然なかったから」 ノノはきょとんとした表情でこっちを見ている。いつものノノだけど、発情臭はどんどん濃くなって、まるで発情期の猫だ。普通じゃない。ま、まあ、自室とかそういうときはあるんだろうけど、こんな公衆の面前ではありえない。 「ぼ、僕は何を言っているんだ……ああ、もう」 「うーん、もう面倒だしいいか」 これが知らない人だったり、戦闘中だったりしたら反応はできていたかもしれないけど、僕は親友の異常にだいぶまいっていて近づいてくるノノに全く反応できなかった。 「っつ!? んぶ、んんんんん!????」 ええ? ノノに……キ、キスされた!? もう、わけがわか……あ、うあ、え?? 「ん、くちゅ、ん、んん、こくん、こくん、ッぷはぁ……え、ノ、ノ……あれ、体が……」 「っぷは、あれ? まだ意識があるの? もー、無駄に頑丈なんだから」 視界が歪む。まるで 2 3, 日動きっぱなしで疲労がたまったようにね、むけが……う、だ、だめここで、眠っちゃったら…… 「ノ、ん、んんぐ、ん、んんん、こくん」 「あは、これで良し。ちょっと手順がくるっちゃったけど、準備はできているし大丈夫、大丈夫」 いつもの笑顔でそう言い放ったノノはまるで初めて見る別人のようで、 そこで、僕の意識は途切れた。