●パート1
ふふ、ひとりで泳ぎの練習かしら?珍しいわね。
驚かせてしまったわね、私は尼丘比白(あまおか ひしろ)私以外の“ヒト”がここで泳いでいるの初めてで、つい声をかけてしまったの。
まだ泳ぐのには早い季節だけど、ここのお水は透明で、暖かくて気持ちいいものね。
ね、私が泳ぎ方教えてあげる。
さっきから一度も顔を水につけないけど、それじゃあ上手くなれないよ。
ふーん、水に顔を付けるのが苦手なんだ。ふふ、もったいない♪
水の中はとてもきれいなのよ。
そうだ、特別にキミにも見せてあげようか?
私に掴まって…そう、私の手を握って一緒についてきて……。
ここはこの池の中心で一番深いところなの。
そして、この池で一番きれいな場所……。
どうしたの? 怖い?
大丈夫だよ、ここならきっとキミも顔を水の中に入れられるよ。
安心して……、ほら、抱きしめてあげる…キミの手は絶対に離さないから、私の手を握ったまま……このまま一緒に水の中に入ってあげる……。
深く、深く、深く――
息を少しずつ吐いて、水の中に沈んでいく。
そう、全身の力を抜いて、池の底へと沈んでいく――
池の底から見上げる水面は、遠くなって光が揺らいでるでしょ。
ここが池の底から見た景色、とても奇麗でしょ、キミに見せてあげたかった……。
ほら、キミが泳いでるところをここから眺めてたんだよ。
見つかると思って先に声をかけたけど、水に顔をつけられないなら声をかけなければこのまま見つからずに済んだのかもね。
そっか、水の中だとキミは喋れないものね。
私? 私はキミのような“ヒト”と違うから……水の中でも話せるの。
でも、息ができないと苦しいものね、キミにも少しだけ“分けて”あげる。
動かないでね……、まずは空気を送ってあげる。ん、ちゅく……ふーー……ふーーー。
今度は、ちゅっ…んっ、くちゅ……じゅるっ、そのまま飲み込んで……。
溺れたりしないからゆっくり息を吸って、そう……そのままはいてー。
私に合わせて…、スー…ハー…、スー…ハー…、スー…ハー…。
ほんの少しだけ、私の血を飲ませたからもう息は苦しくないでしょ。
私の血はね、普通のヒトの血じゃないの。
人魚の肉を食べると不老不死になるってキミは聞いたことがない?
私はね、大昔に父が持って帰ってきた人魚の肉を食べてしまったの。
それで不死になって、国中を旅して、そして、ここで静かに時を過ごしていたのよ。
どうしたの?不安そうな顔して。
たった一滴の血程度で不老不死にはならないわ、キミは時間がたてば普通のヒトに戻るわ。
それとも、私を食らってキミも一緒に生き続けたい?
ふふっ、ごめんね。脅かしちゃったね。
でも私の秘密を知ってしまったんだもん…ふふっ、誰かに私のことを話さないように……いいえ、少しの時間――私の遊びに付き合ってよ。