風と岩棚の町ウィーロック
《ひゅおぉぉぉぉ……》
ルーナ
「うわぁぁぁ、すごい風……!
行商人さん!ほら見て、何か空に浮かんでるわ!わぁぁぁー♪」
あなたが荷馬車から荷物を下ろしていると、ルーナの楽しげな声が聞こえてきた。
振り返れば、強い風に吹かれてフードが捲れないように押えながら、ルーナは顔を隠す布からちらりと覗かせる瞳をキラキラと輝かせて、空を仰ぎ見ていた。
つられてあなたも空を仰げば、何枚もの布が縫い合わされて、大きな一枚となっているモノが幾つも浮かび、風を受けパンパンに膨らんで、空に大きくひらめいていた。
よく見れば、布の下部には飛んでいかないよう大地に繋ぎ止めておくためのロープや、人が乗るための大きな籠が付いている。
籠の中では人が忙しそうに何やら四方を触りながら大布を操作しているようだ。
強風にその身を靡かせながらも、風によって削られて出来た様子の、上向きに鋭く尖った岩先(イワサキ)を向ける崖へと、そろりそろりと近づいていっている。
ルーナ
「わっ、わっ……あ、危なくないのかしら、あれ?
あんな鋭い崖にぶつかったら、あの布破れてしまいそうだけれど……」
青年
「ははは、慣れてますから彼らは大丈夫ですよ。えーと……お嬢さんで宜しいですかね?
この町は初めてですか?」
ルーナ
「えっ、あ……は、初めまして。はい、私初めてこの町に来ました。
あっ……行商人さんはどうだったかしら?」
固唾を呑んで大布を見守るあなた達に、町の青年らしい男がにこやかな笑みを浮かべて声を掛けてきた。
フードが乱れてないから急いで確認しながら、ルーナはその青年の質問に答え、あなたを見返した。
あなたにとっても、この強い風と鋭い岩肌、そして浮かぶ大布の群れという光景は初めて目にするものであっため、あなたも初めてだと伝えた所少女の顔が嬉しそうに綻んだ。
ルーナ
「あっ、そうなんですか?
……えへへ、それじゃあすごい光景を一緒に見れちゃったのね、行商人さん♪」
初めての経験を一緒に体験出来た事が嬉しかったのか、ルーナの顔が嬉しそうに笑顔になっていくのがフード越しでもあなたには分かった。
何とも言えず楽しげな様子にあなたが苦笑が毀していると、青年の方もやりとりを微笑ましく思ったのか、小さく笑みを浮かべていた。
青年
「ははは!成る程、お二人とも初めてなんですね。
それでは、ようこそ風と大凧(オオダコ)の町、ウィーロックへ!行商人さんという事は、あとで何か品物の販売でも?」
どうやら、あの大布は凧の一種だったらしい。
改めて見てみれば籠が無くなり、もっと小さい物ならば、確かにあれは凧に見えない事もない。
そう思いながらあなたが青年の問いに、隣町からの工芸品と食料などを積んできた事を伝えると、彼は喜び大きく手を打った。
《ぱんっ》
青年
「あぁ、そいつは助かります!宜しければ後で取引所へ案内しますよ!
個人に売られてもいいですけど、あそこなら町に必要なものは大抵買い取れますから……余計なお世話じゃなければ、ですけど」
元々人当たりの良い性格なのだろうが、町に新しい物を持ってきた事を分かると興味深そうにワクワクとした顔で青年は案内を申し出た。
あなた一人ならば喜んでと伝える所であったが。あなたの隣には出来れば顔を隠していたいというルーナがいた。ちらりと視線を向けると、彼女は考えるように俯いたが……その視線が空の大凧に一瞬向かい、それからそっと口元をあなたに近づけた。
ルーナ
「私は……大丈夫よ、行商人さん。
肌の色とか耳を見られないように、他のエルフや妖精士(ようせいし)には気をつけるし。
……それに、宿で待っててあの大凧の事とか聞き損ねちゃうのは、私ちょっと嫌だわ……!」
力強く頷く少女の様子に、あなたが視線をフードに向けると。
フードの端がぴくぴくと小さく動いているのが見えた。恐らく好奇心を刺激されて、興奮した耳が動いているのだろう。
本当に好奇心の強い娘(こ)だな、と思いながらあなたはルーナに頷き返し、青年に案内を頼むことにした。
青年
「あぁ、良かった。それならご案内させて頂きます。
……それと、私は町で作られているちょっとした小物なども取り扱っています。
お二人が気に入るものがあるかもしれませんし、後でご覧頂けると幸いです」
青年はそう言うと、にこりと軽やかに笑って見せた。
妙に愛想が良かった理由は、どうやら最後の点にもありそうだ。
上手いこと話を持っていかれたなと、再び苦笑を浮かべ、あなたは頷き返すのであった。