Track 12

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野営の話

《ほー、ほー……》 ルーナ 「枯れ草と枯れ枝が集まったから、火口(ひくち)はこっちで山にして。 枝は交互に重ねて、準備しておく……。 ……うんっ、これで良いわ!あとは、火打ち石で……!」  夜、街道から少し離れた場所。あなたとルーナは、野営をすべく準備をしている最中であった。 次の町か、せめて旅人用の宿がある場所まで行ければ良かったのだが、前の町を出るのが遅れてしまったため野宿となったのだ。  今はルーナが焚き火の用意と合わせて、料理の準備を整えてくれている最中。 本当ならばあなたも手伝うべき所なのかもしれない。しかし、ルーナが普段の町でのお金などはあなたが出して貰っているだけに、こういう時は自分が頑張るからと譲らず、いつも一人でテキパキと準備をしてしまうのだ。 《カチッ、カチッ……》 ルーナ 「ふー……ふー……」 《……ぼっ。ぱち、ぱち……》 ルーナ 「よし、付いたわ! 行商人さーん。火、付きましたよー!」  彼女は元々の持ち物であった火打ち石を何度か慣れた手つきで打ち合わせ、火花を立てるとすぐに火口をくすぶらせて、炎は大きくしていった。 あなた一人であれば、以前ならば火の精霊石に願って、火を起こしていた場面だ。 念じるだけで火が付くのだからあちらの方が便利ではあるが、何分精霊石は消耗品である。 使えば段々小さく弱くなってしまうし、安価ではあるが何度も使うのを考えると、嵩張るし値段も張るので、懐的にはよろしくない。 こうして、彼女が精霊石に頼らぬ火起こしなどを担当してくれるようになったのは、あなたにとっても節約になって、助かっている所があった。 ルーナ 「あっ、行商人さん!……お料理作りたいと思うだけれど、鍋にお水を入れて頂いておいていいかしら?」  ルーナの申し出にあなたは勿論と頷く。 この辺には川もないし、水は精霊石頼みである。なので当然の頼みではあるのだが、……精霊石が使えない彼女は、こういう時決まってすまなそうな顔をする。 あなたが荷物の中から、薄っすらと青く透き通っている石……水の精霊石を取り出し、鍋の中に傾けた。 ――水の精霊アクアローズ様、あなたの恵みをお願い致します。 《ちょろ……ちょろろろろ》  あなたがそう願った瞬間、水の精霊石が僅かに輝き、石の先端から水が流れ出していく。それに伴い、精霊石が少しずつその体積を減らし、小さくなっていく。 たぷんっと、鍋を揺すって量を確かめたあなたは、十分な量が入れると願うのを止めた。途端に精霊石は輝きを失い、水もすぐに止まる。 ルーナ 「ありがとうございます! やっぱり精霊石が使えた方が便利ですよね。水をいっぱい持ち歩いたりしなくていいもの……。 ……あははっ!お水ありがとう御座いました、すぐ料理作っちゃいますね!」  水を渡す瞬間、一瞬複雑そうな顔をするルーナ。 町の中と違い、野営中の彼女はフードを下ろし顔を見せてくれている。それだけに、余計に彼女の顔色が分かるのだ。 まだあなたと出会って長いとはいえないが、既にそれなりの時間は共に過ごしている。 最近はあぁした顔を見せる事は少なくなっていたのだが……。 《ことことこと……》 ルーナ 「ふんふん♪ 今日はブーリュで美味しかった魚を干したのと、お野菜もいっぱい買えましたから、それでスープにしますね! ふふ、良い香草(こうそう)が手に入ったから、パンを浸せばかなり美味しくと思いますよ♪」  すでにまるで気にしていなかったといった様子で、料理を始めているルーナ。 ウィーロックで精霊石がふんだんに使われているのを見て、精霊石……ひいては精霊の力こそ、この世界の根本である事を改めて実感してしまったのが、内心ではショックだったのかもしれない。 真面目な彼女の事だ、心配や変な気配りをさせないよう何も気にしていないような顔をしてみせているのだろう。 あなたはそう思うと、やれやれと首を振りながら料理をしているルーナにそっと近づく。 ルーナ 「うんうん、よーし。あとは煮込むだけ! 香りが付き過ぎちゃうから、香草だけあとで抜いておいて……んきゃっ!? わ、ちょ……行商人さんっ!今料理中っ!? 急に頭を撫でないで頂戴。危ないわ!? ムラムラってきたとしても、今は絶対ダメですよ!」  下準備を整えて頷いてるルーナの頭を、あなたはそっと撫でた。 驚かせないよう気を使ったつもりだったが、普段彼女にしている行動のせいで変なかんぐりをさせてしまったらしい。 怒る少女に、苦笑混じりにすまないと一言返すが、言いたかった言葉だけは伝えておこうと、口を開く。 ――ルーナと出会って、随分旅が楽(らく)になったし、楽しくなった。 こうして料理や色々と旅先で手助けして貰って、本当に心から感謝してる。 だから、役立たずだとか。いない方がいいんだとか、そんな風に思う事だけはしないでくれよ? 君が居てくれないと、今じゃ旅が楽しくなくなるだろうからさ。  と、突然の言葉に驚いて固まる少女にあなたは優しく語りかけながら、そのまま暫く頭を撫でた。 ルーナは、何か言いたげに何度か口を開いていたが、結局何も言わずにあなたに撫でられるままであった。。 暫くそうしていて……。 ルーナ 「んっ、もう……料理作れなくなっちゃうわ。 お気遣いには感謝しますけど、行商人さんはあっちで待ってて下さい! ……もう!」  さすがに長く撫で過ぎたのか、褐色の顔を赤く染めた彼女に怒られ追い払われてしまった。 けれど、今回怒られたのは本心ではないだろう。証拠に、その顔は嬉しそうに口元が上がっているのだから。 ルーナ 「煮込んで灰汁(あく)を取ったらすぐもって行きますから、パンの用意だけお願いしますね!」  ルーナの言葉に分かったと頷き、あなたが荷物から固くしまっている黒パンを取り出すべく後ろを向いたその時、小さく風に乗ってあなたの耳に。 ルーナ 「……ありがとうございます、行商人さん♪」  そんな嬉しそうな言葉が、聞こえた気がした。  《かちん……》 ルーナ 「お粗末様でしたっ!どうかしら、美味しかった? 行商人さん?」  あなたがスープの最後の一滴まで飲み干し、椀を置くとルーナが声を掛けてきた。 あなたが頷くと、くすりとほころぶように笑顔を浮かべるルーナ。 時間を掛けた店の料理とは比べるべくもないが、干し魚の塩加減や臭みを香草を使い食べ易く調整してくれていて、食べ易く非常に温まる料理であった。 彼女が言った通り、パンと共に食べると中々に食欲をそそる美味さがあったのは間違ない。 ルーナ 「えへへ……ありがとうございます♪ じゃあ、後片付けしちゃいますね。行商人さんは火の様子を見ながらゆっくりしてて下さい」 《がさごそ……ふきふき》  言いながら、焚き火の灰を少量掻き出し、そのまま食器へ塗ってゴシゴシと念入りに拭いていく。 旅を始めて覚えたにしては、中々堂の入った洗い方である。 彼女が旅立つ前の実家でも、何度となくあぁして家事を手伝っていたのだろう。 それは何処の町でも見られるごくごく普通の家族の光景のようで、精霊の代弁者という立場を取るエルフという種族へ抱く想像より、随分と身近な光景のように思えた。  ルーナ 「よし、これで綺麗になったわっ! 行商人さん、お茶とか淹れましょうか?水を頂けたら作りますけど?」  あっという間に綺麗に片づけを終わらせたルーナが、あなたに向かって問う。 スープでしっかり水気を補給出来ていたので、大丈夫と首を横に振るとルーナは「分かりました!」と、一声頷き。 それから、胸元に手を伸ばし、小さなお守りを取り出し、祈るように両手で包み込み。 ルーナ 「――悪戯好きで、遊ぶのが大好きな私の友達。 一緒に遊んであげたいけれど、今日はもうお休みの時間なの。 だから一晩、また明日一緒に元気に遊ぶために、私達に静かな時間を頂戴……」  目を閉じ、そっと囁くようにルーナが虚空に向かって呟くと、微かに辺りから聞こえていた動物達の音が静かになる気配がした。 人々が生活する上で、そして生きる上で力を貸してくれる地・水・火・風(ち・すい・か・ふう)の4大精霊。そして生命や精神そのものであるとされる光の精霊。彼らこそが、この大地フェアリアを司る存在であり、人々は彼らへの感謝と信仰なくしては生きられない。  しかし、精神などに関わりながらも、悪戯好きで気分屋な租の他雑多な精霊達……まとめて、闇の精霊と呼ばれる存在。 他の精霊と仲が悪く、普通の精霊士やエルフ達は関わらないようにしている……気分屋なだけに、願ってもその効果はマチマチで、頼むにも非常に不安な相手らしい。  彼らに生まれながらに好かれてしまっているルーナは、4大精霊達の力を借りられない。 反面、悪戯好きで何をしでかすか分からないとされているこの闇の精霊と親しく、彼等から力を分けて貰える稀有な存在と言える。 その彼らに力添えを頼むと、こうして辺りの動物達にここには近づかないようお願いして……一一晩の安らぎを約束して貰えるのだから、旅の加護としては十分過ぎるものだろう。 ルーナ 「ふぅ……行商人さん。 今夜も、大丈夫みたい。……町で、随分色々面白いものを見せてもらってるからって、素直にいう事聞いてくれたわ。 もう、別に闇の精霊さん達のためにやってる訳じゃないのに……っ」  恥ずかしそうにしながら、ぶぅと頬を膨らませるルーナ。 生まれながらに彼らと語らい、いつでも隣にいる友人として接してきたからこそ。ルーナは、その影響を強く受けているらしい。 好奇心旺盛で、自分の気持ちに流されてしまい易い所のある彼女が、こうして真面目に育ったのは彼女を心配したご両親の教育の賜物であり……エルフの村から追い出された原因の一つである闇の精霊を恨めない理由なのだろう。  あなたは初めて会った時、心細さに泣き出しそうであった彼女から伝えられた生い立ちは、そうしたとても特殊なものと聞いていた。 けれどだからこそ、精霊士やエルフ達に目をつけられかねないと分かっていても。 伝説のような悪しきダークエルフだとは思えなかったあなたにとって……この少女を見捨てる事の出来なかった大きな理由なのであった。  ルーナ 「……行商人さん? どうかしたの、ずっと私を見ているようだけれど? ……何でもない?それなら、いいけど……」  つい、彼女が闇の精霊にお願いしている姿を見て物思いに耽ってしまったあなたに、ルーナが小首を傾げた。 何でもないと再び首を横に振ると、ルーナは考えるようにしてそのまま首を傾げていたが、少しすると何か思いついたのかちょこちょこととあなたの横にやってきて、静かに横に座った。 《ざっ……ざっ》 ルーナ 「……静かな、良い夜ね。行商人さん」 《さら……》  暫く黙っていたが、ふいにルーナが頭をあなたの肩……体格の違いから正確には二の上になってしまうが。肩にそっと、頭を預けてきた。 虫や鳥の声も遠ざかり、狼などの動物も彼女が闇の精霊にお願いしてくれたお陰で今夜は近づいてこないだろう。野外であって、何の心配もしなくて良い……確かに良い夜であった。 ――ルーナのお陰だよ、一人なら夜はもっと火を焚いて、ギリギリまでは眠らないよう気を配らないといけなかった。本当に、ルーナには助けられてるよ。  そう、あなたが告げると頭をあなたにこすり付けたまま、むず痒そうにルーナが身動ぎ(みじろぎ)をした。 ルーナ 「そんなことないわ……私のほうこそ行商人さんがいてくれて、本当に嬉しいの。 ……私が一人の時は、闇の精霊さん達がいてくれても、ずっと一人で……もっといっぱい色んな事を一人でしなくちゃいけなくて。 町に入っても何時エルフの人に見つかるかとか、何をどう聞いたら良いのか、悪いのか。 それすら分からなくて……ずっとずっと、恐くて、恐くて……心細かったもの」 《ぐり……ぐり……》  頭をつけた匂いでも擦り付けるかのように、月の光を受けて光る銀の髪をルーナが何度もこすりつけてくる。 エルフは長寿な種族だ。 病気や怪我さえしなければ、300から400年ほどは生きる事もあるとあなたは聞いたことがあった。  けれど、ルーナはその中でも見た目通りの子供という訳ではないが、エルフとしてはかなり若い年齢らしい。 伝説に残る悪しき存在と同じとされ、その肌の色によって故郷を追い出される事になった彼女は、随分辛い思いをしてきたのは間違いないだろう。 しかし、あくまで彼女が言うままに聞いただけであり、詳しい所は聞いていない。そして、まだ暫くはこのままで良いと思っている。 まだもう少し……彼女が自分から全てを話してくれるまでは。 (か、してきたの”には”になってる、してきたのはでお願いします 12:45) ルーナ 「行商人さんはエッチで、突拍子もない事するし、私を騙す……訳じゃないけど。 驚かせるようなことばっかりする人で。……でも私、行商人さんに会えて本当に良かったわ。 ウィーロックは勿論、ブーリュの町もやっぱり人が多かったから私の居場所はなさそうだったのは悲しいけれど。 ……まだ、あなたと旅を出来るって思うと、すごく……嬉しいの」  ルーナが顔を上げて、あなたを見つめた。 褐色の肌が、炎を照り返してほんのりとオレンジ色に染まって見える。 月の光は、銀色の髪を綺麗に照らし出し、宿屋で見る彼女の姿より一層……秘めやかな美しさが開かれたような印象を受ける。 何より、夜の闇が……炎と月の僅かな明かりを伴い、彼女の神秘的に紫色に濡れる瞳を見る。 それは例えどんなに素晴らしい宝石でも適うまいと思える程に、美しかった。 ルーナ 「ねぇ……行商人さん? 町では、あなたが私に町の事を教えてくれようとして……結構、エッチな事もしちゃったけど。 でも私の知らない事ばかりで、とても新鮮だったし、胸がワクワクするし……。とても、とても楽しかったの! でもだから、ちゃんと……うん、確認しておかなきゃって……。 私このまま、なし崩しで一緒にいて迷惑を掛けたくないもの」  ルーナの瞳が、あなたをじっと見つめる。 あれだけ楽しそうに笑っていたのに、何処か不安そうに。 ルーナ 「ねぇ……あなた、行商人さん? 今回も私が居られそうな町は見つからなかったけれど……。 私……まだ、あなたと一緒にいても良いかしら?あなたと一緒に新しい町へ行って……色んなものを見てもいいのかしら?」  小さな彼女の唇が開かれる。すぐ近く……間近で見るからこそ、もしかしたらという心細さに震える唇の微かな震えがあなたにはよく分かってしまう。  あなたはルーナを見つめ続けながら、どう答えるべきかを考えた。 それは拒絶のためではなく、どうすれば一番。 この真面目な癖に好奇心の強い、寂しがりやの少女に思いを伝えられるかを考えるために。  精霊の祝福によって人々が生きているこの世界フェアリアにおいて、精霊の代弁者たるエルフ達と問題を抱えている少女を近くに置いておくことは賢い判断とは言えないのは理解出来る。  けれど、彼女に出会ったあの夜。 一人きりでいる心細さに涙を浮かべていた少女が、彼女の知らなかった事を一つ一つを喜び、考え、困り……笑い。 そうして楽しんでくれている様子は、あなたにとって掛け替えのない旅の楽しみになっている。 ましてや……肌を重ねて寂しさを分かち合ってもくれるのだから、文句などあろうはずもない。  世界の敵対者と呼ばれる伝説の、褐色の肌のダークエルフ。彼女は伝えられる姿にそっくりの少女。 だけど、もうあなたにとっては……彼女はルーナという一人の少女であった。だから、仕方が無い。 ……まだまだ一緒に旅をしたいのは、彼女だけではないのだから。 ――勿論、君が居場所を見つけるまでは、俺の隣が君の居場所だ。  そう、不安に震え続ける彼女に強く頷いてみせる。 それは今も変わらないと、はっきりと伝えるために。 ルーナ 「っっ……!あぅ……ぅっ、……ふふ♪ ありがとう……ありがとう、行商人さんっ♪」  あなたの言葉に、嬉しそうに……幸せそうに、褐色の肌の少女は微笑を浮かべる。 そして彼女の顔と手が、ゆっくりとあなたに近づいてくる。 その小さながあなたの胸元に置かれ、そのままゆっくり、ゆっくり……彼女の唇が、あなたの顔に近づいていき……。 ルーナ 「ちゅ……っ♪ えへ……ふふふ♪じゃあまた明日……新しい町へ一緒に行きましょう……ね? 大好きな……行商人さんっ♪」  そう言って、少女は……ダークエルフのルーナは。 心から嬉しそうに、幸せそうに……再び微笑むのであった……。

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