<01:あやかし亭にようこそ>
<01:あやかし亭にようこそ>
んー。雨、まだやまへんなあ。
あ。さっき預かった服、風通しのええ場所に干しといたで。この宿出る頃には乾いてる思うわ。
……お客はん? どないしたん、そんなうちの顔じろじろ見て。
ふーん、やっぱり気になる? 頭に生えたツ・ノ♪
言わんかったっけ、うちのこと。……あれ、言うてへんっけ?
あはは、堪忍なー? 長(なご)う生きとるとようあんねん、自分が何言うたか忘れること。
ほな改めまして。ここ、あやかし亭で女中やっとります、鬼の(あや)いいます。よろしゅうな、お客はん。
鬼言うても、お客はんを取って食うたりはせんから安心しーや♪
さて、堅苦しい話もそこそこに……んー、どないしよか。夕食まではまだ時間あるし……。
あ、そや♪
なあなあお客はん、ここに頭置いてくれん?
ん? なんや言われても……膝枕やけど?
耳かき。うちの宿のサービスみたいなもんや。かかか、お金なんかとらへんとらへん。
ま、お金以外のもんはしっかりもらうけどなー♪ んー、こっちの話、気にせんといて。
とにかく遠慮せんと。うちなぁ、こう見えて耳かきは得意中の得意やねんで?
雨ん中歩いてきて疲れたやろ? お客はんのこと、うちがい~っぱい癒やしたる♪
は~い、一名様ご案内~♪ ……んー、なんか固いなぁ……もしかして緊張しとる?
……お客はん、もしかして女の子に慣れてへんとか?
女の子に耳かきされんの初めて? ドキドキしてまう?
かかっ、図星やろ♪ 心配せんで、別に馬鹿にしてるとかちゃうから♪
むしろうち的には嬉しいんよ? だって要は、うちがお客はんの初めてになれるっていうことやろ?
うちなぁ、何でも初物が好きやねん。食べ物もお酒も……そして人間も。なーんてな♪
ほな失礼しますー……ふ~~~っ♪
ふふ、ひくってした。耳真っ赤にしてもうて……もう、初心やなぁ。
こーら、あまり頭もぞもぞせんと。今から耳かき始めるから。
ほないくで~? 痛いとかあったら遠慮せんと言うてな?
失礼します~。最初はこそばゆいかもしれんけど、直に慣れるからな~?
身体の力を抜いて、リラーックス、リラーックス。ふふっ、そうそう♪
………………。
どお、痛ない? ……そか、ええ塩梅か♪
んっ、しょ。しかしお客はん……ちょっと邪気溜めすぎちゃう?
うちらの宿に迷い込んだのも納得やわぁ。これはちょいと多めにサービスしたらんと。
ん? ああ、邪気言うのは……現代風に言うならストレス、みたいなもんかなぁ。
さっきも言うたように、ここはあやかし亭言うてな?
うちら妖怪(あやかし)がお客はんみたいな、日頃の生活に疲れた人らを癒やすための宿やねん。
あやかしは人の邪気を喰らって生きとる。昔は村を襲うたりして、無理矢理邪気を作り出したりするあやかしもおったらしいけど。
今の人間はストレスを抱えた人らばっかでなぁ。もうそんな乱暴する必要もないんよ。
いわゆる『うぃんうぃんの関係』いうやつやな。だから安心してうちに身を任せてええんやで♪
………………。
ふふ、耳かきはどない? うち結構上手いやろ?
好きなんよ、耳かきって。これって要は、お客はんがうちのこと、信頼してくれた証やろ?
だって不用心に急所こっち向けて。もしうちが悪い鬼で、耳かき棒でグサー!とかやってきたらどないするん?
かかかっ、もう冗談やって。そんな怯えた目で見られたら反応に困るわぁ。
はい、じーっとする。もうちょいで終わるからなー……♪
………………。
……んー、うんうん。
……ふ~~~……♪
はい、こっちの耳は終い。油断してたやろー、ふーした瞬間びくってなったで♪
ほな次は逆の耳やなぁ。顔こっち向けて?
そうやで、うちのお腹の方。なんや、こっち向くの恥ずかしいん?
かかっ、お客はんいちいち反応が初心でかわええなあ。しゃあないなあ、よいしょっと。
くすっ、右耳さんこんにちは~やなぁ。左耳に負けず劣らず真っ赤に熟れて……食べてまいたいわぁ。
はぁ~~~っ。かか、なーんて。食いはせんから安心しいや♪
お客はん、ほんま耳敏感やねぇ。耳かきし甲斐があるわぁ。
ほなこっちも失礼します~。痒いとこはございませんか~? ふふ、一度言うてみたかってんこの台詞。
………………しかしお客はん、ほんと女慣れしてへんねんなぁ。
彼女さんは? ……へぇ、おらんのや。欲しいとか思わんの?
うん、うん。一人は寂しい、こういうことしてくれる彼女が欲しい……なるほどなぁ♪
へー、へー。今のうちみたいに膝枕して、優しゅう耳かきしてくれる彼女が欲しいんやぁ♪
したらどない? この宿におる間だけ、うちがお客はんの彼女になったるっちゅうのは?
せっかくの温泉宿やでー? 一人でのんびりもたまにはええけど、それやと味気ないやろ?
うん、せやろせやろ? はい、それじゃけってーい♪ 今からうちらは恋人同士、わかった?
………………。
んー。でも、恋人同士……となると、いつまでも『お客はん』呼びやと変よなぁ。
彼氏さん……なんかちゃうなぁ。んーと、ええ呼び方他にあるかなぁ……。
あ。一歩進んで『旦那はん』とかどない? 恋人より距離縮まった感じせーへん?
お気に召したみたいやし旦那はんにしよか。かかっ、今さら恥ずかしがってもあかんで♪
ふふっ。………………♪
(なあ、だ・ん・な・は・ん? うちの耳かき、気持ちええ?)
かかっ、今内心ドキってしたやろ? うちにはバレバレやで♪
お気に召したみたいやし旦那はんにしよか。ふ~~~っ。
………………にひ♪
はぁ、れろぉ……ん、ちゅっ♪
かかかっ、まな板の魚みたいにビクンって跳ねたぁ♪
ごめんてごめんて。旦那はんの真っ赤な耳見とったら、ついつい悪戯したくなってもうて。
はーい、耳かきはここまで。お疲れ様ー。
どないやった? 耳かき、気持ちよかったやろー?
んー、名残惜しいん? くすっ、耳かきくらいいつでもしたるやん♪ それよりも……。
(せっかく恋人同士になったんやで? もっと恋人っぽいこと、したない?)
かかっ。また顔、ほおずきみたいに真っ赤にして。旦那はん、ほんまかわええわぁ。
ほな、そろそろ夜やし……うちは晩ご飯の準備してくるわぁ。
あ、そや。旦那はんはお酒飲める人? ……へぇ~、イケるクチなんやぁ。
なら都合がええわ。うちもなぁ、お酒飲むの大好きやねん♪
うちがこっそり隠してる、極上の酒持って来たるわ。それまで適当にくつろいで待っといて♪
(……うちが酌したるから。恋人同士で二人ぼっち、水入らずの夜過ごそーなー♪)
くすっ。ほなまた後で。失礼します~。