Track 7

幕間3

件のジョン・ハンターという男は、予想以上に優秀なようだ。 キャベンディッシュは自然界の法則を解き明かす事には熱心でも、人体にはとんと興味が無かったのだが、回覧されてきた標本を見て思わず感嘆の声を上げた。 中でもこの肺の標本はジョンのお気に入りらしい。 なんでも、肺をふいごで膨らませてから血管を温水で洗い、その後に着色した蝋を根気よく注射したのだそうだ。 結果、血管が鮮やかにハイライトされ、複雑な網目模様を見せていた。 一見グロテスクだが、人体の神秘と、何より製作者が強調したい意図をはっきりと感じさせるそれは、キャベンディッシュの目からでも芸術的に見えた。 ここを血が、吸血鬼が飲む赤い血が流れているのか。 今やキャベンディッシュは、標本の血管を追うのに夢中だった。 次に回されてきた標本は腕のものだった。 血管を見るのに、邪魔な脂肪や筋肉は削ぎ落され、見やすいように骨はくすんだ濃茶色に着色されている。 乱暴な言葉遣いをする男だが、仕事はこんなにも繊細なのかと感心する。 血管を指で追っていくと、無数の細い血管に枝分かれし、指先まで行って……折り返して、また太い血管に合流した。 何か悪い予感がする、冷や汗が浮かんだ。 「ああ、気づいたか。俺がもう少しばかり早く生まれていれば、この大発見を俺の功績にできたんだが」 背後から声を掛けてきたのは、標本の主、ジョンだった。 「そう、血管は循環している、ハーヴェイの発見さ。だが、やっこさんは解剖して確かめたわけじゃないからな。こうして標本にしてやると分かりやすいだろう?」 振り返ると眼があった、貪欲な、骨までしゃぶり尽くす猛禽か、あるいは死霊を思わせる瞳、恐怖に背筋が凍る。 その恐怖は、人に見られて感じるいつもの恐怖とは違っていた。 続く言葉は、キャベンディッシュを辻馬車へと駆け込ませた。 馭者に伝えた行き先は、以前に発表から逃げ出した時とは別だった。