エピローグ
「旦那様がお亡くなりになってから、ええ、心得ておりますとも、旦那様がお亡くなりになってからでございますね。ジョージ卿にその旨をお伝えすればよろしいと」
しつこく念を押す主人にうんざりしながら、召使いは主人の命を復唱した。
ヘンリー・キャベンディッシュは床の中で頷くと、ひとしきり咳き込んでから言った。
「それで頼んだ香水は?」
「こちらに」
差し出された手には金の鎖が握られ、そしてその先には香水の小瓶が繋がれていた。
「ご苦労だった。考えたい事があるから、下がってよろしい」
彼の寝室の厚く重い扉が閉まり切るのを確認して、金の鎖を指の間で転がす。
「We and the dead gallop fast thro' the night.(我等と屍人は夜の底を疾く駆ける)」と銘打たれた小瓶、それは最後に彼女に贈った物だった。
傾けると蓋の裏から小さな針がその先端を覗かせる。
彼女の亡骸が埋められた四つ辻には、今年もラベンダーがひっそりと花を付けていた。
その花から作らせた香水は、不思議と心を穏やかにさせる気がする。
そのように特別な意味を感じるのは、こんな科学者にも迷信じみた感傷があったのだろうか。
恐る恐るハンテリアン博物館に足を運んだが、吸血鬼の骨などという展示物が無くて胸を撫で下ろしたのもそうだった。
自嘲的に笑みを浮かべる。
迷信と言えば、この針を刺して死んだならば地獄に堕ちるというのだろうか?
いや、頭を振ってそんな疑問を押しのけた。
自分も、彼女と同じで死後の復活などというものは望んでいないのだ。
なぜなら、きっと天国も地獄も人が多過ぎる。
(香水の蓋を開ける音)