Track 14

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木蓮

エリス:  なんだ、まだ起きていたのか。  私はまだ、リリフローラのメンテナンスの途中だ。  思ったより長引きそうなんでな。少し休憩しに戻ってきたんだ。  ……この間のアレ、やはりリリフローラの耳に届いていたようだな。  あの一件以来、リリフローラが私に対してよそよそしい態度をとるようになってな。  メンテナンス中もずっとそんな具合なんだ。参ったよ。  ん……。  待て、今確認する。  私には敵が多いと言っただろう。念の為に、周囲にセンサーを仕掛けておいたんだ。  そのセンサーに反応が……。  結構な数の人体反応がこの家に向かって直進している……組織の連中か……。  おい、歩きながら話そう。  まずは地下のメンテナンスルームへ向かうぞ。  メンテナンス中はリリフローラの運動機能を停止してある。それを起動した後、リリフローラを連れて、この家を離れるぞ。  組織の奴らは、人を人とも思わぬ極悪非道な連中だ。できれば相手をしたくない。  心配するな。あの距離と移動速度なら、まだ到着までに余裕があるはずだ。  ん……ああ、そうか、お前の足枷を外さねばならんな。  枷の鍵は……厳重に保管しているから、少し厄介だな。  よし、鍵は私が取りに行く。お前は一足先にリリフローラの元へ向かえ。  リリフローラの運動機能を起動するだけなら、お前にも出来るはずだ。  この通信機を持って行け。追って指示を出す。  ああ、丁度いい。この薪割り用の斧も持って行け。丸腰よりは幾分かマシだろう。  じゃあな、リリフローラを頼んだぞ。 リリフローラ:  あ、こんばんは。  珍しいですね、あなたがこの部屋に来るの……。  ……え、この家を出るんですか?  あ、えっと、運動機能を起動するには、そこのモニターを見ながらキーを操作して貰えれば……。  はい、あたしは体を動かせないので、お願いします。  あ、あぁ……鎖が……あなたの足に付いてる鎖がピンと張って……ちょっと長さが足りないみたいです。  私のことは後回しで大丈夫ですから、ドクター・エリスのところへ行って、先にあなたの鎖を外してください。 エリス:  聞こえるか? そちらの様子はどうだ。  ふむ。では私が鍵を持ってそちらへ向かう。お前はその場で待機。いいな?  いや、お前はその場に留まるほうが都合がいい。  その部屋には、家の外へ通じる抜け道があるからな。奴等が家の中に侵入してきたとしても、その抜け道を通れば、奴等の目にとまることなく脱出できるはずだ。 リリフローラ:  あ、この家の構造のことなら、全てあたしの中にインプットされてます。 エリス:  ああ。だから、私がそこに辿り着きさえすれば……。  クッ……奴等が家の中に侵入したようだ。思ったより早いな。  今すぐその部屋の扉を閉めて鍵を掛けろ。  扉の下に僅かな隙間があるだろう。そこに鎖を通せば扉を閉められるはずだ。  いいか、私が行くまで絶対にその扉を開けるんじゃないぞ。  一旦通信を切る。以上。 リリフローラ:  すみません……あたしの所為でこんなことになって……。  あ……その斧で鎖を切れませんか?  あたしの左側にある壁が剥がれるようになってますから、ドクター・エリスが到着したら、そこを通って家の外に出てください。  もし侵入者に見つかったら、あたしのことよりもあなたが逃げることを優先してください。  運動機能の起動には、1分から2分程度の時間を要します。  あたしのことは本当に、充分な余裕があったらでいいです。  大丈夫です。あたし、セクサロイドですから。  結構頑丈だし、壊すのも一苦労だから、あたしなんか見つけても、いちいち相手にせずに放っておくんじゃないでしょうか。  それに、今のあたしは運動機能だけじゃなくて体の神経も遮断してますから、何をされても肉体的な痛みは感じません。  だから、あたしのことは気にしないでください。  ……やっぱり駄目みたいですね、鎖……。  ハッ……。 エリス:  聞こえるか。  鍵はなんとか取り出せたが、侵入者の数が多くて身動きが取れない状況だ。  そちらはどうだ?  ッ……外側から扉を叩かれたのか? そうか……。  ッつう……うっ、く……いや、連中と接触した時に少しな……。  大丈夫だ、今は身を隠しているからな……。  ああ、なんとか振り切った……。  すぅー……ふぅー……。  気にするな、大したことはない。  フッ……機械に痛覚があるのも、考えものだな。  隙を見てそちらへ向かうつもりだが、万が一私が辿り着く前にメンテナンスルームの扉が破られた場合の対策を伝えておく。  奴等は、私を生かしたまま連れ帰りたいと考えているはずだ。  だから、奴等がお前達の姿を目の当たりにしても、お前達がドクター・エリスでないと確認するまでは、無暗に手を出さないはずだ。  幸い、私の情報は奴等に殆ど漏れていない。  奴等は私の性別すら把握していないはずだ。私がセクサロイドであることもな。  先ほど奴等と接触した際、奴等はまず私を威嚇してきた。  私はその威嚇攻撃でたまたま傷を負ってしまったんだが、奴等は私を傷つける意思がなかったらしく、私の具合を気にする素振りをみせていた。  しかし、私の人工皮膚の下側にある骨格を見た途端、態度を一変させて、躊躇なく攻撃をくわえてきた。  金属の骨格を見て、私のことを、ドクター・エリスが作ったロボットだと思ったんだろう。  それでだな、ここからが重要なんだ。よく聞け。  お前達が奴等に追い詰められてどうしようもなくなった場合は、お前がドクター・エリスを名乗れ。  そうすればお前の命は助かる。  それで状況が好転する訳ではないが、とにかく生きてさえいれば、いずれ逃げ出すチャンスも訪れるはずだ。  いいか、エリスという人名は、男女両方に用いられる人名だ。だから男のお前が名乗っても不自然ではない。  お前に足枷が付いている理由も、いくらでも誤魔化しようはある。  足枷の鍵は、セクサロイドの私が持っているからな。その足枷は、セクサロイドとのプレイの一環とでも言っておけ。  この家に住んでいる人間は、お前一人だけなんだ。お前がドクター・エリスであると奴等に信じ込ませるのは、そう難しいことじゃない。  お前が助かる為の条件が揃っているんだ。黙って私の指示に従え。  出来ればリリフローラも助けてやりたいが……それは余裕がある時の話だ。今は状況が違う。  人間とセクサロイドの命、どちらを優先すべきか……こんな簡単な問題、お前に分からんはずはないと思うがな。  私はただ……理性的に考えて、私達にとって最善の方法を選択しただけだ。  まあ、それは飽くまでも、最悪の状況に陥った場合の話だ。  なに、まだ活路はある。私が鍵を持ってお前た リリフローラ:  あっ……。  ドクター・エリス……。  あの……ドクター・エリスの言う通りにしてください。  あたしもドクター・エリスが言ったことに賛成します。あたしも口裏を合わせますから、きっとうまくいきます。  あのですね、ドクター・エリスがああいう風に言いにくいことをはっきり言ってくれて、あたし、ホッとしてるんです。  だから大丈夫です。あたしは本当に、自分が壊れることなんて全然怖くないんです。  それよりも、あなたやドクター・エリスが酷い目にあったり居なくなったりすることのほうが……。  ドクター・エリスは大丈夫でしょうか……。  あの、出来れば……あなたの命が助かった後で、ドクター・エリスを連れて二人で一緒に逃げてください。  ……すみません。ずるいですよね、あたし……自分じゃ何も出来ないのに、頼ってばっかりで……。  この音、なんでしょうか……?  ハッ、扉の方から……。  んっ、んくっ。  大丈夫ですよ、大丈夫、大丈夫……。  あたし、ちゃんとやりますから。  ん……どうしたんですか……? 足に何かあるんですか?  も、もしかして、自分の足を……何考えてるんですかっ、やめてくださいっ。  無理ですっ、そんな斧で切れるはずがありませんっ。  それに、足を切ったら歩けないじゃないですか。血も出るし、傷口から雑菌が入って死んじゃいますよっ。  運動機能、って……そんな、あたしのことなんてどうでもいいんですっ。  そんなの……あたしの為に自分の足を切るつもりなら、絶対にやめてください。嫌です。  そんなことされても全然嬉しくありません。苦しいだけです。やめてください。  やめてくださいっ。  あたしの気持ち、知ってるくせに……あなたのこと好きなの、知ってるくせに……。  あたしのことが好きなら、やめてください……。  やめて……いや……いや……いや……。  いやっ!  あ、あ、ああぁ……。  だ、大丈夫なんですか……?  足、繋がったままですね……血も、出てない……よかった……。  お願いします……もう、やめてください……。  ドクター・エリス! 無事だったんですね……。 エリス:  フンッ、私を誰だと思っている。  あのような雑兵がいくら束になったところで、所詮私の敵ではないわ。 リリフローラ:  侵入者は……? エリス:  皆殺しにしてやったわ。 リリフローラ:  え……? エリス:  無暗に血生臭い話を持ち出してお前達を不安がらせるのもどうかと思ってな。片が付くまで黙っていたんだ。 リリフローラ:  ドクター・エリスが殺したんですか? エリス:  ああ、一人残らずな。 リリフローラ:  そ、そうですか……。  あの……その……侵入者を殺し終えるまで、ドクター・エリスがこの部屋に来なかったのは何故ですか? エリス:  お前達が居ても足手まといになりそうだったからな。  どうした、リリフローラ。もう侵入者は居ないんだ。何も心配しなくていいんだぞ。 リリフローラ:  すみません、変なこと訊いて……。  でも、なにか……おかしいような……。 エリス:  こんな状況だ。そう感じるのは無理もない。  私もあまり余裕がなかったからな。 リリフローラ:  あの……やっぱりおかしいです。  ドクター・エリスなら……皆殺しなんて無駄の多い方法をとらないような気がします……。  余裕がなかったなら尚の事、身動きがとれない私達を先に逃がそうとしてくれたんじゃ……。  あ、すみません。助けて貰う立場なのに、こんな偉そうなことを……。 エリス:  リリフローラ、私のことは私自身が一番よく分かっている。私の行動は至って自然だ。 リリフローラ:  あたしだって、ドクター・エリスのこと、少しは分かります。  今まで一緒に暮らしてきて、ドクター・エリスがどういう人かってことぐらい、分かってます。  だから、らしくないところも分かるんです。 エリス:  勝手なことを言うな。  それに、私が私らしくない行動をとったからといって、それがなんだと言うんだ。 リリフローラ:  最近のドクター・エリスは、なんていうか……あたし、最近のドクター・エリスに違和感を感じてたんです。  その違和感の原因がなんなのか、ずっと気になってて……。  ドクター・エリスは……もしかして、嘘をついてるんじゃありませんか?  ドクター・エリスが嘘をついてるなんて、今まで考えもしませんでしたけど、でも、そう考えるとしっくりくるような……。 エリス:  フッ、勝手なことをズケズケと。  まるで、感情が無かった頃に戻ったかのような、配慮に欠ける口ぶりだな。  まあいい、話を聞いてやろう。私がどのような嘘をついたと言うんだ。 リリフローラ:  あたしが気になっていたのは、あたしの口から異物が入り込むと動作不良を引き起こす、ということです。 エリス:  それが嘘だと? リリフローラ:  いえ、それは本当だと思います。  あたしが初めて食事をとった際、食品に見立てた燃料ではなく、本物の食品の方を口に運んでしまい、それが原因であたしは動作を停止したみたいですから。  あの時、あなたもドクター・エリスと一緒にあの場に居ましたよね? 今あたしが言ったことに間違いはありませんか?  ……そうですか。やっぱり本当みたいですね。 エリス:  本当ならば、問題はないだろう。 リリフローラ:  本当だからおかしいんです。  あたしはあの時以外にも、異物を飲み込んだことがあります。  この方がこの家に来てまだ間もない頃に、この方の精液を飲みました。  あたしが動作不良を起こす原因となった食品よりも、より多くの量の精液をです。  それに、あたしはこの方とキスをして、この方の唾液を沢山飲みました。  なのに、動作を停止するようなことは一切ありませんでした。  何故動作不良を引き起こさないのか、ずっと気になってたんですけど、あまり深く考えずにそのまま……。  ちゃんと考えればよかったんです……もっと早く気付いていたら、この方だって、あんなに苦しい思いをして斧を振り下ろさなくても済んだのに……。 エリス:  つまり、どういうことなんだ?  はっきり言ったらどうだ。 リリフローラ:  この方は、人間ではなく、セクサロイドです。  セクサロイドは、体内に蓄えられた燃料を体液として放出します。  だから、あたしがこの方の精液や唾液を飲んでも、動作不良を引き起こさなかったんです。 エリス:  何を言い出すかと思えば。  フッ、馬鹿馬鹿しい。 リリフローラ:  ドクター・エリス……もうやめましょう、こんなこと……。  すみません、あなたもいきなりこんなこと言われて、訳が分かりませんよね。  でも、そうとしか思えないんです……。  足、見せてください。  大丈夫ですか? 痛くありませんか?  ……あ、やっぱり……。 エリス:  この男の足がどうしたんだ? リリフローラ:  ドクター・エリス……本当のことを言ってください……。  この方の足……斧を振り下ろして裂けた皮膚の下に、金属の骨格が見えています……。  それから……ドクター・エリスは、セクサロイドではなく、人間ですよね……。 エリス:  なんだ、そこまで分かっていたのか。 リリフローラ:  あたしが動作を停止した時に食べた食品は、ドクター・エリスのお皿に載っていたものですから……。  ドクター・エリスがセクサロイドなら、あの時、あたしと同じものを……食品に見立てた燃料を食べていたはずです……。 エリス:  ふむ、正確な記憶力に論理的な思考、機械だけのことはあるな。  いいだろう、実験は現時点をもって終了とする。  確かにこの男は、私が作ったセクサロイドだ。 リリフローラ:  ドクター・エリス……どうしてこんなことを……。 エリス:  私が嘘をついていた理由を、順序立てて説明してやる。  まず、侵入者など最初からどこにも居ない。全て私の狂言だ。  そして、HX-01は、私の型式番号ではなく、この男の型式番号だ。 <フラッシュバック1>  どうした、HX-01。窓の外になにかあるのか?  ああ、あれは木蓮という花だ。あれが気に入ったのか?  確か木蓮の学名は、マグノリア・リリフローラと言って……丁度いい、お前に人間のような名前をやろう。マグノリアでいいだろ。考えるのが面倒くさい。 <ここまで> <フラッシュバック2>  おい、勝手にクローゼットを開けるな。  この服か? これはスカートが無暗にヒラヒラしていて私の好みではない。  だから一度も着たことがないし、これからも着ることはないだろう。  あ? 今日はこれを着ろと? これを着てセックスしたいのか?  フン、馬鹿馬鹿しい。  うぐ……そんな目で見るな……。  ……一回だけだぞ。 <ここまで> <フラッシュバック3>  今日も甘えさせて欲しいのか?  フン、お前は自分の立場を弁えていないようだな。  何故この私が、セクサロイドであるお前の好みに合わせてやらねばならんのだ。  うぐ……またそんな目を……。  あーもう、しょうがないな、やればいいんだろ。 <ここまで> <フラッシュバック4>  フッ……安心しろ。もしお前達二人の関係に亀裂が入ったとしても、いくらでも修復は可能だ。  リリフローラは機械なんだぞ。記憶を弄って、都合の悪いことは全て忘れさせてしまえばいい。 <ここまで>  HX-01、いつだったかお前が罠に掛かった時、私はお前の命を助ける代わりに、お前を実験体にすると言っただろう。  実験の内容をまだ伝えていなかったな。  実験の題材は、お前達セクサロイドの愛情だ。  人間の慰み物であるお前達に、果たして自然な愛情は芽生えるのか。  セクサロイドは、常にセックスをする相手のことを考えて活動している。生まれた時から人間に依存している。つまり存在自体が不自然なんだ。  だからセクサロイドの愛情を確かめるには、まず、自分がセクサロイドであるという自覚を失くさせる必要があった。  私はHX-01の記憶を操作して、自分を人間だと思い込ませた。  そんなお前がHX-02とどのような関係を築き上げるのか、それを観察していたんだ。  結果、HX-01は人間だと思い込んでいる自分よりもセクサロイドであるHX-02の命を優先し、HX-02は自分の中で膨らむ恐怖心を押し殺しながらHX-01の身を気遣い、自分の命を顧みる素振りを一切見せなかった。  いや、見事な愛情のぶつけ合いだ。  お前達はお似合いのカップルだよ。ククッ。 リリフローラ:  ……なんですか、その言い方。 エリス:  ああ、スマンスマン。セクサロイドにも怒りの感情があったことを忘れていたよ。ハハハ。 リリフローラ:  何の為にこんなことをしたんですか。 エリス:  これ以上の理由などない。単なる好奇心だ。 リリフローラ:  嘘です。ドクター・エリスは理由もなくこんな酷い事をする人じゃありません。 エリス:  だからなぁ、そういう印象を抱かせる為に、最初からそういう人間を演じていたんだ。  そのほうが色々と事を運びやすいからな。 リリフローラ:  嘘です……本当のことを言ってください……。  今のドクター・エリス、すごく無理してます。嘘ついてるの、分かりますよ……。  あたし、ドクター・エリスのことが好きです……だから、どんな事情があっても、全部受け止めます……。 エリス:  歪な人間モドキの愛情など要らんわ。気持ち悪い。  その愛情も本物かどうか怪しいもんだ。ただ人間に媚びているだけじゃないのか。 リリフローラ:  違いますよ……どうしてそんなに強情なんですか……。 エリス:  フンッ。HX-01、お前はどうなんだ。  自分がセクサロイドであるという自覚を持った今、自分の中の愛情を信じることができるか?  お前はセックスのことしか頭にない愚かなセクサロイドだからなぁ?  お前達が互いに抱いている愛情も、どうせ歪な愛情だろう。 リリフローラ:  歪で……歪で何が悪いんですか!  どんな形でも、愛情は愛情です!  本物とか偽物とか、そんなの、どうだっていいじゃないですか!  訳の分からない理屈ばっかり捏ねて、距離作って、遠くから勝手なこと言って!  本当はちゃんとあるのに、近寄ろうとしないから見えないだけじゃない! 馬鹿っ!  ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……ふぅ……。 エリス:  フッ……お前達にとってはどうでもいいことなんだろうな。存在自体が不自然なお前達にはな……。  私は、お前達とは違うんだ。 リリフローラ:  ドクター・エリス……。 エリス:  もうお前達に用はない。  最後の慈悲だ。足枷を外し、運動機能を起動してやる。  二人でここから出て行け。あとのことは知らん。スクラップになろうが人間の慰み物にされようが知ったこっちゃない。 リリフローラ:  馬鹿……。 エリス:  あ? リリフローラ:  馬鹿……アホ……強情女……。 エリス:  フッ……。 リリフローラ:  ……このまま行けば、もうすぐ町に着きます。  大丈夫です。この辺り一帯の地図は、あたしの中にインプットされてますから。  今日は風が強いですね……。  あ、花びらが……綺麗な色……。  ……これ……木蓮の花びらです。  今年はもう、あの時に咲いたはずじゃ……。  ちょっと待ってください、情報を呼び出します……木蓮は春先から春にかけて開花する。開花期間は三日程度。開花期間を過ぎた花は散ってしまうが、夏に返り咲くことも珍しくない……だそうです。  あ、でも、咲いてないのもある……。  ……咲いてるのも咲いてないのも、同じ木蓮なんですね……。  なんか、自分の中にある情報を探ってみたら、他にも色々インプットされてました。  燃料の調達の仕方とか、仕事の探し方とか、キップの買い方とか……。  あの……ドクター・エリスのこと、悪く思わないであげてください……あの人は器用なフリしてるけど、本当は不器用だから、ああいう形でしか自分の気持ちを伝えることができなかったんだと思います……。  あたし、歩きながら色々考えたんですけど……ちょっと聞いて貰えますか。  今から話す事は、あたしの勝手な想像です。  ドクター・エリスは、あたしを作るより前に、あなたを作ったんですよね。  あなたを作った目的は分かりませんけど、ドクター・エリスはあなたと一緒に生活しているうちに、あなたのことを好きになったんじゃないでしょうか。  でもドクター・エリスは、自分の中で湧き起こる気持ちを素直に受け入れることができなかったんだと思います。  あなたがセクサロイドだからです。  ドクター・エリスは、人間が抱く愛情とセクサロイドが抱く愛情は、別物だと考えているようでした。  ドクター・エリスの中にある愛情が膨らめば膨らむほど、不安も募ったんだと思います。  ドクター・エリスは強情ですから、なにか問題に直面しても、全て一人で解決しようとします。  だから、あなたの愛情を確かめる為に、あなたの記憶を弄って、セクサロイドであるという自覚を失くしたんです。  ドクター・エリスがあなたの記憶を軽々しく弄るとは思えませんから、そうでもしないともうどうしようもないぐらい、自分で自分を追い詰めてしまったんじゃないでしょうか。  多分、あなたの記憶を弄ったこと、すごく後悔してると思います。  で、ドクター・エリスは、わざわざ自分に姿形が似たあたしを作って、あなたと会わせたんです。  ドクター・エリスは自分の事となると本当に駄目な人ですから、あたし達を客観的に観察することでしか、ドクター・エリスの言う"本物の愛情"を感じ取れるかどうか、冷静に判断できなかったんだと思います。  愛情を試した後のことは……予め考えていたのかどうか分かりません。  もう一度あなたの記憶を弄ってあたしを処分すれば、実験を始める前の状態に戻せたはずですけど、でも、ドクター・エリスはそうしなかった。  それってつまり、あたし達を人間と同等に扱ってくれたってことですよね。  ドクター・エリスは優しいです。だからあたし達のことを気遣って、最後にあんな突き放すような態度を……優しいけど、意地が悪いです。  道具として使う為にあたしを作ったくせに、勝手に人間扱いして、勝手に自分の気持ちを押しつけて……。  あたし、ドクター・エリスのそういう所、嫌いです。  あ……嫌いっていう感情、自己嫌悪以外ではっきりと自覚したの、初めてかもしれません。  こんな時にナンですけど、ちょっと嬉しいです……えへ。  あの、あなたは……記憶を弄られる前のこと、全く覚えてませんか?  あ、少し思い出したんですね。  ドクター・エリスは……すごく強情ですけど、でも、すごく無理してたから、あなたが自分の意志でドクター・エリスの元に戻ったなら、多分、あなたを受け入れてくれると思います。  それはあなたとドクター・エリスの問題ですから、あなたが一人で戻らなければいけません。  あたしは……あたしはそれを押しつけるつもりはありません。  このまま町に向かって進むか、逆を向いて家の方に進むか、あなたが自分の意志で決めてください。  大丈夫です。あなたがどちらを選んでも、あたしは嬉しいんですから。ねっ。  だから深く考えずに、単純に行きたい方に向かって歩いてください。  あなたはあたしのことを弱い奴だと思ってるかもしれませんけど、こう見えて結構強いんですよ。  あたし、強情ですから。えへ。  ……それじゃ、あたしは町へ行きますね。

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