白い部屋
「――あ、……気がつきましたか?」
「……ん、貴方は、落ち着いているんですね。大抵は、声を荒らげたり、掴みかかってきたりする人もいるのに」
「意識は、はっきりしていますか? ここに来るまでの記憶は……何があったかは、覚えていますか?」
「……そうです。……貴方は、亡くなりました」
「……はい。先ほどまでの出来事は、決して夢や幻などではなく、本当にあったことです」
「とはいえ、いま私達がいるこの空間は、夢や幻のようなものですが」
「一面真っ白で、箱の中にいるみたいでしょう? 通称、“白い箱”……正式名称“授恵室”を模した空間です」
「私も、死んだ直後は授恵室にいたので……特に意味はありませんが、私が担当する人にも、こんな景色を見せているんです」
「……はい。私は死神。ヒナと申します」
「命を落としてしまった貴方を、死界……人間がいうところの、あの世へ、私がご案内します」
「この場所は、まだあの世ではなく、言わば、生の世界と死の世界の狭間」
「私の持てる力で、一時的にこのような空間を作らせて頂きました」
「……と、いうわけですので、時間は限られていますが。ここで貴方に、問いかけをさせて頂きます」
「これから貴方は、生前の行いに対する裁きを受け、死の世界へ旅立つことになります」
「もし、やり残したこと、あるいは、知りたいことなどありましたら。ここで、私にできる範囲で、一つだけ叶えてさしあげます」
「死んだばかりの方……特に殿方は、取り乱したり、乱暴な振る舞いをしたりする方がほとんどですから、大抵の死神はこんな事もせずに、さっさと案内してしまうのですが……」
「貴方は冷静に私の話を聞いてくださっていますし、死の直前の数日を観察させて頂いたところ、嫌悪感はありませんでしたから。ふふ……」
「さあ、ここには他に誰もいませんし、何かが干渉できる余地もありません」
「もし未練があるなら、遠慮せずに教えてください。そのほうが、お互いに……え?」
「……私、を、……抱きたい……?」
「……そう、ですか……」
「……失望しました。貴方も所詮、そんな、卑俗な情欲にまみれた人間だったのですね」
「しかも……ちゃんと私を見て言っているのですか? 互いの認識にすれ違いがなければ、私は……一般的にそのような対象には見られないと思うのですが」
「それが……いいのですか。……はぁ」
「しかし、私から言い出したことですもの。そして、実現不可能な事柄でもありません」
「いいでしょう、わかりました。……あの世までの夢の中で、その一瞬だけ。私が貴方の欲望を満たしてさしあげましょう」