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chapter1

第一話  ここはデモンズパレス。世界を乱す魔王の城。  その入口から数百歩も進まぬうちに、俺は身動きが取れなくなってしまった。 (なんだ、この甘ったるい空気は……)  眠い。しかもこれは不自然な眠気だ。  城に突入する前に休息は十分にとっていた。  体調は万全なはずだ。  それなのに手足が重い、頭がぼんやりする。  気がつけば俺の周りだけ桃色の空気に包み込まれていた。  やがて無意識にその場に膝をつこうとした時、そいつは現れた。 「おまえの、しわざか……!」  もはや呂律が回らない。  だが俺は全力でにらみつける。  目の前に現れたのは扇情的な衣装を身にまとい、俺を見下す淫魔だった。 「はい、捕まえたぁ♪ 今回はどんなこわ~い勇者様かと思ったら」  淫魔は余裕の笑みを浮かべたまま俺の正面にしゃがみこんだ。 (かわいい……なんだこいつは……)  ふわふわした髪を束ねた淫魔は、少し生意気そうにも見えるが魅力的だった。  ほっそりした腕にふさわしくないパンっと張り出した胸。  しっかりと主張するくびれと、ほのかに光る淫紋……どこに目をやっていいかわからない。  そしてすでに俺は魅了されているのだろうか。  いっこうに敵愾心が湧き上がってこないのだ。 「こんなにかわいいボウヤだったのね? うふふふふ」 「ば、馬鹿にするな! 俺はッ――ぅぐ」 「だいじょーぶ、こわくないからね? お姉さんはとっても優しいんだから」  クスクスと楽しそうに笑いながら淫魔は自分の指を軽く舐めてから、俺の唇に押し当てる。  その指先は、ほんのり甘い味がした。  急に俺の胸がドキドキしてきた。  言葉が遮られてしまった……。 「……お前は何者だ」 「私? そうねぇ、教えてあげる。  名前はリム・カーラ。夢を支配する淫魔だよ」  邪悪な自己紹介に俺は背筋が寒くなるが、すぐに甘い気持ちに引き戻されてしまう。  夢を支配する淫魔……まさか、夢魔!?  だとしたらこの眠気はやばい。  すぐに覚醒しなければと思い、歯を食いしばろうとした瞬間に突然キスをされた。 んちゅ……♪ (ああああああああっ!!)  声にならない叫び声も淫魔に吸い取られる。  すぐに舌と舌が触れて、トロリとした唾液が流し込まれた。 (あ、あまい……なんだよ、これ……)  無意識に求める甘露。  危険だとわかっているのに逆らえない誘惑だった。 ちゅ、ぽっ…… 「まだ先は長いからって甘く見てたんでしょ……  そうじゃなきゃ睡眠誘発の罠なんかに引っかからないもんね」  魅惑のキスから解放された俺は、思わず呼吸を荒くしてしまう。  正直、名残惜しい。  もっと味わいたかった。  リムカーラと名乗る淫魔はニヤニヤしながら俺を見つめている。 「お前、俺をどうするつもりだ……」 「どうするつもりだ……って、うーん?  普通ならここでキミの冒険はおしまい♪」 「なっ……!」  リムカーラは淡々と状況説明をする。  ここはすでに夢の中、彼女の領域。  俺は罠にかかって睡眠中。  無防備な魂は淫魔に抱きしめられている……  それは一瞬で俺を現実に引き戻すのに十分な衝撃だった。 「覚めない夢の中で精を抜き取られて、骨と皮だけにされちゃって、枯れ死ぬだけだよね」 「い、いやだ! そんなことがあってたまるか!」 「とっても気持ちいいから、このままおとなしくしてなさいっていいたいところだけどぉ……」  取り乱す俺の頭を撫でながらリムカーラが続ける。 「キミみたいに可愛い勇者クンなら、じっくり時間かけてもいいよね?」 「な、んだと……」  真意がわからず惚ける俺に彼女は微笑みかける。  キスの味を思い出し、フワフワの髪に触ってみたい衝動に駆られるが、気を引き締める。  その笑顔がとても可愛く見えるのはきっと淫魔の魔力によるものだろう。 「ううん、なんでもないわ。  えっとね、キミは今から私のことが好きになっちゃうんだよ~」 「ふざけるな! そんなのっ……」 「そんなのありえない?  ふふっ、さすがは勇者クン。まだ諦めてないんだ。いい目をしてるね!」 さわさわさわさわ♪ 「あ……」  ひんやりした指先が俺の顔をなでた。  優しい目で俺を見つめてくるリムカーラから目がそらせない。 「だめだ、これ……こいつの目を見ちゃだめだ……」」 「でもぉ……こっちをみて?  そう……私の目もキミとおなじくらいきれいでしょ? うふふふふふふ……」  どんなに固く決意しても、鼻先で語りかけられるとだめだった。  リムカーラの可愛らしい声が頭に響き、甘ったるい香りが強くなって、俺は再び彼女を見つめてしまう。  その数秒後、頭の中で何かが弾けるような音がした。 「はぁい、チャーム完了♪  ほら、もう胸がドキドキし始めてるんじゃないの~?」 ツプッ……♪  リムカーラがそっと差し出した指先が俺の胸を貫いた。  そこに痛みはまったくない。  そして指先がさらに沈んで、心臓の位置に達した。 「あ、ああああぁぁぁ……!」  表現できないほどの心地よさが俺の心に溶け出す。  淫魔の指先に、心が直接かき混ぜられているような感覚。 「私の胸に触れてみて、ほら……とくんとくんとくん……」 「え……あ、あああああっ!」  リムカーラはブルブル震えだす俺の手をとり、自らのバストへ導く。  彼女の鼓動を感じる。  そして自分の胸の音もはっきりと聞こえる!  淫魔の胸はこの上なく柔らかい。  それなのに、手のひらを押し返してくる弾力がたまらない。  無意識に指先に力がこもる。  リムカーラはそれを拒むことなく、そのまま俺の顔を抱きしめ可愛らしい声で囁いてくる。 「とくんとくん……」 「あ……だめ……それ、やば……」 「とくん……」 「っ!!!!!!!!!」  重なった。わかる、これは……心臓のリズムをコピーされたん、だ……。 「ふふふっ、キミの心臓の音と、ぴったり重なっちゃったね?」 「な、なんだよ、これぇぇ!」 「血液の流れまで支配されたみたいで恥ずかしい? 嬉しい?」  全てお見通しだと言わんばかりに彼女が言う。 「私と一緒って思うだけで心臓がドクンドクンってしちゃうんだ?」 「ち、ちが、あああああぁぁ!!」 「ふふふ……キミ、もう私に魅了されはじめちゃってる……」  駄々をこねる子供に対して優しく言い含めるようにリムカーラは言う。  その言葉を俺は拒むことができない。 「これからふか~いところまで連れて行ってあげるからね」  甘ったるい声が耳にまとわりつき、心の奥に積み重ねられてゆく。  黙って聞いてるだけだと危険な気がしたので俺は彼女に尋ねる。 「どうして、こんなことを……」 「うん?」 「こ、殺せ……侵入者なんだから、殺せばいいじゃないか!」  俺の言葉を聞いて、リムカーラは不意に笑い出す。 「なんで殺さないのか?  そんなこと、いちいち聞かなくてもわかるでしょう」 「え……」 「お姉さんね、キミのこと、ちょっとだけ気に入っちゃったの♪」  両手で顔を挟まれ、正面から瞳を覗き込まれる。  綺麗な顔立ちのリムカーラに見つめられてる。  その大きな目の中に、何故かハートが浮かんでいるように見えた。 「そんなのっ! 絶対う、うそだろ」 「あー、疑ってる!? ひどいなぁ……ふふふふふふふふ」  微笑みを崩さないまま、彼女が少しだけすねたような声を出した。  この時、俺の頭の中はすでにリムカーラのことでいっぱいにされていた。 (か、かわいい……ずっとみて、みられていたい……)  キスと心臓の音をシンクロさせたことで、淫魔はすっかり勇者の心を握りしめていた。  そのことを勇者に悟られることもなく。 「ね~え? 普通の人間がサキュバスに愛を注がれたらどうなるか、しってる?」 「愛を……そんなの、わかるわけが」 「くすくすっ、わからない? そうだよね~、うんうん♪」  愛という言葉にドキドキしてしまう。  たとえそれが嘘だとわかっていても、抗えない力に支配されかけていた。 「だから、キミにじっくりおしえてあげようかなーと思って」 「な、なにを……?」  するとリムカーラは少し体を起こし、俺の顔と体をジロジロ眺めてきた。 「ふふっ、ほんと……いつもなら  このまま搾り尽くしてゴミ箱へポイしちゃうんだけどぉ」 「っ!?」 「キミは少し特別だから、ここから逃してあげる♪」  予想外の言葉に俺は動揺した。  この領域から抜け出せる? それならまだ勝機はある。 「ほ、ほんとうか……」 「うん、うそじゃないよ~?  罠も外してあげるし、このまま地上へ帰っていいんだよ」  どうやら淫魔は本気らしい。  だがそんなうまい話があるわけない。  思考力の鈍った頭で考える。こいつの真意は何だ? 「お、お前はッ!」 「ただし……うふふふふ、えいっ♪」 レロォ……♪ 「ひゃあああああああっ!!」  俺が言葉を紡ぐより早く、リムカーラが首筋に舌を這わせていた。  そして身を固くした俺を抱きしめ、今度は唇に……、 「はむ、ちゅぷぷ……んちゅっ♪」 「んあっ、ああああああ!」  呼吸を奪われて悶える俺にさらに彼女はキスを重ねてきた。  その回数が十回を超えた頃には、俺はもうぐったりと脱力させられていた。 (きもち、いいよおおぉぉ……)  キスだけなのに、こんなに感じてしまうなんて!  体中が唇で溶かされたみたいだった。  そう、実際に俺の魂はリムカーラのテクニックで蕩けていたのだから……。 「唇の味を、まずは覚えてね? それからぁ……レロォ……チュプ、チュピ♪ んふふ……」 「くはああぁぁっ!」  魅惑の舌先が首筋を舐め始める。  ペロペロとゆっくり円を描くように。  その舌使いの軌跡は時計回りに一周続き、やがて結ばれた。 「な、なんだこの感覚……あ、あついいいい!」 「首筋にキスされて舐め回されると怖い?  お姉さん、吸血鬼みたいでしょ? でもね、もっと怖いことされてるんだよ~」  相手が淫魔であることを思い出す。  快楽の炎でゆっくりとあぶられてる……そんな心境だった。  しかしもう俺は逃れられない。  たっぷり脱力させられたおかげで快感に対抗できないのだ。 「今からたっぷり時間をかけて支配してあげる」  それを十分にわかっているからこいつは急がないんだ。  優しく何度もキスをして、キス……あ、ああああぁぁ!! 「キミが泣き叫んでも誰も助けてくれない場所で、ゆっくりゆっくりゆっくり……」  唇も熱い、でも気持ちいい!  もっとキスしてほしい、だめなのに……求めちゃだめなのに抗えない! 「命と引換えなんだから、別にいいでしょ?  それに絶対気持ちいいんだからぁ」 「だ、だめええええ! やめてえええええ!」  喘ぎながら必死に抵抗する言葉を口にする。  だがお構い無しでキスを重ねがけされる。  首筋が熱い。  骨まで焼けるようだ。  でも気持ちいい!  その数十秒後、リムカーラは俺を唇責めから解放してくれた。 「はい、おわり♪ おみやげにこれあげるぅ……」  まどろみに似た意識の中で、俺は見た。  彼女のお腹にある淫紋が淡く光って、尻尾でくるくる回っていたリングが一瞬消えたことを。  その次の瞬間、俺の首が突然熱くなった。 「うあああああっ……!」 「うんうん、いい感じにあとが残ってる……しっかり定着してくれそうだね」  リムカーラはニコニコしながら指先で俺の首を一周撫で回した。  それはまるでペニスを焦らされているような甘い疼きと、彼女に何かを与えられた喜びを俺に感じさせた。 「俺に、何を……」 「キミの位置からは見えないだろうけど、かわいいネックレスをプレゼントしてあげたの」 「ネックレス……だと?」 「私とキミを結ぶ、大切なものよ……さあ、もう一度私の目を見て?」  リムカーラはそこで言葉を切ってから、じっと俺の目を見つめてきた。  目の奥に彼女が焼き付けられるように感じた。  やばい、これやばい、やばい!  しかしだんだん意識が遠くなっていく……  手足の感覚が鈍くなって、  リムカーラに心を直接いじられているように…… 「キミはここであったことを忘れる……わすれてしまうの……」 (わすれる……いやだ……!)  純粋に悲しい。  こんな気持ちいいことを忘れたくない。  泣き出しそうになった。 「私の姿も声も、記憶の彼方へ霞んでいくの……でも  次に私の姿を見た時、声を聞いた時、今の気持ちを思い出しちゃうんだよ」 (思い出す……? リムカーラのことを……!)  その言葉に俺は喜ぶ。  純粋な気持ちで喜び、彼女を受け入れてしまう。  喉元につけられた首輪のせいで、  完全に魅了されてしまったことにわからず。 「体の自由を奪われて、意識を溶かされて、気持ちよくされて  私に唇を奪われた感触も全部思い出しちゃうの……」 「ほ、ほんと?」  俺の問いかけに彼女はうなずいた。 「今から5つ数えたらそうなっちゃうんだよ?」 「そんなのいやだ、ま、まって!」  しかしリムカーラは微笑むだけで待ってくれなかった。 「5・・・4・・・3・・・」 「いやだ、もっとここに――ッ」 「2・・・1・・・はい、ゼロ♪ イっちゃえ~」  カウントダウンが終わる瞬間、彼女が指をパチンと鳴らした。  それが合図となって、体の奥から何かがこみ上げてきた。 「あ……ああああああああああああああああああああ!!」 ビュクンッ! ドピュドピュウウウウウッ!!  何も触られていないのに、俺は果てた。  心の奥を溶かされた。  彼女が支配する夢の中で、たった一回の壮絶な射精。 「あ、がああ……!」 「くすくす、気持ちよさそう。体より先に心がイかされちゃったね?」  ぼんやりと存在が消えていく俺の体を見つめながら、リムカーラがつぶやく。 「第1段階はこれでいいわ。次に会うときが楽しみね、勇者クン♪」  繰り返される快感の中で何度も射精させられる感覚。  リムカーラの優しいほほ笑みを頭に焼き付けながら、俺はゆっくりと時間をかけて意識を闇に沈めていくのだった。

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