Track5 ぺろとおねんね(添い寝・ウィスパーパート)
;飴なし
;環境音 寝室 (柱時計)
;安眠導入。ぺろ、ずーっとウィスパー
;7/左
【ぺろ】「あ」
【ぺろ】「……いや、おにーさん、おなかすいてたりしぃひん?
ぺろはほら、あやかしやし、ずーっと飴玉舐め取ったから、
うっかりしてしもたんやけど」
【ぺろ】「おにーさんも、今日あってから飴玉だけしか……
(呼吸音)――うふふっ、さよかぁ」
【ぺろ】「おなかすいたんより眠たい方が強いんなら、
今夜はこまま寝てしもて、明日の朝においしいごはん、食べはるほうがよろしなぁ」
【ぺろ】「ちょうどな? 尾頭付きの鯛、塩して冷蔵庫にいれてあるさかいに。
明日は……ふふふっ、朝ごはんから、おにーさんは鯛の塩焼き。ごちそうやなぁ」
【ぺろ】「ぺろは、ほれ、あやかしやさかい。
そないにおなかすかんのよ。
せやさかい、身の方はぜぇんぶおにーさんに食べてほしい思うけど……その――」
【ぺろ】「頭(かしら)はな? 最初にごとーんて切り落として、煮付けにさせてもらおうかなぁ思ーとるんよ」
【ぺろ】「あー、せやなぁ。頬肉(ほおにく)とかも美味しそーやなぁ。
せやけどな、ぺろのお目当ては――眼肉(がんにく)――鯛の目玉と、そのまわりのお肉」
【ぺろ】「ぺろ、ほら、いま目玉しゃぶりいうあやかしやんかぁ――あ」
【ぺろ】「……(不安そうな呼吸音)――(怪訝そうな呼吸音)――(様子を伺う呼吸音)――」
【ぺろ】「……あの、おにいさん?
怖がったり、嫌がったりとか……あれへんの?」
【ぺろ】「なんでって――だっていま、ぺろ、自分が目玉しゃぶりやて――いややなぁ、ずーっと隠そう思とったんに……ぽろって、ゆーてしまったでしょお」
【ぺろ】「ほんで、目玉しゃぶりやゆーたら……あ――(呼吸音)――ああ――(呼吸音)――せやなぁ、いまはそういう時代やなぁ」
;あははは寂しい笑い
【ぺろ】「『目玉しゃぶりがどないなあやかしか』なんて――
あはは、知っとる方が、珍しやろなぁ」
【ぺろ】「ん……(呼吸音)――興味があるなら話すけど……
少し、長い話になってまうよな気がするなぁ」
【ぺろ】「……(呼吸音)――ん。さよか。
そんならつまらん身の上話になってまうけど――
まぁ、おにーさんの寝物語に」
【ぺろ】「あんな? ぺろはな? もともとは人間だったんよ。
琵琶湖のほとりの小さな小さな村に住む、
ただの人間だったんよ」
【ぺろ】「人間だったころの名前は……
どうしても思い出されへんなぁ。
暮らしておった村の名前も、とおに忘れてしもたなぁ」
【ぺろ】「けどな――ひとつだけ。
ずっとずうっと忘れられへん――
ずうっと思とることがあって」
【ぺろ】「ぺろは人間だったころから、ずうっとな?
人間に……人間の体のつくりにえらい興味があってなぁ。
薬師(くすし)――お医者様になりたいなぁって、こないなおなごの身ながらな? ずーっとずーっと思とったんよ」
【ぺろ】「もちろん、昔々のことやさかいに。
どんなに立派なことしても女ゆーだけで名前の一つも歴史に残してもらえんよーな時代のことやったさかいにな?
女が薬師になりたいなんて、まっとーにうけとってくれる人もおらんでなぁ」
【ぺろ】「それでも、少し――ほんの少しは、ちゃあんとぺろの相手をしてくれる人もいて。
人の体と病いのことを、教えてくれる人もでてきて……
暮らしとった村にみんなからはな? 少しずつ頼られるよーにもなってきたんよ」
【ぺろ】「みんなはな? ぺろのこと、少し変わった祈祷師かなんかと思うとったみたいやけどな。
長ネギ焼いて喉の痛いのおさめてやったり、
どくだみ煎じて体のしびれをなおしたったり。
そないなことを重ねるうちに、少しずつ、少しずつ――
ふふふっ、頼ってもらえるよーになってきてなぁ」
【ぺろ】「……あのころは幸せやったなぁ。
このままきっと年を重ねて、
誰かんとこにお嫁にいって、
こどもこさえておばあさんになって――
なぁんてぼんやり、思とったなぁ」
【ぺろ】「けどな? それは叶われへんかったんよ。
疫病(えやみ)――疫病に、
ぺろの暮らしておった村が、襲われてしもたさかいに」
【ぺろ】「みんなばたばた倒れてなぁ――。
ぺろがどんなに頑張ってもな?ころりころりと死んでしもうて……」
【ぺろ】「これはいけんておもうてな?
ぺろ、先生に――
ぺろに人の体のことを教えてくれて、
病のいやし方を教えてくれた、尼さんに――
助けを乞おうと思うてな」
【ぺろ】「その尼さんは、方県郡(かたかたぐん)――
今でいう岐阜の尼寺に暮らしてるゆー尼さんでな?
……今にしておもうと、その尼さんも、
カミさまやら、あやかしやらの類だったのかもしれんけど」
【ぺろ】「旅の途中やいうて、ふらりとぺろの村に立ち寄って。
ぺろにいろんなこと教えてくれて――
字の綴り方まで教えてくれて、墨と筆までぺろにくれてな。
『なにかあったらここに手紙を書きなさい』って、
おしえておいてくれたんよ」
【ぺろ】「せやさかいに、ぺろ、竹に手紙を書いてなぁ。
木箱にいれて、あとは、その箱の中に……その――」
【ぺろ】「疫病(えやみ)で倒れてしもうた人は、みぃんな目玉が濁とったんよ。あとな、男の人はその――お股についとる大事なもんが、黒ぉしなびてしもとったんよ」
【ぺろ】「それを見てもらうのが、一番はやいことやおもうて……
せやさかい、ぺろ、なくなってしもうた人から目玉えぐって、とお股の大事なもの切って――手紙と一緒に、木箱にいれて、竹の皮で何重にも何重にも、ぐるぐるまきに縛ったんよ」
【ぺろ】「でな? そのころは郵便屋さんなんておれひんかったさかいに。赤くておっきな橋の上に立ってな。
『方県郡にいかれるひとは、おらしまへんかー』って、探して探して」
【ぺろ】「やっと見つけたお侍さんにな?
『この箱を方県郡の尼寺にきっと届けてくださいな。
とても危ないものですさかい、ぜったい途中であけひんよーに』ってお願いしてな」
【ぺろ】「……その箱が届いたか届かんかったか――
自分が疫病にかかって死ぬまで……ぺろには、わかれひんかってん」
【ぺろ】「疫病にかかって、これはもうあかんなってなって――
倒れてな。死んだはずなのに、死ねひんの。
心臓はもう動いとらんのに、ぺろ、死ぬることができへんかったの」
【ぺろ】「おかしいなぁ、おかしいなぁ思うて――
村のみんなにもそれがしられて……
おっかながられて、追い払われてな」
【ぺろ】「さまようてさまようてさまよううちに――
ぺろもな、段々わかってきたんよ」
【ぺろ】「ぺろが箱を預けたお侍さんはな?
約束破って、おうちでその箱、開けてしもうたみたいやねんな。
箱には目玉や大事なもんやらがつまってて――
そこから疫病が広がって、お侍さんも倒れて死んでしもうたらしくて……」
【ぺろ】「箱をわたしたぺろがなぁ。
『きっと怪異(あやし)、あやかしや』
いうことにされて、えらい畏れられてしもうたみたいで……あやかしにされてしもたんよ」
【ぺろ】「おまけになぁ、そのでたらめな話が『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』いう本にのせられてしもうて……
長い長い時間がたって、よーやっと忘れ去らてたかなぁ思うころにまた、妖怪辞典とか図鑑とか、そないな本にのっけられてしもーて」
【ぺろ】「そうこうするうち、ぺろにな?
『目玉しゃぶり』やらいう勝手な名前まで、ぽこんてつけられてしもたんよ――そうしたらもう、いや、名前ゆーもんははまっこと、恐ろしい力もっとるさかいに」
【ぺろ】「いままでしゃぶりたくもなんともなかった目玉が、もう、ヨダレが出るほどしゃぶりとーてしゃぶりとーてたまらんよーになってもーたんよ」
【ぺろ】「けどな? 人を助けたい、病を癒やしたいおもとったぺろが、墓を暴いたり、ましてや人を殺めたり――そんなんできるわけないやんか」
【ぺろ】「苦しんで苦しんで苦しんで。
苦し紛れにしゃぶれるもんをしゃぶってしゃぶって――
そしたらぺろな? 気づいてん。
飴玉しゃぶれば、目玉しゃぶらんでもかめへんように、おさまりよるって」
【ぺろ】「……せやな。アメダマの中には、メダマがまるごとはいっとるさかいに。
ええかげんにつけられた『メダマしゃぶり』やらいう名前に後付けされてしもーた呪い(まじない)は、アメダマしゃぶりすることで、綺麗綺麗に抑えつけることができたんやなぁ」
【ぺろ】「で、アメダマずーっしゃぶっとったら……
いつごろの、どこでのことやったろかなぁ。
隠れ暮らしとったアパートの、おんなじ階のちっちゃな子ぉがな?
『あのおねーちゃん、いっつもキャンディーしゃぶってて、ぺろちゃんみたい』って――あのケーキ屋の人形、しらん?」
【ぺろ】「あのお人形みたいやゆーて、ぺろに名前をくれてなぁ」
【ぺろ】「『目玉しゃぶり』より『ぺろ』の方が、5000兆倍かわええやんか。
それからぺろ、ぺろを名乗るようになってな?
そしたら、あめだまのことどんどんどんどん知りたいよーになって、詳しくなって――組飴づくりで、生計たてられるよーにまでなって」
【ぺろ】「住処(すみか)をごろごろ変えながら、なんとかかんとか彷徨い暮らすそのうちに……ものべの村――ここの土地神さんからの使いがきてな?
ここでだったら、宿替いせんと、ずーっと暮らしてけるゆーて」
【ぺろ】「その誘いにのって、ここで飴屋をやらしてもろて……
おにーさんと出会うて、いまにいたるゆーわけやんな」
【ぺろ】「長くてつまらん話やったろーとは思うけど、
眠気を誘うお手伝いくらいは……ん?
どないしたん、おにーさん」
【ぺろ】「え? あ……(呼吸音)――(驚いて息を吸い、止め、ゆっくりと吐く)――あ……」
【ぺろ】「そんなん……そないなこと……考えたこともなかったわ」
【ぺろ】「けど……せやな。
ここでなら、このものべの村でなら……
ぺろ、ちゃんと勉強しなおして――
一から全部勉強して――
薬師に――お医者さまになることだって……
目指せる――目指しなおせるんやなぁ」
【ぺろ】「……(呼吸音)――うん。うん。
せやなぁ、ほんまや。
目ぇのお医者になったなら、ふふっ、
『目玉しゃぶり』いう名前の意味も、
ぺろが自分で、変えていけるかもしれんなぁ」
【ぺろ】「『目玉のことをしゃぶりつくすように勉強した、
人間の目の病も、あやかしの目の病も、必ず直してくれるあやかし――<目玉しゃぶり>』――あはは、ええなぁ!
そないになったら、ぺろも死ねんでおった意味が…………ん……」
【ぺろ】「あんな? おにーさん。ちょこっと、ごめんな?
ぺろ――なんや……
おにーさんのこと、ぎゅーってしたくて――」
;SE 布団もぞもぞ→抱きしめる
;7/左 密着
【ぺろ】「ぺろが死なんでおったのは、
ずーっと彷徨い続けた意味は、
きっとおにーさんに会うことに……
おにーさんに、『目玉しゃぶり』の意味を教えてもらうために、あったんやなーって、そないな気がする」
【ぺろ】「……おおきに。ほんな、ありがとーな?
おにーさん――
ん……」
;1/前
【ぺろ】「(ちゅっ)」
;SE ふとんごそごそ(離れる)
;7/左
【ぺろ】「あはは、あは――はぅ……あ、あんな? その――
寝よ! もう寝よーな、おにーさん――ふぁ――」
【ぺろ】「(小あくび)」
【ぺろ】「なんや……へへ――妙に安心したからかなぁ。
ぺろ、急に眠たくなってきてしもーた……ん――」
【ぺろ】「でも……ふふ……ほんまに素敵な考えやなぁ……
目玉のお医者の……目医者の目玉しゃぶりになるの……」
【ぺろ】「ものべのには、尚武(なおたけ)せんせいう人もあやかしもみてくれる、まっこと素晴らしいお医者様がいてはるけど……目の専門医は……おらん――ふぁ……おらんもんなぁ……」
【ぺろ】「勉強、して……目のお医者になって……
ぺろの、お店……アメダマと目玉のお医者のお店に……なって……」
【ぺろ】「それで……ん……おにーさんも……そんときも……
ぺろの……となりに……いてくらったら……ん……」
【ぺろ】「(浅い寝息)――ふぁ――もうあかん……もぉ、ねむい」
【ぺろ】「おやすみみなさい、おにーさん――ふぁ……
明日の、朝も……」
【ぺろ】「明日の、朝も……ぺろとたくさん……おしゃべり……して、な? ん……(浅い寝息)」
【ぺろ】「(浅い寝息x4回)」
【ぺろ】「(浅い寝息x4回)」
【ぺろ】「(浅い寝息x4回)」
【ぺろ】「(安定してきた寝息x4回)」
【ぺろ】「(安定してきた寝息x4回)」
【ぺろ】「(安定してきた寝息x4回)」