01 現を忘れて
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【複数の裸の男に取り囲まれている裸の女。周囲は漆黒の闇で、場所は不明。男達の顔はよく見えない。
ひざまずいて両脇の男の陰茎をしごきながら、神妙な面持ちで何やら思いにふける】
如何にして男の股間に舌を忍ばせようか、あれこれと思いあぐねていた。
愛の語らいの末に体を重ねて…
相応の代価を得て…
さも意味ありげな理由を突き付けて…
どんな理由を掲げても、行きつく先はちんぽに変わりないのだが。
そう…男根に有り付けさえすれば、経緯は大した問題ではない。
現に目の前には行き場を失った迷える子羊達が、鎌首をもたげて待ち構えているではないか。
暗がりで顔はよく見えない。だが、彼らが何者であるのかはどうでも良い。
同様に彼らも私の素性を知る由は無いだろう。この姿も思い思いに映っているはずだ。
それで良い。お互いにこれまでやこれからは、今から始まる宴には無用な物なのだから。
ここは夢と現の狭間。男と女が欲望に任せて求めあうだけの空間。
裸の女を前にしていきり立ち、むせかえる臭いを漂わせ、先端を汁で濡らす陰茎。
これを口に含む時、私は得も言われぬ幸福を感じるのだ。ただの充足感ではない。
そう…あれは母の乳首にしゃぶりつく乳児の様な…そんな安らぎに近いもの、だろうか?
ひもじさのあまり口を開いても、何も収まる物が無い事を考えると恐ろしい。
そこには絶望しか無い。飢えと渇きに苦しみながら、虚空を呑むしかないのだから…
肉棒を口に含んでいると、ひたすら無心になれる。何も考えなくて良い。
今の悩み事も、過去の忌まわしい出来事も、将来の不安も…全て頭の中から消し飛ぶ。
同時に人と触れ合う事で、自分がこの世に確かに存在している事を実感できる。
孤独さからも逃れられるのだ…
この陰茎の持ち主達にも様々な想いがあるのだろう。
その心の内をつぶさに知る術はないが、常に肉に飢えているのは確かな様だ。
例え赤の他人でも、女が見返り無しに相手をするとあらば何の疑いもなく一物を晒す。
実に無節操に。ただ一時の潤いを求めて。
そういう性なのだ。仕方がないのだ…
だが、こちらが肉茎を求めるのも同様である。
男の都合の良い様にされるがままではない。女とて欲しているのだから。
心の渇きを癒すため、無条件に求めたくなる時もある。
雄々しく隆起した柱を目の前に差し出されれば、自ずと対話せざるを得ない…
柱…そう、男根は神に等しい。この行為は神との交信である。
男を尊んでの事ではない。理由も無くかしずくつもりは毛頭ない。
ここは邪念を祓い、己を磨く機会を与えてくれる聖域なのだ。
男にとって女陰がそうである様に…いや、時には唇がその務めを果たす事もあるだろう。
肌と肌が触れ合うと、お互いの肉体が揺れて響く。
それが空を振るえさせながら耳に入り、周りの景色に変化が生じた事を知覚させる。
音。心を躍らせ、安らがせ…時には苛立ちや悲しみを生じさせる…
それを聞いた者に何らかの影響を与えるもの。
この口から出る音は、ただのノイズでは無い。
声だ。言語の枠に収まらない言葉なのだ。詩や歌と呼んでも良い。
日常では発しないこの特殊な声を口にすると、そこに神が降りてくる。
決して大袈裟ではない。声には言霊が宿っている。幸を呼ぶ呪文なのだ。
声の発し方ひとつで、自分も相手も肌を擦り合わせる快楽以上に気持ちを高ぶらせ、
身も心も絶頂へと導く事ができるのだから…
その逆も然り。力の宿らぬ声では、男女の営みは燃え上がる事なく潰えるだろう。
そうならぬ様、全身全霊をこの口に注いで務め上げて見せよう…
長々と戯言が過ぎた。
もはや、この語らいに小賢しい雑音は必要ないだろう。
そこにあるのは、肉体の接触で奏でられる魂の対話だけだ。
しかと聞け。慈愛のさえずりを! 嬌艶(きょうえん)なる咆哮を!!
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