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1.プロローグ・悩みの種がありますが。

悩みの種があった。たぶん、ひとによっては、まさに種のように小さい悩み。インターネット上では、自分が何者なのかを考えなくていい。対面した時の視線、声色、言葉遣い、どうやらネット上の世界は、現実より寛容だった。枕に顔をうずめたくなるような過去だって、誰も知りやしない。本当の自分。それを、開けっぴろげに顔に出すことだって出来る。だからこそ、こころの傷をえぐるような中傷も、唯一無二を叫ぶ讃美歌も、誰も彼もが、仮面を被らずに口にする。僕は、そんな世界でこそこそと......ちょっと下品な言葉を話すのが好きだった。普段の僕からは誰も想像がつかないような、そんな下ネタをぽつりぽつり、深夜帯には、大声で叫ぶように......イヤらしい言葉を発信していた。そんな行為に、なんとも言えない、快感のような感覚を覚えてしまうのだ。変な遊びだと思いつつも、とにかく気持ちが良いのでやめられなかった。僕が彼に出会ったのは、先週のこと。特に意図もなく繋がった関係だけど、彼の言葉はとても愉快で、僕の下ネタに乗っかっては、グサグサと僕の性癖を刺す返事をくれる。それに便乗して、生々しかったり馬鹿馬鹿しかったり、公の場で、ひとに見られるのも憚れる言葉を叫び合った。正直、気持ち良かった。しかし、例に漏れず彼も......僕の過去など知る由もない存在だった。......はずなのに。彼はなんだか、おかしかった。だんだんと、彼のメッセージは、まるで僕の意識を、思考を、こころを、見透かすような内容へと変わっていったのだ。ネットの海で、下ネタカーニバルを開催しては頭を心配される僕。僕は、ただそれだけの概念であるはずなのに、なぜか彼は、僕の日常を、僕の本来を......知っているかのようだった。急に恐ろしくなった。手足が震えて、顔が青ざめていった。もしかしたら、現実の僕を知っているひとなのだろうか。いや、そんなはずはない。だって、現実と結びつくような情報は何も......。ひッ......!また通知だ。彼がメッセージを送ってきたのだ。恐ろしいとは思いつつも、彼との縁を切れないでいた。彼だけ通知をオンにして、何を言われてもいいように身構えているのだ。びくびくしながら、画面のロックを解除する。やはり彼だった。ブルーライトにハッキリと映った通知タブ。そこには、たった一言......死刑宣告とも、希望の光とも思える、妙な、胸を震わす文面が光っていた。「放課後、屋上で待ってる」......行っても、行かなくても、僕の人生は終わったような気がした。目の前が真っ白になる。何も考えられない。返事もせずに、僕は、無慈悲に歩み続ける時計の針を......ぼーっと見つめた。......ぁ。ぁ、あ......あの、えと、ぇ、あ、まさか、そんな。あ、あなた、が......。ふぇ、ぁ、そ、そ、です......。僕が、ゎ、ワン子、です......はぃ。ぃえその、だって、ネット上の関係が、まさかクラスメイト同士だったとか、ちょっとびっくりしちゃって......。ぅ、う、すみませッ......ぁ、な、なんでもします、なんでもします、でも、あの、痛いことだけは......。ひィぃっ。ぬぁ、ち、近い、近いです、ちか......。ぅ?な、なんでスマホ出してるんですか......?......ぁ、あぁぁそうか、僕、ここで終わっちゃうんだ。脅されちゃってヤられちゃって。乱暴されれば制服半脱ぎ、パンツもずらされ無理やり手すり、人形みたいに扱われ、イヤイヤ言っても挿れられて、いちばん大事な奥の奥、ギュゥってアレを突っ込まれて、パコパコしまくる放課後に。 びゅぅびゅぅ真っ白出されても、ただただ僕は抗えず。スマホで痴態を保存され、ネットの海に拡散し。全部終わって、人生終わって、ぁぁ、なんか、それ............ごくりッ............イイなぁぁァ......♪♪............ハッ。ぁあああ違ッ、違うんですよ、ぜんぶ違いますッ、だって、あの、これじゃ僕ッ、ただのドMの変態じゃねーかとか、語りの冒頭は何だったんだとか、そういうこと思われちゃうじゃないですかッ。ぁいや、語りのくだりは何でもないです。違います。忘れてください。ていうか全部忘れてください。僕マジでそのあの、ゴミなんで。ゴミクズで。貴方の記憶の一片になることすらおこがましくて、大層失礼な話で。わッ、あのっその、すみません引いてますよねすみませんほんと。引いてるでしょ?引いてます絶対引いてますねその顔。うぅわぁあ。引かれてしまった。不快な思いをさせてしまった。なんてこった。何にせよ終わりだ、終わりなんだもう、僕の人生ハッピーエン......いや、バッドエンドでさようなら......。......へ?え?あぇ?なんですか、なに、え、その画面は一体......。ぬっ!?僕のアカウント......?なんでいまさら......?......ふぇ!?ぁあぁ、あ、そうです、これ、だいぶ前に上げた写真です......。わっ、ひいッ、ほんとだヤバッ!顔が反射して映っちゃってる!えっえ、もしかして、貴方が僕のことを知ってるような口ぶりだったのは......、この......写真のせい......だったんですか。......うぅっぁぁあ......ハズカシイッ、ハズカシイィッ。うぅ、う、あの、えっと、まずは、教えてくださってありがとうございます。でもその、なんというか、どうしてわざわざ......呼び出しを......?僕がこう言うのも大変失礼な奴ですけど、気づいたときにメッセージをくださればこんな、......あの、あの、えっと。......へ?......ぼ、僕に?ぇ、あの、すみません、聞き間違いだと思うんですけど、もう一度......。......ふぇ。え、それって、ワン子......じゃなくて、リアルの僕にってこと?リアルの僕に興味を持ってたってこと......ですか?......ぁは、ハハハ、わぁおもしろーい!ふへへ、おもしろい。ですけど、えと、ごめんなさい、僕そういう冗談みたいなの、あんまり分からなくて。あぁぁあの、その、正直......うれしい!とか、思っちゃったり。いやほんとスミマセン僕なんかが、僕ごときがそんな感情抱いてるの、マジで生意気でクソって感じですけど、でも、嬉しいです、ハィ。いつもネットで......僕の馬鹿みたいなノリに付き合ってくださって、貴方には、色々感謝してますし、だから、どう言えばいいのか、とにかくあの、貴方のその気持ちが冗談ではないと仮定いたしますと、お返事をせねば失礼ということで、僕の気持ちもお伝えします。......僕も、貴方に......ありました。興味。はい。......ふぇ。う、嬉しいんですか?ヴェェ......なんだろ、変だな、目眩がします。ぁあ、ぁぁなんかふらつく......ッ......ひゃっ。ひあッ。ぁ、ああ、す、すみま、ぁ、あ、ちょ、ぁ、ひ、近い、近いよ、近い。ドゥァメですッ、僕を、そんな、僕に触ったら、ぁ、ぁ、ぁ......。ぁぁィァ~~............♪♪............ハッ。ぁ、あ、違います。いや何が違うっていうか、ごめんなさい、大丈夫です。何もかも大丈夫すぎますので、はい、ありがとうございます。......あの、あの、今日お話してお分かりかと思うんですが、僕、ひとと対面するの、本当に苦手で、だからあの、これからはやっぱり、ネットでやり取りしませんか。あは、あはは、すみません。......はい、そうしていただけると助かります。ごめんなさい。こういうの初めてだし、僕、友達とか全然できたことないから、ハハ......。じゃ、その、はい、また......。今日は、その、すみませんでした。......うぇ。そ、そんな、友達だなんて、ぁぁはは......ありがとうございます。はい、友達......ですね。友達。とも、だち......ぇへ、えへへへ......。な、なか、なかよく、してくださいね、えへへへ。

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