台本
壱.鬼怒は着物の気持ちうぅ......うぅう。痛いよぉ。帰りたいよぅ。私......ここで......殺されちゃうのかな。やだよぉ......しにたくない......。ぐすっ......なんで、なんでこんな事にっ......。あの時、のんびり明太おにぎりなんて食べていなければっ......。あぅ......おなか、すいた。甘海老......あと、アジ......ひかりもの......、えんがわ......は白身か......。「お待ちしておりました、先生。どうぞ、こちらです。......ええ。先程も暴れ回って、所員数名が軽傷を負いました。さすがは鬼神の末裔。さながら飢えた獣ですよ。現在は所員総出で結界を張り、視界を封じてありますが、こちらからは様子をうかがう事が出来ますし、接触も可能です。妖専用のマジックミラーとお考えください。しかし先生、何故奴を生け捕りに......?そのうえ処分せず監禁など......奴の脅威は貴方もご存知でしょう。まさか......、いえ、何も。......先生。申し上げるまでもない事ですが......十分にご注意を。奴の牙はまだ折れていません。どうかご無事で......」(戸を開け、独房に入る)......はっ。誰......?......ああ、その声は......。ふふ。相も変わらず忌々しい声ね。ええもちろん。忘れもしないわ。ああ――痛かったわね......、あの時の一撃。この私が......鬼の血を継ぐ孤高の妖・可畏孤が、貴方のようなひと如きに......しくじったわ。漸にもまだ貴方のような逸材が残っていたのね。ククッ。妖との共存をうたいながらも、実利の為に、ひとも妖もいたぶるどん欲な集団......【漸】。クハハッ。つい先刻も噛みついてやったわよ。情けない悲鳴を上げて、なんと無様な事か。彼らったら、群れなければ何も出来ないのかしら。アハッ。あはははははっ......。はは......。............今さら、何なのよ。私を嘲笑いにわざわざ来たの......?見て、この醜態。手枷、足枷、首枷。私を犬とでも言いたいのかしら。いや、どんな飼い犬だって、手足は自由にしているものね。犬以下よ......。私はもう何者でもない、漸の所有物になってしまったのよ。笑えるでしょう?いくらでも笑いなさいな。この私が......。連峰を駆けて、湖のほとりに眠り、弱きを助け悪を屠る......、そんな日々が当たり前で......それがこの、可畏孤の生きる意味だったの。弱き妖......幼子もご老体も、口を揃えて「ありがとう」って。私はその一言の為に努力を惜しまなかったわ。どんな時だってひとりで、そんな......そんな日々を、貴方は......根こそぎ奪っていったんだ。......狂人......。貴方が少しでもまともな頭をしていたら、私の前に立つなんてありえない。自分の名誉への生贄に......どうして歩み寄れるの?ねえ。私ね、貴方が憎くて憎くて仕方ないの......。今すぐ殺したいわ。貴方を殺め、ここから脱走して、私は......私の平穏を、私の当たり前を......取り戻す......!......くく、くはっははは......。分かってるわよ......そんな事は不可能だってね。それに、そう、そんな大口叩くのも、無意味どころか逆効果よね。ねえ、その為にここへ来たのでしょう?知っているのよ。さっき見張りの三下どもが談笑してたもの。
「鬼が穢される瞬間を目の当たりに出来る」って。でも、周囲に反対されたでしょう?聞かなくても分かるわよ。漸の連中が血眼で私を探してたのは知ってるの。即刻処分されなかったのは奇跡だと思ってるし。という事は、貴方が無理やり意見を通したのでしょう?奴らは、貴方が私を拷問する為に緊縛したと勘ぐっていたけれど、......何をご所望かしら。この着物を取っ払って、誰にも触れさせた事のない肉体を蹂躙する?穢そうがいたぶろうが殺めようが、誰も貴方に文句はつけない......。さあ、無慈悲な漸よ。貴方は私をどうしたいの......?......。......震えてなんか、ないわよ。鬼が、こ、これしきの事で............ッ......ひっ......!............ふぇ。......は?......あの、意味が......分からない。お話、したいって?なにそれ?なぜ?どうして?貴方と話す事なんてひとつもないわ。そんな事ぐらい分かっているでしょう?その為に私を生きながら捕らえた、とでも言うつもり?......見えないわ。貴方の顔も、心も......。狡いわね。貴方は私を見ているのに、私は貴方を......、......。ふん......。ひとは信用ならない。敏く狡猾な生き物だもの。......え......?何?......着物......?えっ。こ、これ、何か変......かしら......?え、え?あ、確か、ええと、ぶらうす?だったっけ......?......だって!......あ、......その、ひとの女の子というものは、こういった格好の者が多いから......買ってみたのだけれど。おかしい......?えっ、い、いや!これはあくまで、貴方たち漸の追手から逃れる扮装よ。私が指名手配の妖であるのは周知の事実でしょう。木を隠すなら森の中。全てはカモフラージュの為。決してッ。けっっっして!ひとに憧れてっ、ひとの女の子みたいになりたくて着ているわけではないの。......違うったら!何なのよ、その馬鹿にした言い方!違ッ違うもん......!そうじゃないもん......。カモフラージュだもん......。ハッ。あ、あああ、あッ、ええい黙れ黙れ黙れ!ひとの分際で鬼を愚弄しおって、八つ裂きにしてくれる!......はあ......はあ......。くッ......手を出せぬと知ってこの仕打ち......。貴方は最低最悪のひとね。もう話す事など何もないわ。去れ!......さ、去れと言っておろうが!見えずともいる事は分かっている!言葉も通じぬか木偶人形!いなくなれと言ったのだ!何が誤解だ。どこにもそんなものはない。......そう。そうだ。立ち去れ立ち去れ!もう戻ってくるな!......、......。はあッ。何と胸糞悪い。自由を奪うでは飽き足らず私の心まで侮辱するとは!..................この着物、やっぱり変なのかな......。弐.海老で鬼を釣るちょっと、もう戻ってくるなって言ったばかり――......ああ、なるほどね。私の処分が決まったって事?とうとう来たわね。どれほど残虐で悪辣な刑を処されるか見ものだわ。切り捨て?それとも五右衛門?肉便器?一体私に何を――......へ?え、あ、ああ、そう......。......式神......。という事は、ええとその、貴方の......下僕になる、という事?え、下僕じゃなくて......?......ほう、ほう、相棒......ね。へえ。ふうん。そうなのね......。............はぁああっ......よかった......よかったよぉ......。私死ななかった......。ハッ。じ、じゃなくてっ!ふんっ。不服だけれど、それも私の運命だったという事ね。甘んじてやるわよ。......なっ、なによその顔は!ひょっとして呆れてる!?
無礼なッ。私はっ......、......、いや、これ以上無様を晒すわけには......うん......いかないわね。仕方ない......ここは負けておくわ。昨日も言ったかもしれないけれど、鬼神の妖を討伐したのは貴方なんだし、どんな選択も、文句を垂れる者はいないでしょう。内心は不服だろうけれどね。......ふふ......♪あっ。でもひとつだけ言っておく事があるわ。私の着物に対しての侮辱、失言、あれについて謝罪なさい!だ、だいたいおかしい話よ。なぜ妖がひとの着物を身に着けてはいけないの?和装も洋装もひとの衣服でしょう。それを否定するだなんて、私たちに裸で過ごせって言うの?勝手なイメージで「妖は和服を~」なんて言わないでちょうだい。そもそも!貴方は他人の服装について、とやかく言える立場なの!?まず鏡を見てご覧なさいな。誰もが認める瀟洒な出で立ちをしている、だなんて......自信持って宣えるの?......ふん。それでいいのよ。私たちだって......現代に生きているのよ。............少しは......おしゃれとか......してみたいもん。ん、何でもないわ。ともかく貴方の認識不足を正せたという事で、今回は良しとしましょう。......で、どう?何がって、貴方......、どうって、そのままの意味に決まってるでしょう。......くぅうううッ......この愚か者がッ......亀の歩みの如し鈍き男ね......!だ、だからっ。この......恰好......貴方はどう思う......って、......。にあってるよ、とか......きれいだね、とか......。うぅううッやっぱり良い!聞きたくない!何も言わなくて良いわ!はっ!?か、かわ、か、かわ......ぃ......すぎる???へぁッ?!な、何だそればッ――なぁにが可愛いすぎるだ!?なぁにが抱きしめてナデナデだ!?気持ち悪い!新手の呪いか何か!?きさッ貴様はッアレだ、アレ!馬鹿!ばーかばーか!死ね馬鹿!なッ――だ、黙れ黙れ黙れッ!ばあああああああああああああああか!うぁああああ。屈辱、屈辱ぅ!私ともあろう者が、ひと如きにこんなぁああ。貴方とはッ......ここでまた決着をつける必要があるわ......!鬼神・可畏狐の真髄、この高名は伊達ではない事、とくと味わわせてや――......は?......コミュニケーション......?......ああ。うう~~~ん......。まあ......従えた妖との交流が大事、というのは分かるわよ。でもこんな......いきなり詰め過ぎなのよ距離を。何が抱きしめてナデナデよ。妖もひともドン引きするに決まってるでしょ。良い?順序ってもんがあるのよ。ほら例えば、えーと何だろ......その......。あー、あれよ、あれ。......あれって、分からないの?鈍感ねえ、もう。......あッ。あ、貴方いま......「こいつ友人いないんだな」って思ったでしょう。ええそうよ、悪い?ひととの付き合い方とか知らないわよ。ずっとひとりだもの。そりゃあ、助けた相手とはお話するけれど、一言二言ことばを交わして終わりだし。悪い?......べ、別に開き直ってなんか......。(結界をまたいで接近)ッん?な、なによ――えっ......おい、来るなッ近づくなッ!ほはァッ?!ななななッぬぁッ――ぉぁああうえっぇええ?!ななななにす、なにして!なぜ抱きッ抱き着く!?......ばッ――距離詰めすぎって言ったばかりでしょ!?今までの会話はなんだったのよ!?おおおお落ち着け落ち着け!......はあ?私が落ち着けと?いやいやいやいやこんな状態で落ち着けって!?阿呆!離せ――はよう離せ!不埒者がッ......下衆!外道!変態!馬鹿!ぐぁッ、い、いけないいけない......これしきの事でまた取り乱すとは......。ふうう............。いいからもう離れなさい。ね?ほら。......は、な、れ、ろ!......そ、それでいいのよ。......はあ。やれやれだわ......。
何がしたかったのよ、貴方。意味不明よ本当。......、......はあ。そんな無茶苦茶な屁理屈が通ずると思った?まったく......。こどもみたいな言い訳ばかりして......。............ふふっ。貴方も......筋金入りの不器用だという事がよく分かったわ。澄ました顔して、何よ、貴方もどうせ友人恋人なんていないのでしょう。......孤高ね......。ほら、持って来なさい。......何をって、式神の契約書よ。あと、何か食べるもの!これまでの無礼はそれで良しとするから、急いで!こちとら何日も水しか飲んでないのよ、早くしてね!参.懐かしの欠片「先生。可畏狐を式神にされたそうですね。......いえ、少し意外でしたので。【妖狩人(あやかしかりゅうど)】とうたわれた貴方が......。あの鬼に、情が移りましたか?......いえ、申し訳ございません。......今しがた届いた特上寿司も、奴に......?......承知しました」うう。おなかすいた......。あやつめ......何時間待っても......ごはん持ってこない......。騙されたんだ......。ああ......視界がぼーっとしてきた......。マグロ......サーモン......タイ......タイ......?キンメダイ......!甘海老......ああ......じゅるり......。(足音)ッ!だ、誰......?えっ。ああ、貴方なの。......ご飯、ご飯は持ってきた?え、え、うわっ。これ、これぇ......お、おおお、おすし......?!おしゅしッ!!わあああマグロサーモンキンメダイアジえんがわぁ!甘海老は!?甘海老はある!?あった!これサビつきじゃないよね!?わさびはちょっと苦手だから――アッ......。......。......。ふん......給仕、仕方ないけれど感謝するわ。毒でも盛ってなければ良いのだけれどねぇ......。うわッ。なによその顔!結界から顔だけ出すな!ニヤニヤするな!そんな目で見るな!見るなアッ!クッ......た、食べづらいでしょう!?ああもう良いわ、やはり漸の情けも施しも現世最悪の穢れよ!貴方達で勝手に食べてなさいな。私はその、ええと......空気でも食べてるから。すー......はー......すー......はー......。ああおいしい。空気おいしいわね~。もうお腹いっぱいになっちゃったわ。だからね、それはいらないのよ。......。えっ、あ......。ああ......。な、なんて美味しそうに食べるのよ......。貴方ッ感想なんて頭の中で言えば良いでしょう!何が芳醇よ、何がハーモニーよ!ドブみたいな音色でも奏でてろ!(ぐぅう~~~~)ひぃぅ!ぐ、ぐー、ぐー。もう眠いから寝るわね。睡眠の邪魔だから出て行って頂戴。夜更かししたのよ。本当に。本当なの!......。いらないって言ってるでしょう。そんな不用意に手を差しだして......手首から先を失いたいのかしら。鬼は頭をもがれても喰らいつくんだから......。......黙れ小僧!はあ......本当......ひとって忠告を聞かないわね。どこまで馬鹿なの......?うう。分かったわ。貴方の度肝を抜く度胸に免じて......ほんっと、仕方ないったら......。......はむっ。......ん......おいひ。おいひい!なんじゃこりゃあ......いつものお寿司と違う――なに、なんでこんな、なんなのこれ!しかもサビ抜きだ......。
......甘海老。甘海老もちょうだい。あ......、はむっ。んん~~~ぷりぷりっ。この歯ごたえ、たまらない......。生き返るぅう。引いた生気が満ちてくるようだわ......。私、完全復活ぅ......。え、契約書?そんなもの後でも良いでしょう。私ここから動けないのだし。ん......ごくりっ。ふう。......ああそういえば、貴方の話をちらりと聞いたの。見張りが言っていたのだけれど、貴方、名の知れた妖狩りの達人らしいわね。え?うふふ。ぺらぺらと喋っていたわよ。生まれながら親なしで、その能力を買われて漸の戦士として育って......、様々な組織を行ったり来たり。妖を狩る為の存在として扱われて......。ふふ。過去を洗いざらい知られている貴方も大変ね......あははは。まあ、そうね......道理で手強いはずだわ......鬼神を相手に血も流さないとはね。神なんて大した事ないって思った?......ふふ。私は妖としては上位の存在だけれど、神としては未熟でね。生まれながら母も父も失ったから......神の処世術は学べなかったのよ。鬼神・可畏狐なんて呼ばれていても......その実、野良の一匹狼のようなものよ。ちょっとだけ強い妖というだけ。......私は......今まで築いてきた思い出も経験も、薄っぺらい。ひと助け、妖助け、それが可畏狐の全て。何かしてきたようで、実はなんにもしてないの。したい事だけを積み重ねて、ここまで来てしまったから。その結果がお尋ね者で、今は漸の囚われ者だなんて、ほとほと呆れかえるわね。お茶の間の一口噺にもならない......ただの喜劇よ。......ふふ。どうしてこんな話をしたのか、って顔ね。少し昔話をしても良い?......うん......。あれは......今年のような酷暑の夏だったわ。私があてもなく、様々な地方を駆けていたのは知っているでしょう?当時周っていたのは西の方だったのだけれど、その土地は妖もひとも少なくてね、争い事なんて起きそうもない、平和を体現化したような田舎町だったわ。山と森に囲まれて、なんにもなくて......。そこでね、小さな小さな、でも新築の神社を見つけたの。......綺麗な女の子が、縁側に座ってたのよ。......えんがわ......じゅるり......ハッ、ちっちがっ、お寿司は関係ないわよ。えと、それでね。その子、どこか物憂げで寂しそうで、どこかを見つめながら座ってたの。すぐに分かったわ。ああこの子は私と同じ......孤独なんだろうなあ、って。妙な親近感が湧いてね、つい声をかけてしまったの。奇麗な子だった。その子は、神。その小ぶりな神社を依り代にした、土地の守り神だったのよ。他愛ない会話を重ねて、ふたりでぼーっと......群青の空を見上げて......、ふと......彼女は笑いながらね......。「懐かしいって感覚......これってさ、不思議なものだよね」って。何気なく言った言葉かもしれないけれど、でも気づいたの。この守り神は孤独だけれど、孤独じゃない。私とは違う、ってね。その子にあって、私にはない何か......それを一瞬、感じてしまった......。......初めてね。初めてその時だけ、自分の生き方に迷いを抱いたの。私、何をしているんだろうなぁって、ね。自分で選んだ世界だけれど、過酷な道のりだったけれど......、誰かを助けて、その時々満足していただけで、結局今は何も残ってない......。今が良ければ未来なんて......って考えて生きてたのよ。その守り神の言葉に、私は何も答えられなかったわ。近く鳴いてる蝉の声が遠くに聞こえて......まるで時間が止まったようで。その子が見上げている空は、私の目に映るものとは違うんだ。そんな事を考えて......。......。......ああ、そうだ。あの日々はもう、終わったんだなぁ。今は......貴方が目の前にいるものね。ねえ。貴方は......彼女の言葉をどう思う?貴方は幼い頃から【妖狩人】として、数多の妖を葬ってきた......。
私を切り裂こうとする貴方の顔。最初は感情のない虫のようだったわ。でも、......私、失神する寸前......もう一度貴方の顔を見たの。どうしてあんなに寂しそうな顔をしていたの?......うふ。愚問かしら。私たち、似てるわよね。立場はまるっきり逆だけれど、だからこそ同じなのよ。こうして話してみて、性格も境遇も似たり寄ったりという事が分かったもの。私たちに、「懐かしい」は......ない。でも――......。ん......、私も......そう言おうと思ってた。これから......ふたりで、「懐かしい」を作っていきましょう......?それが、私を捕まえた貴方の道で......。全てを失って、新たな場所へたどり着いた私の......道。うふふ。これから宜しくね......貴方♪肆.ひとの歩み......眩しい。ああ......暑い。それに緑の匂い。......自然って、美しいわね。む。仕方ないでしょ。ずうっとあんな狭苦しい場所にいたんだもの。肌もすっかり色白になってしまったわよ。髪の毛まで、ほら。......ふふ、元々白髪よ。親譲りなの。この瞳も......そうよ。ふう......。ん......なに?ふぇ。き、きれいって――......そ、そう。ありがと。貴方も、その......す、素敵......よ。ああもうっ、もどかしいわね!......ニヤニヤするな!まったく......。......ねえ。よかったの?いや、ほら。あの連中と決別してしまったのでしょう。これからは漸の本来の目的、「ひとと妖の共存」を目指すのよね。ひととして貴方は......慈愛に満ちた選択をしたのでしょうけれど、連中の価値観からすれば愚の骨頂だし、到底理解出来る行動じゃないもの。さもすれば奴らは貴方と私の始末を画策するだろうし、まあ私は元々追われる身だけれど、ひとの貴方がひとに追われるなんて......。......え......?......ふふ。本当......変わってるわね。でも、うん、そうよね。ひとが、妖が......生きている者が自力で掴んだ幸せを、愚弄したり否定する権利なんて、誰にもない。うん。どこまでも付き合ってあげる。それが私の選んだ道だからね。......とはいえ、ここには長居しない方が良いわね。どこか遠くへ行きましょうか。......ん......。そうね......湖。湖に行きたい。うんっ。良い場所を知ってるのよ。あの景色、貴方にも見せてあげたいな......。え......ちょ、ちょっと、そんな、手を繋いでだなんて......まるで......うう。......何を言ってるの!私は鬼よ?鬼神なのよ?ひとの手に触れるなんて造作もないッ。だって、ええと、ほらッ、助けた相手と握手したりだとか......した事あるもん!......あっ。うぁ、......温かい......。ん......。思い返せば、ひとの体温なんて気に留めた事もなかったなぁ。こんなに......こんなに温かいものだったのね。それに、とても大きい。ごつごつしてて、傷だらけね......。......貴方の人生そのものみたい。うふ。私は妖だから、ほら、傷なんてすぐに癒えてしまうの。何もない手でしょう?これもまた......私の人生そのものよ。......行きましょうか。道のりは長いから、ね。(湖へ)ふう。結構歩いたわね......でも、出発地点が思ったより近くてよかったわ。日が暮れる前について良かった......。......うん♪奇麗でしょう。青々と広大で、何もかも飲み込んでしまいそう。
......。時々ね、自分の存在が曖昧になる事があったの。そんな日はここに足を運んで、ずっと湖面を見つめて過ごしてたのよ。だって、ほら見て、私が映ってる。まるで映し鏡みたいに......。......私は自分を残す事は出来ないから。死んでしまったら、もう何も......、私を証明するものは、ないの。少し寂しいけれど、仕方のない事よね。あはは......。......ん?あ、そ、それって......あれだ。道行くひとが手に持ってる、薄っぺらい不思議な......機械仕掛けの。貴方も持っていたのね。一体、それは......?......すまほ......?っていうの?お寿司屋さんでもね、皆が持ってるのをよく見かけたわ。ああそういえば、お寿司を注文するときも似たようなものを使ったわね。あっ。もしかしてこれ......ぴっぴってやったら、お寿司出てきたりする......?えっ。あ、そうなの......?......わ、分かってるわよ!試しに言ってみただけだから!ぬぁっ。く、食いしん坊じゃないもん!ちょっとお寿司好きなだけよ!もおっ。馬鹿にしないでよ。ひとの文明についてはよく知らないのよ。......へ?ちょ、ちょっと。なんでそれ、すまほ、こっちに向けるの......。え、え、なに、何する気?怖いんだけど!(カシャッ)ひえッ?!......な、なにを......?え......え?うわっ。私だ。私が映ってる。これ、写真よね......?へええっ。こんな事が出来るんだ......すごい。でも、どうして――あっ。......も、もう。何よ何よ、急にそんな優しい......変な気持ちになるじゃない。(カシャッ)ひょわっ!(カシャッカシャシャシャシャシャ(連写))きゃあああああッ!ぬぁッなななななッ......!おどろかさないでよっ。わ......うあああ、すまほに私がいっぱい......!......。あ、ありがとう。......照れくさいなぁもう......。ううう。貴方もっ!映りなさい!すまほをよこしなさい!あっこらっ。抵抗するなッ。ぐううッ、腕ごともぎ取ってやるわよ――(抱きしめ~!)ひゃっ......!あぅ......このっ......うう、......。まったく狡いわね......こうして抱きしめれば私がおとなしくなると思って......。え?なに、上を見ろって――(カシャッ)ふぁ。あ......、......私たちが映ってる......。ふぁぁ。......ふふ♪仕方ないわね。これで許してあげる......♪さあほら、早く離れて。もうじき夕刻だけれど、まだ歩けるでしょう?見せたいものがまだまだたくさんあるのよ。うーんと、次は......そうね、鴨田山に行きましょう。神奈川の寂れたところだけれど、知ってる?......名前だけ?ええとね、あの少女のいたところよりはまだ活気があるわよ。ひとも妖もたくさんいてね、おいしい駄菓子屋さんもあるの。ああ......あそこのチーズおかき、久しく食べてないわね......じゅるり。あっこの時期ならお祭りもやってるかも......。焼きそば、焼き鳥......うふふっ♪早く行きましょう?......えっ?そ、そうかな。そんな顔してる......?貴方こそ、初めて会った時より明るくなったじゃない。ふふ、何の顔なのかしら。新しい感情ばかりで、まだよく分からないなぁ......。これからたくさん......知っていくのかしら。......ん♪ええ、ふたりで、ね♪(終)