想い、伝言、留守番電話
『ただいま電話に出ることが出来ません。ご用件の方はメッセージをどうぞ。ぴーっ』
「…………ふぅ」
「……あ、え、えーっと……こ、こんばんはー」
「……留守番電話って久しぶりかも……って、さっきメールで『お風呂入るー』って言ってたから、留守電になるって知ってて電話してたりするんだよねぇ、あははっ」
「えーっと、用事っていうか……用事なんだけど、用事じゃなくて、あーっと……そ、そう!! 話したいこと、あって!!」
「メールとかじゃなくて、出来れば直接話したいなーって思ったんだけど……」
「……でもやっぱり直接話すのは……恥ずかしいなーって思って。この時間なら電話に出ないって知ってて、それで……留守電ならーって思って……」
「…………」
「そ、そうそう!! 今日も学校、疲れたけど楽しかったねー。あ、夕飯、もう済ませちゃったー?」
「あたしのうちはねー、今日はブリ大根だったんだよー。脂の乗ったブリと味の染みた大根っ!! すっごく美味しくてご飯が進んで進んで仕方なかったー!」
「……はずなんだけどなあ、何かイマイチ味、覚えてないんだよねー……美味しかったはずなんだけどなぁ……」
「…………」
「……え、えーっと……」
「あっ!! そうそう!! 今日っていえば学校で!! 面白かったよね!! 国語の先生、授業中なのに――」
「……って、あ、あははっ……そういう話をしたいんじゃー……なかった……」
「……すーっ……はーっ……すーっ……はーっ……」
//深呼吸
「……よし。言う。言おう」
//小声 自分に言い聞かせる感じ
「えーっとね、実は……話したいことがあって。ここ最近、ずっと」
「ほ、ほら、今日の帰り道もちょっと遠回りしちゃったりしたの、言いたいことがあったからだったんだけど……」
「あははっ、やっぱり面と向かっては言い出しにくくて……なんとなく、うん。言い出しにくくて」
「……だから……言えないんだったら言わなくても良いかなって思ったりとか、そういうのも結構考えたりもしたんだけど……」
「今日も帰り道で別れてひとりで歩きながら『言えないなら言わなくて良いかな』って考えちゃったりして。家着くまでそれで納得してたつもりなんだけど……」
「っていうか本当は今日だけじゃなくて、毎日そう思ってた。言おう言おう、やめようやめようって」
「……今こうして電話で話そうとしてるのも、半分は『引き返そうかな』って気持ちがあったりするんだけどね……」
「今日になったのは――今日言おうって思ったのは……」
「……別に今日が特別な日だからーとか、そういうのじゃないんだよねー、あははっ」
「うん、今日になったのはなんとなく。本当になんとなく。あと……ちょっとの勇気とちょっとの偶然があったから」
「……いつも一緒なのに、何か変だよね、あははっ」
「……うん、初めて会った日なんて覚えてないくらいずーっと昔から一緒だったし、いつの頃からこんなに仲良い友達になったのか覚えてないけど――」
「あー……仲良いっていうのはあたしが思ってるだけだったら恥ずかしいなあ、あははっ」
「でも……うん、あたしは一番の友達だと思ってる。だから……あたしのことも友達だと思ってくれてたら嬉しい……」
「…………」
「……出来れば……1番の友達がいいけど……」
//恥ずかしそうに小声で
「あ、えっ、えーっと……なんだっけなんだっけ……」
「……あ、う、うん、気付いたときからいつも一緒だったーって話!!」
「そりゃまあ、部活とか違ってたし、同じクラスになったのは今年の3年生のときだけだったりだからずっと一緒ってわけでもなかったけど」
「昔のことを思い出すと……絶対に思い出の中のあたしの隣に居てくれたなあって……」
「っていうかよくよく考えたら一緒じゃなかった時間のほうが長いはずなんだけどなぁ……」
「テスト前に一緒に勉強したりとか、下駄箱でバッタリ会って一緒に帰ることになったりとか」
「……下駄箱でバッタリって、あれ、本当は……偶然でもなかったりするんだけどね、あははっ」
//小声独り言
「……うん、一緒。どのシーンを思い出そうとしても、一緒に居てくれてた」
「…………」
「……あ、ありがと」
「……って、あははっ、別にお礼を言いたくて電話したわけじゃないんだけど……なんかね、つい……」
「ほ、ほら!! 親しき中にもありがとうは大事だし!! なんか普段も良く言って言われてしてる気がするけど!!」
「あっ、思い出の中だけじゃなくて、結構よく『一緒だなあ』って思うこと、あるんだよ?」
「例えば……夕飯のブリ大根とか食べてたら、『おでんの大根、おいしそうに食べてたなあ』とか、ふと思い出しちゃうし」
「勉強とかしてても『あっ、ここ教えてもらったところだー』とか、音楽を聴いてたら『一緒に食べに行ったドーナツ屋さんで流れてた曲だー』とか」
「テレビ見てたら『あっ、好きだって言ってたバンドだー』とか、『食べたいって言ってたお菓子だー』とか」
「……うん、それぐらい一緒だなーって。勝手に頭に浮かんでくるし……それぐらい……」
「……すごく……一緒だなぁって……」
//恥ずかしそう 小声
「…………」
「あ、ほ、ほら、それに……今年――っていうか、3年になってからはもっと一緒になって」
「昔は別にそんなこと思わなかったんだけど、『隣の席になれたらなー』とか思ったりなんかして……」
「何か小学生みたいだよねー、隣の席になりたいとかそんなこと思うの!! あははっ」
//照れ隠し
「……でも、隣の席になることも出来て、凄い嬉しかった」
「嬉しかったし、毎日がもっともっと楽しくなったよ。凄く、楽しくなった」
「たまに部活で一緒じゃないときもあったけど、朝は一緒に登校して」
「一緒に校門をくぐって、一緒に教室について。席が隣同士になってからは一緒に席について」
「……実を言うと席が隣になったの、先生に頑張ってお願いしたっていうのもあるんだー」
//小声 恥ずかしそう
「教科書とか忘れて机をくっつけて見せてもらうのとか、たぶん小学校ぶりとかそんな感じで」
「……でも、あのときよりも凄い良い匂い、したかも」
「……凄い美味しそうな匂い、してた。思わず食べちゃいたくなるくらい――」
「って、あ、あははっ、さ、最近のシャンプーって良い匂いなんだねー! あ、あたしもそういうところにもちょっとは拘らなきゃなお年頃かなー!?」
「あっ!! でも消しゴムはちゃんと美味しそうなフルーツの香りのを使ってる――」
「って、ほ、ほらほら、おいしそうって言えばお弁当!! 机並べて食べるとなんかこう……良いよね!!」
「……たまにおかず取り替えっこしてたら、あたしの料理の腕、ちょっと上がっちゃったし」
「…………」
「今は席が離れちゃってるけど……うん、今でもなんだか距離は離れてないような、そんな気持ちになるんだー」
「距離が離れてーって言っても同じ教室の中なんだから当たり前なのにねー、あははっ」
「位置的に……授業中、頭をゆらゆら揺らして頑張ってるのとか、すっごい見られてそうだけど……」
「…………」
「……うん、凄く楽しい。毎日が、凄く楽しいよ。凄く楽しい」
「…………」
「……はぁ……何緊張してるんだ、あたしっ!!」
「……あっ、そうそう!! 緊張で思い出したー」
「むかーしの……えーっと、あれは小学校――幼稚園のころだった――かな? どっちだったかな……」
「学芸会のときのこと、覚えてないかな……? みんなで劇をやったときの」
「……って、どんな劇だったかももう思い出せないんだけど……でも、自分の出番の前に、すっごい緊張してたことがあって」
「主役とかお姫様とかそういう凄い役とかじゃなくて、ただセリフが1つ2つの役だったはずなのに、それなのに凄い緊張してて」
「いつもは人一倍元気な子供だったのに、今にも『帰りたいー』って泣き出しそうになってて」
「あははっ、どんな劇をやったかとか全然覚えて無いのに、こういうことは覚えててあたしって変なのー」
「……うん、全然覚えて無いのに、凄く覚えてる」
「そのとき、ただあたしの手をギュッと握ってくれたこと、あの温かさ、今でも覚えてるよ」
「手を握ってもらったら緊張とかもスーッとどっかいっちゃって、頑張れたんだー」
「……ご存知のとおり、緊張してなかったのにセリフ、カミカミだったけどね、あははっ」
「……うん、そのときもだけど、あたしが緊張してたり不安だったりしたとき、そうやって手を握ってくれてた」
「って、ほ、ほら!! 帰り道とかであたしが手をブンブン振ってたら手が当たっちゃって!! そしたらそのまま手、繋いだりとかしてたし!! 昔!!」
「……でも、いつからかなんか恥ずかしくなって繋がなくなったの、ちょっと寂しいかも」
「…………」
「あ、あははっ、うんうん、友達同士で手なんて繋がないよねー、普通。ましてやあたしたち、女の子同士だし……」
「……あっ、でもでも、女の子同士って結構手、繋いだりしてないかな!? 街中とかでたまに見かけないかな!?」
「……けど、うん、やっぱり誰かに見られたら恥ずかしいよねぇ、あははっ」
「…………」
「……昔よりも手、大きくなってるから繋いだときの感じとか、違うかもね」
「あー……でも手が大きくなってるのはふたりともだし、だったら繋いだ感触とかは変わらないのかなー? どうかなー?」
「…………」
「……あ、ほ、ほらっ、これから寒くなってくるし、手袋代わりに手を繋いだら――」
「……うん、そしたら凄く……温かくなると思う」
「…………」
「……って、思い出話とかばっかりじゃなくてそろそろちゃんと言わないと……」
//独り言
「折角留守電になるタイミング狙ったのに、戻ってきたりなんかしたら絶対にまた言えなくなっちゃうから」
「とか言って、こうやって話を伸ばしてたら……お風呂から戻ってこないかなーとか、思っちゃったりしてる部分、あるかも……」
「そしたら……たぶんあたしはまた適当なことを言って、言えない。言わない」
「……何かそれでも良いかなって、やっぱり思っちゃったりもするんだよね……」
「だって……言ったらどうなるかなんて分からないし」
「分からないっていうか……なんかこう、言ったらどうなるかなーって、ネガティブな方向にばっかり頭が働くんだよね……」
「……よくよく考えたら普通じゃないし、周りには同じような子、いないし」
「いないっていうか……言えないだけかもだけど……いないし……」
「……うん、言えない――言い難いようなことなんだよ。きっと。たぶん」
「言っちゃったら、気持ち悪がられたり避けられたりとか……そういう風になるかもだし……」
「あ、えっ、えーっと、別に『そういう風に思うような人だ!』って思ってるとかじゃなくて、そんな風に思われるかなーって……」
「あたしだって……突然予想外なこと言われたら、どう思っちゃうかなんてわからないし……」
「……きっと、どう思っててもいつものように優しく笑ってくれるんだろうけど……やっぱり……怖い」
「引かれたりとかしなくても、今の関係とか距離とか、そういうのが変わっちゃいそうかなって……」
「……もちろん、悪い意味で」
「…………はぁ」
「……他のことだったらのほほんと構えちゃったり出来るのに、やっぱりむつかしいよ……」
「……使うほど無いけど、こんなに頭使ってたら知恵熱とか出ちゃいそう……」
「……あー……熱って言えば……昔、あたしが熱出しちゃったとき、お見舞いに来てくれて、頭のタオル取り替えてくれたの、嬉しかったなあ……」
「結構熱が上がっちゃっててあんまり記憶とか無いはずなんだけど……覚えてるんだよね」
「……ホントはそんなに覚えてないんだけど、手を繋いでてくれたの、凄い覚えてる」
「何を話したかとかも覚えてなくて、頭くらくらで何も話してなかったかもだけど……」
「熱かった身体よりも温かかった手のこと、凄い覚えてる。苦しかったはずなのに、凄く安心できたの、覚えてるんだー」
「目を覚ましたらもう帰っちゃってて、すっごい寂しかったのも覚えてる……」
「……思い返したら、あのときからあたしは……」
//小声っぽく
「…………」
「あっ、それからそれから!! そのあと……風邪うつしちゃったよね……あ、あははっ……」
「あのときはあたしも病み上がりでお見舞いとかいけなかったけど……次、風邪とかになっちゃったら……お見舞いとか、行きたいかも」
「って、そんなこと言ったらダメだよねー、あははっ。うんうん、健康が一番一番っ!! お見舞いも悪くないけど……やっぱり元気なのが一番だからー」
「…………」
「……でも、風邪引いたときはお見舞い、行くね?」
「……またひいたら、お見舞い、来てくれるかな……」
//どちらかというとひとりごと
「……なーんて!! あたしバカだから風邪とか引かないかー、あははっ」
「よーしっ! なんかちょっとほんわかした気持ちになってきたしー」
「っていうか、あたし、留守電にしゃべりすぎっ!? 留守電って結構録音できるんだね!?」
「じゃあ、湯冷めしないようにしっかり身体拭きなねー? 風邪引いてお見舞いに来て欲しいなら湯冷めしても良いけど……」
「……だめっ!! やっぱりだめっ!! 風邪とか引かれたら心配しちゃうし! 湯冷めしないように、ちゃんとすぐにふくことー!!」
「ってことで、また明日、ね」
「それじゃあ……うん、やっぱり……この距離が心地良過ぎるよ」
「なーんてねー。じゃ、またねー」
//沈黙10秒程度
「……ごめん」
「……言いたくないけど、やっぱり言いたい」
「……きっと言ったら後悔するんだと思う。きっと、後悔することになるんだと思う」
「言わなくてもきっと、同じくらい後悔してしまうんだと思う。言えば良かった、伝えれば良かったって」
「……だって、今日――今まで、そうだったから」
「何度も何度も何度も何度も、言おうと思って、そして言わなかった」
「言いたいけど言いたくなくて、伝えたいけど伝えたくなくて」
「伝わったらいいなとか、気付いてくれたらいいなとか、そんな他力本願なこと、考えたり……」
「……だけど、きっと、それじゃあダメ……ダメだと思う」
「……少し前までだったらそれでも良かったのかもしれない」
「けど――今は――ちゃんと、言いたい。伝えたい」
「……もう、考えただけで胸が高鳴っちゃって」
「少し、苦しくて」
「でも、嬉しくて」
「だから、言いたい。伝えたい」
「……ううん、言いたい、じゃない。言う!! 言うから!!」
「……言う、けど……ちょっとだけ、時間空けるから……」
「……だから、聴きたくなかったら……このまま切って?」
「そしたら……切られちゃったらちょっと悲しいけど……それでも、良いから」
「……メールとかで『ごめん』って言ってくれたら、それでいいから……」
「だから……少し間空けるから……ね?」
//10秒くらい
「……切らなかった……のかな」
「って、切ってたら聞こえてないし、切ってないよね……うん」
「……今……待ってる間の時間、今まで感じたことが無いくらいに長く感じたかも……」
「もし切られたら……それはそれで良いかなって思ったりもしたけど……」
「って、切られても切られてなくても……この場合、あたしは言うんだよねー、あははっ」
「なんか……切られなかったって思ったら、ちょっと決意っていうか……そういうの、出来ちゃった!?」
「……今日何回目の決意だって話だよねぇ……あ、あははっ……」
「……うん、切られなかったんだから……切られなかったんだから、ちゃんと……」
「ちゃんと……ちゃんと……」
「…………」
「(深呼吸)」
「……よし」
//独り言
「……あ、あの……!!」
「……い、言うから!! 言うから……聞いて……ください……」
//徐々に小声
「…………」
「……あ、あの……!! え、えーっと……その……」
「……別に今日何かあったからとか、今日が特別な日だからとか、そんなんじゃなくて」
「……特別でもなんでもない、一緒に居られる何でも無い日が……特別に思えて」
「だから……なんでもない日も、一緒だったら特別な日で」
「ああもう……違う違う……伝えたいのは……」
//独り言風
「……あたし……あたしは……」
「……あ、あの……その……」
「(深呼吸)」
「……す……好き!! 大好き!!」
「ずっとずっと前から……大好き!!」
「あ、え、そ、その!! と、友達として!! 友達として大好き!!」
「……うん、友達として、大好き」
//徐々に小声
「……だけど……それだけじゃなくて……」
/小声
「……友達としてもだけど……それももちろんあるけれど……けれど……」
「あたしは……同性だけど……好き。恋愛感情として、好き。大好き」
「好き、です。告白っていう意味で、好きです」
「…………」
「……あ、あははっ……言っちゃった……ホントに、言っちゃったぁ……」
「…………うん、好き。大好き」
「……実は、伝えた先のことなんて考えてなかったりするんだぁ、あたし……」
「ただ……好きって、言いたかった。伝えたかった」
「……本当に、好きだから」
「…………」
「……急にこんなこと言われても困るだろうし――だろうっていうか、困るよね」
「きっと困らせちゃってるんだろうけど……後悔はしてないよ。す……す、好きって、大好きって言ったこと」
「でも……うん、ちゃんといろいろ覚悟はしてる。さっきもちょっと言った気がするけど……」
「自分の気持ちだけ伝えちゃってなんか……押し付けたみたいになってごめんね」
「……でも、もう1度だけ言わせて」
「もし……もしかしたら……もう言えなくなるかもしれないからー」
「……あ、あははっ……改めてだと何かちょっと恥ずかしいかも……」
「えーっと……」
「うん。好き。大好き。大好きだよ」
『……うん、私も……大好き……です……』
「…………え、ええっ!?」