アフターストーリー:とうか、その後
「かさちー、おる?」
「ん……むにゃ……」
「……あかん、寝てはる」
お風呂からの帰り、モヤモヤとした気分をぶつけようと友人の部屋を訪ねるが、彼女は絶賛昼寝の真っ最中だった。
「前んときは、うちがかさちーの話し相手になったっちゅーのに……もー。この、はくじょーもんっ」
「あぅ、んっ……」
幸せそうに眠りこけるかさねの頬をツンツンと突くと、微妙に眉をしかめる。
そもそもとうかが『呼ばれた』ことさえも気づいていないのだろう。だから、とうかの言い分ももっともではあるものの、仕方ないことでもあった。もちろん、とうかだってその事は百も承知である。
「はー……ま、えーわ。うちも一緒に寝よかな」
「ふふっ。わたくしでよければ、聞かせてくれる?」
「へ? ……って、みつねぇ?」
背中からの声に振り向くと、そこにはみつねぇこと、みつなが立っていた。
「聞いてたん?」
「ええ、もちろん。とかちゃんが、ぼんやりした様子でかさねちゃんの部屋に行くものだから。無理心中でもしに行くのかなーって、心配になっちゃって」
「なんやそれ、ぶっそーやなー。うち、呆れるほど長生きしたいタイプやで?」
「くすくす、ならいいけどね」
楽しそうに笑いつつ、みつなはとうかを縁側に呼ぶ。
「ほら、こっち。いらっしゃいな」
「んー」
眠ったままのかさねを起こさないように障子を閉め、陽が傾き始めたのどかな景色を、2人ならんで眺める。
「とかちゃんは、初めての紡ぎだったのよね?」
「うん……せやね」
「どう? たのしかった?」
「ん~……」
「まさか、イヤなことでもされた?」
「あ、ううん、ちゃうよ。イヤなことなんて、なんもあらへん」
「じゃあ、どうしてそんな難しい顔をしてるのかしら?」
「うん……なんやろ。あんちゃんとは、始めておうたんやけど、全然そんな感じやなくてな。一緒にいても、おもろいはおもろいんやけど、むしろ安心するーゆぅか……あかん、うち何を言いたいのかわからへん」
「ふふっ……ううん、いいの。わかるわ」
「え、今のでわかるん?」
「ええ。お姉ちゃんもね、始めてはそんな気持ちになったのよ」
「みつねぇも……?」
「送ってからも、しばらくはボーッとしてたかな。切ないとか、寂しいとか、嬉しい、楽しい……色んな感情がごちゃまぜになるんだけど、それにあてられちゃって、ぼんやりしちゃうのよね」
「せ、せやねんっ。かさちーも、前に紡いだ時にそんなんやったから、ようやくうちも気持ちが分かって……それで、かさちーに聞いて欲しかったんやけど」
「そっかぁ。でも、許してあげてくれる? かさねちゃん、今朝はお風呂掃除がんばってたから、くたびれちゃったみたいなの」
「へ? お風呂、掃除……?」
「ええ、お風呂掃除」
「…………」
先ほどまで、風呂場でしていた行為と、その白濁とした残滓が脳裏をかすめる。
「あはー……そ、そんならしゃーないなぁ」
心の中でかさねに謝りつつ、冷や汗混じりの曖昧な笑顔を浮かべるとうか。
「くすっ」
風呂上がりの良い匂いをさせるとうかを前に、何かあったであろうことは明白だ。
けれど、妹分のそんな様子が可愛くて仕方ないのだろう。みつなは小さく吹き出しつつも、何も聞かずに続きを促す。
「それで? ちゃんと送れた?」
「うん。さっき、膝枕してたんやけど。よほど疲れてたんやろな……すぐにグッスリやったから、そん時に」
「そっか。とかちゃんの膝枕、ぷにぷにして気持ちよさそうだものね」
「自分ではよーわからへんねんけど。言われてみれば、あんちゃんも気持ち良さそうやったなぁ」
「あらあら。その人のこと、すっかり気に入っちゃったのかしら?」
「……えへへ」
気持ちを明確に口にするのが恥ずかしくなったのか、笑顔で返答をごまかす。
「また、逢いたい?」
「うんっ」
「なら、逢えるわ」
「せやろか……ちょっと、不安やわ」
「大丈夫よ。送る時に、ちゃんと願ったんでしょ?」
「うん……けどな、うち、失敗もいっぱいしてもうたんやで?」
「どんな?」
「んと……頭突きしたり、のぼせて気絶させたり?」
「……なかなか過激ね、とかちゃん」
「ちゃ、ちゃうねん。どっちもわざとやなくてな? その……うっかり?」
「ふふふっ。もしかして、無理心中しそうに見えたのは、それが原因かしら?」
「うっ……わかってるんやから、あんまいじらんといてーなぁ」
「くすくす、そうは言っても、そのことで怒るような人じゃなかったんでしょう?」
「……うん。ぜんぜん怒ってへん」
「得意の耳かきはしなかったの?」
「した。気持ちえーってゆーてくれた」
「そう、満足してくれたのね? ……うん、ならやっぱり大丈夫よ。また逢えるわ」
綻んだ魂を紡ぐ、さよならの祝詞。それは、別れの言葉と同時に、再会の望みを詠っている。
それが叶うかどうかは、実際のところ紡ぎ手には関係なく、相手次第だ。だからこそ、失敗を重ねてしまったとうかは、不安になってしまうのだろう。
「みつねぇは、そう言う人には逢えたん?」
「あら、意地悪な質問ね」
「気になって当然やん。聞かせてーな」
「ん~……ナイショ」
「えー? なんで?」
「わたくしの体験談を話しちゃったら、将来の楽しみをお姉ちゃんが奪っちゃうことになっちゃうでしょ」
「かわいーとうかちんが、こないに不安がってるんやで?」
「無理心中はしないんでしょ? なら、大丈夫よ」
「うぅ……ひどいわ。みつねぇこそ、意地悪やんかぁ」
「ふふっ、そうよ。みつなお姉ちゃんは、すっごい悪女なの」
恨みがましい目を向けるとうかが面白いのか、『悪女』などと言いながらも顔は笑ったままで、説得力がまるでない。
「……逢えへんかったら、みつねぇとかさちーのオッパイを、しばらくうちの枕にするで?」
「あらあら、それくらい別に構わないけど……とかちゃんてば、甘えん坊さんなのね」
「2人とも、おっぱいおーきくて気持ちえーからなぁ。お乳出るまで揉んだる」
「出ないわよ?」
「なにごとも、やってみなけりゃわからへん」
「……再会できることには懐疑的なのに、おっぱいについてはずいぶん前向きねぇ」
基本的に、エッチな話を振るのはみつなからがほとんどなため、こうして攻められるのは少々新鮮だ。
「さて、と。もっとお話ししていたいけど、そろそろお夕飯の支度をしなきゃ。今夜は、とかちゃんのお祝いね」
「え、ほんま? お赤飯?」
「……とかちゃん、お赤飯好きだったかしら?」
「ううん、全然」
じゃあどうして真っ先に言ったのだろう……と少し呆れるみつな。
「お祝いするなら、好物ばかりにした方が嬉しくないかしら?」
「こーぶつ? うん、嬉しいっ」
「ふふっ、でしょ? だから、たまには手伝ってくれると、お姉ちゃん嬉しいんだけど」
「それは面倒やな……」
「お手伝いすると、海老の天ぷらが付きます」
「手伝うー」
「ん、良いお返事。じゃあ、お勝手に行こうね」
「あ、かさちーはどないするん?」
「あんまり寝かせちゃうと、夜眠れなくなっちゃうし……そうね、起こして行こうか」
「りょーかいやっ」
とうかは、すっと立ち上がって障子を開けると、寝息を立てるかさねの身体を揺り動かす。
「ん、んん……」
「おーい、かさちー。朝……やない、もうすぐ夜やでー」
「夜なら、寝かせてくださぁい……」
「あぁ、それもそうやな……って、ちゃうやろっ。昼寝してるんやから、それじゃあかんねん。ほら、起きてや。おーい?」
「むにゃ……えへへ、お赤飯、いっぱぁい……」
「あ、あかん! “好物に埋もれる夢とかベタやん”とか、“さっき特別好きでもないってゆーたばかりの料理名が出てきてんで”とか、ツッコミどころ満載や!」
「ごま……しお……えへへへぇ……」
「うちを困らせすぎやで、かさちー……! どないしたらえーねんっ!?」
そんな、すっかりいつもの調子を取り戻したとうかを眺めつつ、みつなは微笑む。
「良かったわね、とかちゃん……わたくしも、一生懸命になれる人にめぐり逢えるのかしら?」
その呟きが現実になるかどうか。
それはまだ、誰にもわからない。
(了)