チャプター1「魔王、勇者に敗れる」
…ここまで、か。
人間ごときが、まったくやりおる。
直属の精鋭に守らせたこの城を落とし、あまつさえワシにここまでの手傷を負わせるとは。
貴様との死合、久々に心が躍ったぞ。
…ふうぅぅぅ。
ワシの負けだ。殺せ。首でも何でも持ってゆくがいい。
もともと天下などに興味はなかった。
人間どもの迫害に耐えかねた同族たちの、その恨みつらみに絡めとられ、王などと不似合いな役に担ぎ上げられてしま
ったが…。
最期はこうして、ひとりの武人として死ねることを、喜ぶべきだろう。
…だが、捕虜の扱いはくれぐれも丁重に頼む。
ワシのような道化に付き合ってくれた者たちに、どうか情けをかけてやってくれ。
必要以上に禍根を残せば、またくだらぬ争いが起こる。
それを忘れてくれるな、人間の男。
…さあ、やれ。殺せ。貴様の全力をもって、ワシの首をはねるがいい…!
…貴様か。
ワシをこのような場所に閉じ込めて、一体どういうつもりだ。
殺すわけでも、裁きにかけるわけでもなく、他の人間どもからも隠すようにして。
もはや貴様は魔王殺しの英雄だろう?
敗れた敵将に何の用があるというのだ。
…んな…!?
今、なんと言った?
ワシを、妾に迎えたいと、そう言ったのか?
魔族の王たるワシに、人間の男の慰みものになれと?
…笑わせるな。そのような恥辱にまみれるくらいなら、このまま死を選ぶ。
貴様も武人の端くれだろう。くだらぬことを言うな。
…なんだ? 空間投影の魔術か?
…映っておるのは、貴様の仲間と、…アレーシャ? それにミュゼとカノンまで。
何なのだ、あの拘束具は。
捕虜を、あのようなおぞましいものにはりつけにするなど、なんと野蛮な…。
いますぐやめさせろ! 男どもをあやつらに近づけるな!
くっ! 何を笑っておる!
脅しのつもりか、貴様っ!
これ以上、アレーシャたちを辱めるなら、殺す!
殺して、やる、ぞ。…ん、ぐはぁっ。
ん、ぐ。ワシの、力を、封じた、のか…?
く、くそっ。この、ゲスが…!
うぐ、ん、ぐふ…。
ん、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
…頼む。あやつらは解放してやってくれ。
もてあそぶのなら、ワシひとりにしろ。
一度、捨てた命だ。好きにするがいい。
…だが、勘違いするなよ。
たしかに命は預けるが、決して心まで許しはしない。
戦の道具になるつもりもない。
それでも、捕虜の解放を約束するのなら、ワシの体など貴様にくれてやるわ。
ただし、少しでも気を抜けば、ワシは貴様を殺す。
覚悟しておけよ。