おまけ・後日談
妹001「にーちゃんっ」
兄「なんだ」
妹002「へへっ」
兄「へへじゃなくて」
妹003「にーぃーちゃーん」
兄「だからなんだと」
妹004「へへっ、ぐへへへ」
兄「気持ち悪いわ!」
べしっ
妹005「ぁいっつぁ! し、しばかなくたっていーだろー! しかも気持ち悪いってなん――いやっ、まぁっ、気持ち悪かったかもだけど!」
兄「カップルじゃあるまいし、名前だけ呼ぶんじゃない」
妹006「か、カップルじゃないと、意味もなく名前を呼ぶなんてことしちゃいけないのか!」
兄「なにをムキになってるんだお前」
妹007「いーじゃん、別に名前で呼んだってさ。……それにっ、今は……、……で、……。でーと、なんだし」
兄「ただ兄妹揃って買い物に出てるだけだがな」
妹008「兄妹でも! ただの、買い物でも! それでもいーの! 兄ちゃんはぐちぐち理屈臭いんだよ。そんなんだから彼女できないんだよ」
兄「お前は適当過ぎるから彼氏ができないんだ」
妹009「っ、あ、あたしが彼氏できないのは、適当過ぎるからじゃないもん!」
兄「じゃあなんだと思ってるんだ?」
妹010「できないのは、それはあたしが兄ちゃんに依ぞ――ん゛ん゛っ、ん゛っん゛! な、なんでもーないよー」
兄「俺に依存?」
妹011「――っ! ぅぅぅぅしっかり聞いてんじゃんばかあああああ!!」
兄「あっ、おい」
妹、逃亡
妹012「はぁ……はぁ……、んもぉ、なんかおかしいなぁ。ちょーし狂う。兄ちゃんとの会話って、こんなに疲れるものだったっけ」
妹013「会話できなくなると、したくなって、いざ会話できるようになると、嫌(や)んなって。もう、なにこれ。私のただの我が儘じゃん」
妹014「はーあー……」
妹015「……」
妹016「兄ちゃん、どこかな。そんなに遠くまで走ってないんだけど。……ったくもー、女の子が走って行ったら、追いかけて来いってのよなー」
友「ん」
妹017「――あ。みっちゃんだっ。みっちゃーん!」
友「なんだ見間違えか」
妹018「見間違えてないよ! あたしだよ! 今度はみっちゃんがあたしを無視するの!?」
友「冗談だと言うのに。必死だなお前」
妹019「必死だな、って。くぅ、それは本気の無視を経験したことがないから言える台詞だ! 無視ってとっても辛いんだからな!」
友「どうどう」
妹020「もー、まったくもー」
友「あんたはここに何の用事? 休日は暇してるんじゃなかったの?」
妹021「ん、あたし? うん、ホントは図書館にでも行こうかと思ってたんだけどね」
友「ほー珍しい」
妹022「兄ちゃんにね……。兄ちゃんに……」
友「ん?」
妹023「へへっ、ふへ、ふへへへ、へへへ」
友「うわ……」
妹024「ちょ、どどドン引きですかーっ!? ひどいっ! きも――、ぃいとは思うけど! もっとセーブしようよ!」
友「たはは」
妹025「もー……」
友「んじゃ、あんたの無駄テンションはそれが原因か」
妹026「む、無駄、テンション? そ、それは、必要のないテンションで喋っているときに使われるみっちゃん言葉……みっちゃん語」
友「うざいくらい高いってことよ」
妹027「うざいくらい高い……。そんなにテンション高い、か?」
友「いつぶりかに見るテンションよ。懐かしいもん」
妹028「……」
友「なに自分の顔ぐにぐにしてんの」
妹029「え? いや、顔に出てたのかなって。出てたらさ、ほぐさないと……」
友「さいですか」
妹030「そ、そんなにテンション高かったかな? 顔に、出てた……かな」
友「お兄さんと仲直りできたの?」
妹031「あ、うん。兄ちゃんと仲直りできたよ」
友「そ。やったじゃん」
妹032「うん。やったやった。……あー、でも……」
友「ん?」
妹033「さっき、ちょっと口喧嘩しちゃって……兄ちゃんから逃げてきちゃった。どーしよ……」
友「……ぷっ、くくくっ」
妹034「え、なんでっ、なんで! なんで笑うの!」
友「いや……ふふっ、深刻でもないことを深刻そうに言うもんでな」
妹035「し、深刻なの! せっかく仲直りできたのに……、これじゃまた……」
友「無視されるって?」
妹036「ん……、どうだろ。もう前みたいに無視することはしないんじゃないかなって思う」
友「なして?」
妹037「兄ちゃんは、“自分はお前のずっと傍にはいられない”ってことを教えるために、無視してくれたんだと思うの。でも、あたしはちゃんと兄ちゃんに言ってやったんだ。“あたしには兄ちゃんが必要です”って。“兄ちゃんに依存させてほし」
友「へぇ」
妹038「あ」
友「いや、他言はしないから安心して」
妹039「み、みっちゃんを信じる。このことは内緒ね?」
友「ん。それでそれで?」
妹040「うん……。それで、“ずっと兄ちゃんに依存したい”って言ったら、こうして無視されなくなったわけだし、きっと、兄ちゃんはあたしを遠ざけることはしない、と、思う」
友「ん」
妹041「はぁ……。兄ちゃんは元通りにしてくれただけなのに、あたし、なんか兄ちゃんにムカムカしてきちゃって……」
友「それが幸せなんでしょーよ」
妹042「えっ?」
友「違う?」
妹043「これが、幸せ……。そ、そんなことないでしょ」
友「じゃあ言い方変えよう」
妹044「言い方を変える。う、うん」
友「その程度のことで悩める幸せってこと」
妹045「この程度のことで、悩める……しあわせ?」
友「そ。色々吹っ切れて、大きな悩みがなくなった。目の前の大きな壁がなくなったら、足元に落ちてる小石を気にし始める。今のあんたはそんな状態」
妹046「なるほど……。目の前の大きな障害を乗り越えたら、足元の小石が気になり始める……。小さなことが、気になって、悩みになって……」
友「そゆこと」
妹047「そういうことか……」
友「今まではどうだった? 見たい、したいってことばかりだったんじゃない?」
妹048「あ、うん。今まではそんな感じだった。兄ちゃんの笑顔が見たい、兄ちゃんと話したい、兄ちゃんと遊びたい、兄ちゃんと……前みたいに、……けんか、したかった」
友「今は?」
妹049「今は……。兄ちゃんと話せて、遊べて、笑顔が見れて、けんか、できて……」
友「見れて、できて。あんたの気持ちは、嫌ーな感じなのか?」
妹050「んーん。嫌な感じじゃない。話せて、遊べて、すっごく幸せ。……喧嘩は、やだけど」
友「やなことなんて一つくらいはあるもんよ。ほとんど幸せじゃないの」
妹051「そっだね。やなことの一つくらいあるもんか。ほとんどが幸せ、だね……。うん、幸せ。とっても……。ふへへ、幸せ。んふふふ」
友「うっわ……」
妹052「ちょぉっ! まだドン引きした! しかも今度のほうがひーどーい! 本気で引いたー!!」
友「なはは。ま、昔みたいに戻りはしたけど、変わったことの一つはあるんじゃない?」
妹053「え? 変わったこと?」
友「ん」
妹054「昔みたいに、口喧嘩する仲に戻ったけど、昔と違うことは……」
友「なんかないの?」
妹055「…………」
友「なんで顔赤くしてんの」
妹056「べ、べつに顔赤くなんてしてねーつーの! って熱っ! うっわあたしのほっぺた熱っ! ひえ、ひええ~」
友「ま、幸せそうでなにより」
妹057「あ、みっちゃん、もう行くの?」
友「ん。あんた、お兄さんとデートみたいだし。馬に蹴られるつもりはないよ」
妹058「そっか……。うん? あたし、兄ちゃんとデートだなんて言ったっけ?」
友「言ってないけど、あんたの言い草から連想はできるし。なにより、お待ちかねみたいだしね」
妹059「えっ? えっ?」
友「後ろ後ろ」
妹060「後ろ……? んんぅ? 後ろに……あ」
友「王子さまってか?」
妹061「兄ちゃんだ」
友「じゃあまた週明けに」
妹062「あ、みっちゃん! またね、また明日! あとー! 今日はありがとー!」
友「はーいな」
妹063「……」
兄「もういいのか?」
妹064「あ、兄ちゃん。……うん、もういいよ。待たせちゃったな」
兄「空気くらい読む」
妹065「ほぉ~? 空気を呼んでくれてたんだ? 大人な対応だねぇ」
兄「言ってろ」
妹066「……うん。これが、あたしと兄ちゃんの関係。元通りの形……」独り言
妹067「……それに、今は、前までとは違う……。ちがう……はず……」独り言
妹068「……」
兄「おい、そろそろ移動しねーか」
妹069「に、兄ちゃん。……てだ」
兄「うん?」
妹070「だから、てなんだって」
兄「意味が解らん」
妹071「だからっ、手を出せっ! ほらっ」
兄「はあ」
妹072「で、でーと、なんだぞ。でーとは、男が手を引いてエスコートするもんじゃんかさ」
兄「ほぉ」
妹073「な、なんだよ……」
兄「生意気にエスコートをお望みか」
妹074「なまっ、生意気ってなんだ! してほしいことを“してほしい”って言ってなにが悪――あ、違う。してほしいじゃなくて、兄ちゃんがすべきことっ。だ!」
兄「ふーん」
がしり
妹075「あ……」
兄「満足か? 行くぞ」
妹076「う、うん。それでいい、それで」
兄「……」
妹077「……。やっぱり、前までとは違う……。こうして、手を引いて……ん、んん? よくよく考えたら、前から手を引いてくれてたような……」独り言
妹078「そっちは危ない、こっちだーとか、お前は方向音痴だなーこっちだぞーって」独り言
妹079「くぅっ、扱いは昔も今も変わらないままなのかっ」独り言
妹080「……」ずっと独り言
妹081「それが、幸せ……」
妹082「変わらない、幸せ」
妹083「……うんっ。幸せだっ」
妹084「ふふっ♪ ふへへっ♪ ふへ、へっへっへ、へへへっへへへへ」ここまで独り言
兄「気持ち悪いわっ!!」
妹085「ぁいったああ!! き、気持ち悪いって失れ――ってこら! 逃げるな! エスコートするんじゃなかったのかよー!! 待ちやがれってんだこのやろおおおー!」
兄「お前と歩いてたらキチガイと間違われる!!」
妹086「だ、だれが変人だ! こんな妹にしたのはにーちゃんだろうがあ! 待てええ! 責任取って添い遂げろばかあああああ!!」
モール周辺にこだまする少女の叫び声。
少女の苦悩は、まだまだ続きそう。
おまけ、終幕。