実験概要説明
「……11月21日23時21分、被験体、覚醒」
「これより説明の後、実験開始」
「どれだけ声をあげても無駄よ。物理的に外界には通じていないし、この空間のことは誰も知らない」
「ただ、例外としてふたつ……、私の匂いを嗅ぎつけて、ついてくる可能性のあったあの子は、懐柔済み」
「もうひとつ……、第零宮情報管理部だけが監視しているけれど、黙認されている以上、私がフィールドを解除するまで、私とあなた以外の何かがここに存在することはない」
「もちろん監視を逃れることも可能だけど、なんらかのアクシデントにより、私たちの存在が観測できなくなり、完全に外界と断絶される危険性を考慮した」
「……いきなりこんな説明ばかりされても、何もわからない、よね」
「さて、本題を簡潔に説明するわ」
「本日、あなたは死亡し、私は死神としての権限を行使。肉体を霊体として複製し、魂をここへ連れてきた」
「正式に死の世界へ案内する前に。あなたにはこれから、私の行う実験において、被験体となってもらう」
「あなたの四肢は一時的に拘束しているけれど、許可したタイミングでは一部のみの拘束とする」
「食事や排泄の心配はしなくていいわ。この世界では精神の状態しだいで何も食べずとも存在していけるし、何も食べなければ排泄の必要はないから」
「基本的に拒否権はない。実験終了後、複製の霊体は消去、魂は死亡時の状態に復元し、通常通り輪廻の流れに戻す」
「その頃にあなたは何も覚えていないし、そもそも裁きを受けるまでは自発的に行動を起こせない状態になっていく」
「この扱いの対価として、ささやかだけれど」
「あなたの質問には答えてあげる。私の知識が及ぶ限り、その全てに」
「私……? そうね。名乗っていなかった。私は一方的にあなたのデータを集めながら、あなたは私のことを一切知らない」
「この点については謝罪するわ。ごめんなさい」
「私はイミ。生きていた頃の本名は井垣意美[いがきいみ]。誕生日は1月9日、血液型はA型」
「現在の霊体の体長は121cm、体重は23kg」
「死神界歴3269年、聖少女死神計画98人目のケースとして実験に成功、死神となる」
「死神器は物質ではなく魂魄依存のもの(死神技[しじんぎ])。説明用の能力名は『アビス・インテリジェンス』」
「過去の知識であれば、私が知らないことは、ほぼ存在しない」
「……の、だけれど。私の持つ知識は経験や実践を伴っていないから、そろそろ知りたいと思って」
「そう。今回は、男女の生殖行為に関すること。そして……私は感情が乏しいらしいから……、正確には、感情表現が苦手なの」
「だから、目的は、あなたの反応をデータにとりつつ、副次的な目的は、自分自身の感情を刺激し、変化を記録し、理解すること」
「今回に限って、高度な理論はあまり必要ない。私にとっては……こちらのほうが難しいのではないかと考えている」
「……えぇ。なぜ、あなたを選んだ、か?」
「……たまたま、私の知識欲が膨れ上がった時に、あなたの担当になった、というだけ」
「若い男性の案内をするケースは全体的に見れば少ないけれど、他に理由はない」
「もし特別な何かがあると思ったのなら……思い上がらないほうがいいわ。あなたは単なる被験体」
「……はぁ。……さて。説明は以上でいいかしら。そろそろ実験を開始したい」
「ここでは、誰にも邪魔されず、誰にも危害を加える心配はない。ただ私の知識欲を満たすためだけの空間」
「……お願い。あなたの最後の時間を、私にちょうだい?」