01
今日、帰宅の時、初めて痴漢に遭った。
けれど、よく考えてみたらこれまでにもお尻をさわられたことはある。
満員電車でお尻や脇腹に当たっていたのは、見知らぬ誰かの手だったのかも。
電車を降りる際、不意にお尻に当たっていたもの……てっきり後ろから押されたり、鞄が当たっていただけだろうと思っていたものも、誰かの手だったのかもしれない。
でも、今日のは違う。
しっかりとお尻を撫で回されたし……胸にも手が伸びてきた。
制服の上から胸を揉む手をはっきりと見た。
当然だろうけど、男の人の手だった。
きっと年上だと思うけど、確認はしていない。
これまで私は、痴漢なんてされたらすぐに相手を捕まえられるものだと思っていた。
許可無く私にふれる手を掴み、この人痴漢です、と声を出せる。
そう思っていた……けど、できなかった。
お尻はもとより、乳房を掴まれるようにして揉まれても私は相手を捕まえるどころか声を出すことさえできなかった。
正直、かなりショックだった……自分は気の強い方だと思っていたから。
超満員と言うほどでもない、適度な混み具合の電車。
これまでずっと通学に使っていたけど、何事もなかった電車の中で、まず最初にお尻をさわられた……少しの間、それに気付かなかった。
気が付いたのは、揉まれたから。
大きな手で右のお尻を鷲掴みにされた。
スカートの上からだったけど、明らかに揉んでいる。
なんて堂々としてるんだろう……そう、呆気に取られるばかり。
けれど、痴漢と気付いてしまうと一瞬で鼓動が跳ね上がった。
声を出そうとするけど、息を呑むことしかできない。
もちろん振り返ることもできず、俯いてしまった……これがいけなかった。
痴漢はすぐに左のお尻も揉んでくる。
私はその手を押さえるどころか声を出すこともできず、俯いて息を潜めてしまう。
痴漢されている側なのに、酷く恥ずかしくなって静かにしてしまう。
こんな自分を誰にも見られたくない。
知り合いはもちろん、赤の他人にさえ痴漢されている私を見られたくなかった……それが駄目なことは家に帰ってきた今ならわかるけど、その時は思いつかない。
痴漢被害があまり表沙汰にならないのは、多くの女性がわたしと同じように思ってしまうからだろう。
そして、そこに付け入られてしまう……私が声を出さないと悟った痴漢は、行為をエスカレートさせた。
痴漢の手が、胸へと伸びてきた。
俯いた私の視界に、痴漢の手がはっきりと見える。
男性の大きな手。
若々しくはない……けれど、しわくちゃでもない。
青年から中年といったところだろう。
時計はしていなかった。
袖の感じだけでは、学生服なのかスーツなのかはわからない。
痴漢はまず、右の乳房を正面から鷲掴みにした。
Fカップある私の胸は、ブラで押さえていても大きい。
お尻を揉んだ時と同じく堂々と、強く揉まれて、乳房にブラが食い込む。
少し痛かったけど、やっぱり声は出なかった。
私は他人に胸を揉まれたことはない。
冗談やじゃれ合いでもなかった。
だからその時、自分の胸を揉んでいる手に現実感がなかった。
もちろん快感なんてあるはずもない。
むしろ滑稽ですらあったのだけれど、笑えるはずもなかった。
痴漢の手はオッパイの下へと回り、すくい上げるようにして揉み始める。
けど、制服とブラで固められているから、どこまで私の柔らかさを感じられただろう。
ブラがずれてきて、痛い。
ここで、痴漢が私の真後ろに立っていることがわかった。
背後から回した右手で、右の乳房を揉んでいたのだけど、手を伸ばして左の胸も揉み始める。
私は、抱きすくめられてしまっていた。
左手を使ってこないのは、荷物を持っているからだろうか。
俯いてみてるけど、自分の乳房が邪魔をして痴漢の方までは見えない。
こういう時、巨乳は損だと思う……男の人にはわかるまい。
痴漢はしばらくの間、左の乳房を揉んだり、右の乳房を揉んだりしていた。
後ろにぴったりと密着されていた感じからすると、身長は私よりも二十センチほどは高いだろうか。
肥えた感じはない。
しっかりとした体格。
エロティックな手の動き。
熱い体……いや、もしかすると私の方が熱くなっていたのかもしれない。
もちろん快感などではなく、羞恥と嫌悪……そして怒りから。
ようやく痴漢に対する怒りが湧き上がった私は、その手を押さえようと自らの手を伸ばす……そして痴漢の腕にふれた、ちょうどその時だった。
痴漢の指先が、乳首を摘まんだのは。
強烈な痺れが全身を駆け巡る。
それは脳天にまで伝わり、一瞬目の前を真っ白にした。
快感のはずはないけれど、痛みという感じでもない。
抑えていたはずの声が出てしまったかもしれない。
私はまた息を殺し、周囲の視線から逃れるように俯いてしまう。
目に入ってくるのは痴漢の手。
左の乳首を、右の乳首を探し当てて摘まみ、ころころと転がす……私は下唇を噛んで、堪えた。
ブラの上から無理矢理摘ままれているから、痛みがはっきりとしてくる。
身をよじって痴漢の腕から逃れようとするけど、力強い腕から解放されることはなかった。
腕力で負けているのが、酷く悔しい。
痛みと怒りで涙が滲む。
抑えていた息が苦しくて、次第に荒くなってくる。
その時は、このまま息を荒げていれば周囲の人が痴漢に気付いてくれる、という考えには及ばなかった。
むしろ気付かれてしまうことが恥ずかしく、更に息を潜めるばかり。
高まる鼓動が、耳の奥でドクンドクンと痛いほど響く。
ふと、痴漢の手が胸から降りた。
私が乳首を嫌がっていることに気付いた……。
そんなハズがない。
その手はお腹を撫でながら下腹部へと下り、股間をまさぐり始めた。
息が止まるような衝撃が体を貫く。
スカートの上からとはいえ、女性の大事な部分をさわられたのだ。
私は生まれて初めて、血の気が引く感覚を覚えた。
強烈な貧血という感じか。
もしかすると、一瞬意識を失っていたのかもしれない……けど、それは紛れもない現実だった。
ガクンッと膝の力が抜ける……同時に、体が傾
いだ。
駅だ!
もうろうとする意識の中、どこだか分からないけれど駅に停車したことに気が付いた。
私はなりふり構わず、駆け出していた。
体勢を崩したのが良かったのかもしれない。
痴漢は私を捕らえ続けることはなかった。
私は逃げおおせたのだ……しばらくその駅で放心してしまい、帰宅には随分と時間がかかってしまった。