ウィーロック:風と踊りの夜の店
《がやがやがや……たんったんたんっ》
ルーナ
「わ……わわ、行商人さん!行商人さんっ!!
あ、あんなにヒラヒラな透けてる布で、わぁっ!?
い、今透けてる所を開いてっ!イケない所、人に見せてたわ!?
わー、わー……すごい、エッチ……あんな格好で、わぁ……ごくりっ」
取引所で品物を卸しながら時間を潰し、夜を待った。
そうして青年から薦められた酒場に顔を出すと、言われていた通り確かに盛況している大人向けの酒場であった。
地元の人間や、他所から来たらしい男達が混ざり、酒を飲み交わしながら。
真ん中に据えられたステージの、薄く、向こう側が透けて見えるような布地を手や足に絡ませて、踊っている女達に目を吸い付かせている。
ルーナ
「行商人さんっ!あっちの人は、ポールをあんな……ま、まるで実際にアレを前にしてるみたいにしてっ。わー舐めてる……!
あ、あそこの人はお尻をお客さんの方に突き出して、透けて全部見えてしまってるのに。あぁ……あんな、いやらしい……うわぁ……っ」
昼間は絶対に行かないなどと怒っていたルーナであったが、案の定……。連れてきてみれば、好奇心が勝るのか、ついつい食い入るように見てしまっている。
踊り子達の踊りは、扇情的でどうすれば男の情欲を掻き立てるかを分かっているプロらしい。
透けた布地から見え隠れする、女性だけが持つ色気と武器を十二分に使い、男達を魅了していた。
しなやかに伸びる、肉付きがありながらもしゅっと引き締まった手や足。
その等が透けている布地を介する事で、隠されているのに見えているという、何とも言えないエロチズムを醸し出している。
酔ったおっさん(※以降、おっさんで統一)
「おー、なんでぇ?他所の町の人かい?へへ……あの娘のケツとか、すげぇだろぉ?ここの人気の娘なんだぜぇ。あんたこの店を見つけるたぁ、中々情報通だぁ。ひっく……。
へへ、そっちの妙な格好したのも食い入るように見て、好きモノだねぇ!……楽しんでるかぃっ!、ひっく……」
ルーナ
「ふぇっ?ぴゃうっ!?
わ、私別に好きモノなんかじゃ、そ、そんな食い入るようになんか見て……ないですっ」
おっさん
「へへへ、まぁそう言いなさんなって……若いのであぁいうの気に入る奴は少ないから、おっちゃん的にはそういう子が興味持ってくれてるのは嬉しいのよぉ、ひっく……。
ほれ、実はあの衣装にはちょっとした仕掛けがあるのさ、分かるかぃ?
ルーナ
「え……、仕掛け?
動きが、とてもその……エッチで、布は薄くて綺麗だけど……それ以外に?」
おっさん
「へへ……それはあるけどなぁ。
ヒントは……、あの透け透けの布っきれの端っこをよーく見てみなぁ」
ルーナ
「服の端を……んっ、えぇ何かしら?
うーん……ヒラヒラ透けてる以外は、装飾品が付いてるくらいにしか見えないけど……。って、あっ!?行商人さんっ!
あ、あそこのお客さん女の人の服に……お、お股の所に今お金を差し込んだわ!?触ってる、触ってるわよ、あれ!?」
おっさん
「ハハハハハ!
そいつは良い踊りだって挨拶みたいなもんだぁ!へへ、良い目の付け所だけど、ちょーっち違うなぁ」
ルーナ
「そうなの?うぅん……何かしら、全然分からないわ」
突然横から声を掛けてきた上機嫌に酔ってやってきた、見知らぬ親父。
とりあえず、ルーナに変なちょっかいを掛けるつもりではなさそうな事にほっとしながらも、あなたも踊り子の様子に注目して見てみる事にした。
ルーナが可愛らしく反応していた通り、男心を擽る見え隠れするエロチックさが中々堪らない衣装だとは思うが、特別これという点は見出せないように見えた……が。
ふと、よく衣装の動きを見ていると時折服の端が体を動きとは別に、ふわふわと舞うように不自然に浮き上がる事があるのにあなたは気付いた。
そのお陰で、動きのその激しさよりも余計に、薄い布が隠している場所が見えるタイミングが多いように感じたのだ。
そう思ってよくよくと見てみれば、布の先にある装飾品。そこに光る小さな石に、あなたは見覚えがあった。
何処の町にあってもおかしくないが、この町では特に良く見かけるあの石は多分……。
おっさん
「おっ、兄ちゃんの方は気付いたか?
へへ、そっちの子は残念だったなぁ。クイズはそっちの兄ちゃんの勝ちみたいだ」
ルーナ
「えぇ、そんなぁ!?行商人さん、答えが分かったの?
……私には、見れば見る程エッチで……そのはしたない踊りとしか、思えないのだけれど……」
解けなかった事が悔しいのか、フード越しに恨めしいとばかりに目線を送ってくるルーナ。
あなたは、正解かは分からないが、と前置きしながらもその答えを口にした。
――ずばり、あの端の装飾品は風の精霊石ですよね?
と。
おっさん
「はっはぁ!大正解だ、兄ちゃん!
そう、あの服には凧師達の使い残した精霊石をくくりつけてるのさ!精霊石は俺達の生活の源!
流石に精霊士やエルフ達に頼んであの衣装用に精霊石を作って貰う、なんてのは連中も良い顔しないし、金も掛かるがねぇ~……うっく。
使い切って塵になる前の小さくなった精霊石をリサイクルする分には、まぁ大目に見てもらってるっつー訳よ!うちの町じゃ、風の精霊石はどうやっても大量に出るからな、こうして何かと使って無駄にならないようにしてるんだぁ……へへぇ」
ルーナ
「あぁ、成る程……。だからあんな風に踊りに合わせてとってもふわふわ動いてたのね。
精霊石かぁ……そっかぁ」
親父の自慢気な答えに、複雑な顔を浮かべてルーナが改めて踊り子の衣装を見つめる。
言われて見れば、確かに踊り子自身の動きもあるが。軽やかに動く薄布は、まるで生きて舞っているかのよう。
精霊石から出る風があの動きを作っていると言われると、納得いくものがあった。
ルーナ
「羨ましい、あんな風に動いてくれた、とても……気持ちがいいんでしょうね」
ルーナの小さな呟きがあなたの耳に届いた。……彼女は、精霊石が使えない。
世界には4大精霊とは別に、闇の精霊という存在がいると言われている。
彼女曰く小さいながら悪戯好きな、様々な精霊達の集まりのようなものであるというソレは、他の精霊から忌避される存在である。
生まれながらに彼等に好かれてしまう体質であったために、ルーナは4大精霊の力を借りて作られる精霊石を使う事が出来ないのだ。
その事が原因でエルフに生まれながら彼女の肌は褐色の……精霊によってこの世界フェアリアが分かたれる前の千年前の伝説のダークエルフそのものであり、またエルフの村を出る原因にもなったとあなたは聞いていた。
――ルーナ。
と、あなたは彼女を慰めようと肩に手を置こうとして……置こうとした先を、自分よりゴツい手に先を越されて目を白黒させる事になった。
おっさん
「はっはぁ、なんだお前さん、あいつが着たいのか?
おー、なら俺が掛け合ってやるよ。任せな、俺は常連だからちぃと頼めば大丈夫だって!
奥の部屋ってのは、この店の姉ちゃん達と楽しむためのもんだけど。
そん時は衣装着てヤる奴もいるからなぁ……へへっ!
そっちの兄ちゃん、衣装代ぐらいは割増になるかもしれないが、それぐらいの甲斐性はあるだろう?」
ルーナ
「ふぇっ!?あ、あの……おじさま?
私別に、あの服が着たいっていう訳じゃ!?」
おっさん
「あー、いいっていいて!せっかくうちの町に来てくれた旅人さんだ、色々思いで作って帰って欲しいのよ!
あ、おーい!ちょっと話があるんだけどよぉー!」
ルーナ
「あ、おじさま!? ……行っちゃったわ」
酔った勢いなのか、陽気なままぽんぽんとルーナの肩を叩くと、親父はそのまま店の店員に向かって歩き出していってしまった。
あなたとルーナが思わぬ展開に顔を見合わせていると、すぐに戻ってきて今度はあなたの肩をぽんと叩き、酒臭い息と共に親父はニヤっと笑って戻ってきた。
おっさん
「おう、兄ちゃん!話しついたぞ、レンタルっちゅーことで洗ってあるのを一つ貸してくれるそうだ!
奥の部屋も余ってるそうだから、そっちの好きモノのと、たっぷり楽しんできなっ!
へへ、俺もこの後店の姉ちゃんとシッポリさせて貰って、そっちに幾らか割引利かせて貰える事になったから、礼はいらねぇよ!」
ルーナ
「わわ、ちょ、お、おじさまっ!?」
などと、ちゃっかり自分の美味しい目を確保してたらしい親父に背中を叩かれ、そのままルーナと共に、奥の部屋へと背を押されていくあなた。
親父の陽気でありながら、ニヤりという下世話な笑顔に見送られてルーナと踊り子の服と共に部屋へと押し込まれてしまうのであった……・。
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《ぎぃ、ばたん……》
ルーナ
「えー……っと」
あれよあれよという間に、部屋に押し込まれ2人きりにさせられてしまった、あなたとルーナ。
どちらの顔にも、未だ状況についていけていないような、戸惑いの色が強かったが。
次第にそれはあの陽気な酔っ払いへの、悪気はないんだろうなという、苦笑へと変わっていった。
ルーナ
「ふふ……ふふふ♪
随分、強引なおじさまだったわね、行商人さん♪」
くすくすと、ルーナがおかしそうに笑みを溢す。そこには、先ほど顔に湧いてきていた悲しみの色はもうなかった。
だからこそ、あなたも安心して苦笑を浮かべながら彼女の意見に同意を示せた。
――ここの町の人間は、どうにも元気過ぎる人が多い。
と。
ルーナ
「ふふ、本当ね!私、こんな風に強引に部屋に泊めさせられたの初めてだわ!
あはは、強引なのに何だか嫌じゃないってとっても不思議。
……変なの、何だかおかしいわ。ふふ♪」
暫く2人で、くすくすと笑い合うあなた達。
まだ旅の同行者となって、間は短い。ルーナの事も、彼女が教えてくれた最低限のこと以外があなた自身もまだ多くは知らない。
ただ、こんな旅が続くのであれば、今後も大丈夫であろうという、そんな思いがあなたに。いや、ルーナにも湧いていたのかもしれない。
2人旅も、中々悪くない。そう思ってあなたはルーナへと微笑み……ついでに。もう少しばかり親密に仲良くなりたいと、声を掛ける。つまり……。
――所で、その踊り子の服。借りてきてしまった事だし、着てみる気はないかい?
と。
普段ならば、好奇心旺盛とはいえ、真面目ではある彼女に暫くは着ないと言い張られてしまったかもしれない。
けれど、今の空気ならば……それに、彼女自身も気になっているのならば。
ルーナ
「あっ……もう、行商人さんったら、エッチ!
今、とってもいい空気だったのに、そんな事……」
気分を害したとばかりに頬を膨らませるルーナ。
だが、目は手に持っているその透けた衣装に縫い付いて離れない。彼女は闇の精霊に祝福されている。そのせいで真面目な良い子だけれど、本当に、とっても……好奇心が旺盛なのだ。
――君の綺麗な褐色の肌が、その透ける布から見える姿は。とても魅力的だと思うんだけどなぁ。
そう言葉を続けると、彼女のフードから見える頬の色の濃さが、朱色によって深まるのがよく分かった。
ルーナ
「エッチ……エッチだわ、行商人さん。
……悪い人だわ、本当、悪い人……でも♪」
《しゅるり》
ルーナ
「今2人きりだから……、他の誰も見てないもの、ね?行商人さんだけだから、特別よ?
私も、この服に興味があるから……今だけ、着て、あげます♪」
1日ぶりに、はっきりと見れた彼女の顔は。照れるように、恥ずかしがるように、……期待するように。
しっとりと濡れた夜の花の芳しさ(かぐわしさ)を感じさせる顔で、艶やかに笑っているのであった。