「亡霊となって来ちゃったッ!おにいちゃん!」
ふふっ、よく寝てる…
今日は夜遅くまで、会社の人達と飲み会してから帰ってきたんだっけ…
寝顔は昔から変わってないみたい。
針はとっくに12をまたいじゃったけど、これからどうしよっかな…
あっ…目が、覚めた?
えっ、不審者!?それって私の事……?
何もしない。私は妖怪でも幽霊でもないから!なにもしないから…おちついてって…!
ほらっ、私。私だよお兄ちゃん!落ち着いて。思い出して。
やっと、思い出してくれた…?
うん、私だよ。詩絵だよ。お兄ちゃんの妹の。
亡霊となって出てきちゃった…!久しぶり!お兄ちゃん!
もう、とんでもない顔しないでよ。人を座敷わらしとか、怨霊みたいに思わないで。
「そんなの信じられないよ」って?
まあ、部屋にいきなりあり得ない人間がいたらそりゃ驚くよね、やっぱり…
でも、嘘でもまやかしでもない。今は正真正銘の真実で、現実。
ほら、よく聞いてよ。私の声…忘れちゃったの…?
私は…詩絵だよ。本当に。5年前交通事故で死んだ、あなたの妹の。
お兄ちゃんにあいたくて、あいたくて。お兄ちゃんの家に来ちゃった。
ほら、私の服もみて?…覚えてない? 覚えてない??
これ、私が気に入ってた服と同じデザインでしょ?
今日、ちゃんと気付いてもらえるよう着たんだよ…?
…私ね、冥界の神様の力で、もう一度この現世に亡霊として来たんだ。
うん、神様…神様だよ!本当にいたんだよ、死んだ世界に、神様が…!
亡霊になっちゃったけど、神様のおかげで私、お兄ちゃんにまた、会いにこれたの!
…でもね、生き返ったわけじゃないんだ。
…ほら。亡霊になった私の手、触ってみて。お兄ちゃんなら、さわれるから。
あったかくないよね。まるで道端の石ころを触ったような冷たさ…だよね。
これが…私が生きてないって証明。亡霊は命のない存在だから、命のぬくもりがないの。
それでも私…嬉しいよ。
こうやって、言葉を交わせること。
こうして、もう一度お兄ちゃんに逢えたことが、なによりも。
だから突然のお願いで悪いんだけど…今夜、この家に泊めてくれないかな。
「とつぜん何を言い出すんだ」って?
実はね……今の私、お兄ちゃんに取り憑いている状態なんだ。私に触れるのも、取り憑かれているから。
亡霊になったら誰かに取り憑かなきゃ、現世に降りられないの。
そして、神様に言われたんだ。「私の手で亡霊となったら、取り憑いた相手を幸せにしなきゃいけない」って。
世間で座敷わらしとか言われているのってね、私と同じように神様が生き返らせた亡霊が正体らしいんだ。だから私も、そのルールに従わなきゃいけないの。
……信じてなさそうな顔だね。
でもま…無理もないか。
私だってお兄ちゃんの立場になって、突然死んだと思っていた人間が現れたりなんかしたら、ドン引きしてわめき続けると思う…何してくるかわかんないもん。
ねえ…亡霊になった私の事…嫌いでもいいよ。
私は呪いも怨みもしない。
でも、どうか。どうか朝が来るまでは、この部屋にいさせて…?
お兄ちゃんが私のことを追い出そうとさえしなければ、私は嬉しいから…そのあとはもう、二度とお兄ちゃんの前に姿を表さないから…
…え?
本当に、この家にいていいの?
ホントの、ホントに…!?
…うん…!ありがとう…!
そう言ってくれるなんて、思ってなかった…私の言葉、信じてもらえないんじゃないかって、不安だった…!
でもお兄ちゃんは、信じてくれた!
…えっへへ。抱きついちゃった。
お兄ちゃんに受け入れてもらえないんじゃないかって、ずっとハラハラだった……!
私を受け入れてくれたお返しに、今夜は精一杯お兄ちゃんを癒やしてあげる。
お仕事帰りなのに、私、お兄ちゃんを起こしちゃったし。
ここ最近、お兄ちゃんはお仕事でクタクタだもんね。毎日上司さんに怒られて、眠れない日もあったでしょ?
「なぜそんなことまで知っているのか」って?
あの世…冥界からは自分が望んだ人の人生を眺めることができるんだよ。
おにいちゃんがどこで何をしていたかなんて、全部私にはお見通しなんだから…
「ストーカーじみたことを言うな」?
そんなことないって!わ、私は妹だからギリギリセーフ…!ということにしてよ、ね!
……ほんとにゴメン。
突然のお邪魔にしても覗き見にしても、許されないことだって思ってる。
そのお詫びとして…私、お兄ちゃんを癒せるように寝かしつけてあげるから。
こうやって、
耳元で…ね。
ふふっ、お兄ちゃん肩が跳ねちゃってるよぉ…?
お兄ちゃんには最高の一時を過ごしてほしい。もう二度と味わうことのできない安らぎ…それを与えるため、私はお兄ちゃんの枕元へきたんだから。
だからお兄ちゃん。改めて聞くね。
私を、受け入れてくれないかな…?
…嬉しい…!
…ふつつかものですが、よろしくお願いします。お兄ちゃん♪