「いっしょにぬくぬく…あったかいね、おにいちゃん」
布団の中、おじゃまします…
はあ、久々のお布団。落ち着くな~
…お兄ちゃん、どうしたの?私の反対方向を見て。…あーっ、照れてるんだ。
あっはは…そういうところも変わってない。お兄ちゃん、妙に照れ屋さんで生真面目だもんね。子供の時からっ。
だから…今日も、お仕事終わりの飲み会、断りきれなかったんだよね…
うん…ここに来る前見てたよ、お兄ちゃんが無理に笑って、飲み会やり過ごしてたの。
ああいうの、本当に大変だよね。明日はお休みだからって、上司さんが張り切っちゃって…
お兄ちゃんみたいに若い人だと、断りたくても断れない。
ちょっと嫌な顔しただけで、お仕事に響くかもしれないし。大変だよ、アレ。
よくお兄ちゃんああいうところにいられるよね。
だからこそ…「立派になったなあ」って思うよ。今のお兄ちゃん。嫌な気持ちを隠しながら頑張ってるもん、毎日。
昔から、人見知りでいじめられっ子の私とは違って、お兄ちゃんはいつも気が強くて、ビシっとしてた。
けど私が死んでからのお兄ちゃんは、ちょっと頑張りすぎ。
実家を離れてから、ずっと…よそ行きモードで顔も態度も塗り固めてる。
…それは親をなくして、私もなくしたお兄ちゃんが、一人で必死に生きていく為に身につけたやり方ってことは、私知ってるよ。お給料を得るために。
私は、今日まで頑張ってきたお兄ちゃんを、癒やしてあげたい。
でもその前に……お返しの前借りとして…私の事、抱きしめてもらってもいいかな。
…正直言うとね、私がお兄ちゃんのベッドに入りたいのは、『ぬくもりがほしいから』なんだ。
さっきも言ったけど…今の私、亡霊だから自分の体温がないの。
いくら体を擦っても、いくら自分の体を抱きしめても、…亡霊だからなのか、全然あったかくない。
でも、お兄ちゃんに触れてるとすっごくあったかかった。
だから…私を抱いてもらっても、いい?
…ホントに?
…ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、おねがい…♪私も、抱き返すからね。
ぎゅうううううううう~♪ あったか~い…!
ねえねえ、もう一度ぎゅっとして?もういちど!
ぎゅうううううううう~♪
うん!ありがとう…!最高の抱きまくらだったよ…!私にとって、最高の誕生日プレゼントだよ!お兄ちゃんの体!
あ、覚えてる?今日は私の誕生日なんだよ。
今、生きていたら今日で19歳になるの。
偶然なんかじゃないよ。
今日お兄ちゃんに会えたのはね、神様から私へのプレゼントなの。
神様は「できる限りで願いを叶えてあげる」って言ってくれたんだ。
それで私、神様に突きつけた。「少しの間だけでも、生き返らせてほしい」って…
神様は「そんな願いを叶えることは出来はしない」って言ったけど、それでも私は何度も何度もお願いしたんだ。
そしたら神様は代わりの条件を出してくれた。
「人の目に見える亡霊として、魂の形を作り変えることならできる」って。
それで私、神様に亡霊にされちゃったんだ。
そしてね、亡霊って現世に降りたらしないといけないことがある。
一つはさっきも言った善行。私ならこうやって、「お兄ちゃんを癒やしてあげること」になるの。
もう一つは…『現世にいるうちに、取り憑いた人に願いを叶えてもらうこと』。
…うん、願い。私の持っている願いを、お兄ちゃんに叶えてもらうんだ。
そして私の願いは…「お兄ちゃんに会うこと」…かな。
だから、私の目的は叶っちゃった。『お兄ちゃんに会えた』。
あとは、お兄ちゃんがゆっくり寝てくれたらいいんだよ。
いつも疲れているお兄ちゃんをねぎらってあげることこそ、妹として、お兄ちゃんを好きな人として、今の私がやりたいことなんだよ。
…というわけで、瞳をつぶって?
大丈夫だよ…何もいたずらなんかしない。
それより、何かいたずらでもしてほしい?
…むう、さいですか。
とにかく、お兄ちゃんは目をつむって。
いつまでも目を開けてちゃ眠れないし…
私、ずっと、じっと見られてたら恥ずかしいから…
うん、おとなしく閉じてくれたね…
…そんな緊張しないで。…大丈夫だよ。
今ここにいるのは私だけ…
口うるさい人。
見知らぬ他人。
苦手な大人。
わめく子供。
家の外にいっぱいある、ストレスの源その全てが、ここには一つもない。
ここにいるのは、お兄ちゃんを見守る、妹の私だけ…
リラックスしよ。
まず、体から力を抜いて。全身に止め木のように引っ掛けていた力を、今ここで。
日頃のお仕事で常に力入れっぱなしの両手、両腕、肩、両脚…その全てをリラックスさせるの。
…そう。誰かに言われることで、したくてもできないその行為を、今ここで実現させていく。
私が、ずっと、耳元で安らぐ言葉をささやき続けて、やっとできること。
次に、深呼吸をしよ。
普段から深呼吸、やってないでしょ…?
すぅー。はぁー…
ほら、私のように…
すぅー。はぁー…
…リラックスした今のお兄ちゃんは、しぼんでいる大きな風船。…半端に吸っちゃダメ…
私のように、『すー』っと、吸えないところまで…お腹に吸えるギリギリまで、空気をしっかり吸って…
はい、吐くぅ…ッ!
ちゃんと深呼吸できた?一回目だし、ちゃんとできなかったかもしれないよね。
もう一度やってみるよ?
深く息を吸って…吸えないところまで…膨らんだお兄ちゃんという名の風船をしっかり張り詰めさせて…しっかり吐くぅ…ッ!
ちゃんと空気を全部出せた?
あともう二回だけ、深呼吸を繰り返していくよ。
その二回で、これからの睡眠に邪魔な体の緊張をしっかり抜いていこう。
もいちど、息を吸ってぇ……どんどんお腹という名の風船を膨らませて…しっかり吐く。
最後♪
もいちど、息を吸ってぇ……どんどんお腹という名の風船を膨らませて…しっかりと…吐き尽くすぅ…!
どうかな…?これでお兄ちゃんから力は抜けた?
できたなら、じゃあ今から私が、お兄ちゃんを寝かしつけるね。
「何をするつもりなんだ」って?ふふん、今から私は、お兄ちゃんの夢の世界を作ってあげる。
お兄ちゃんはずっと目を閉じてて。
瞼の裏に浮かぶ情景を、私の言葉に沿って思い浮かべるだけでいいの。
全部聞き終える頃には、きっとお兄ちゃんは眠たくなって、夢の世界だから…
それじゃ、いくね…
目を瞑っているお兄ちゃんは、ここではないどこかに行く。
自分だけが知っている世界…まぶたの裏の闇の中へと、お兄ちゃんはどんどん行く。
気がついたら、お兄ちゃんは草原の上で横になっている。
青い空にあったかい野原。涼風が静かに通り過ぎる、一切のしがらみを感じない自然の中で横になっている。
おひさまの光を受けて、どこまでも広がる春の原っぱ。
それを敷布団にしているお兄ちゃんは、気持ちよく目を瞑っている…空の眩しさが心地いい。
感じ取れる、澄み渡る気持ちよさ…いつまでもここにいたいと思えるような、のどかさとしずけさと気持ちよさが、お兄ちゃんを包む…
…時折、聞こえてくる小鳥のさえずり。それは近くの木に止まっている、野生の小鳥。
小鳥はのびやかに唄い、親鳥の帰りを待っている。
お兄ちゃんはそれをバックミュージックにして、眠ることに夢中になっている…
さあ、小鳥に与える餌を咥えた親鳥さんが戻ってきたよ…!
親鳥さんは小鳥たちのさえずりを受けて、木の上にある巣へと帰っていく。愛らしい子どもたちの声を受けて、親鳥は餌を子どもたちにあげていく。小鳥たちはみんな大喜びで親鳥さんに伝えるよ。
「ありがとう。お母さん、ありがとう」って…!
その心地よいさえずりにお兄ちゃんは聞き惚れているんだ。
そして、この景色を…お兄ちゃんは知ってる。
頭の片隅にとどまっていたはずの、穏やかなこの世界を…お兄ちゃんは知っている。
…そう。ここは、私とお兄ちゃんのお気に入りの場所。
ここは、お兄ちゃんを癒やす、お兄ちゃんだけの憩いの場所…地元にある近所の公園なんだよ。
喧騒とコンクリートで塗り固められた、今のお兄ちゃんが住む都会からずっと離れた世界。
子供の頃に、私たち二人でよく遊んだ、『あの頃なまま』の世界…
お兄ちゃんは、その思い出の景色の中に帰っているんだ。
ここなら、誰かの声でイライラする事もない。
ここなら、誰かから嫌な目で見られることもない。
ここなら、使命感とか義務感とか、お仕事にがんじがらめにされることもない…
だってお兄ちゃんは、今自由になるために、今日までお仕事、頑張ってきたんだもの。
そしてここは鳥さんのように、お兄ちゃんが伸びやかに羽を伸ばせる場所。
故郷を出て、学生生活という名の階段を登り続けて、社会人というゴールにたどり着いたお兄ちゃん。
今この時は、いつも大変な社会人生活で頑張り続けてきたお兄ちゃんが…何も考えず、ただ安らぐことができる時。
私が導いたこの思い出は、その安らぎを最大限感じることのできる世界。
もっと思い出の心地よさを思い出してみて…
草木が風を受けて、今のお兄ちゃんと同じようにのびのびとしてる。
程よい気温と天の恵みを受けて、ずっと昔から生き続けている命が、公園の自然を形作っている。
春には地面から虫さんが姿を表し、桜の薄赤色が辺りに舞い散り…
夏には蝉の鳴き声と眩しい暑さが大地を覆い…
秋にはたくさんの椛の葉と静けさを含んだ風が吹いて…
冬には子どもたちが喜ぶ沢山の白銀の雪が地面を埋め尽くしている…
そんな一年の中で違う顔を見せる公園の中が、私とお兄ちゃんのお気に入りの場所。
昔、いつもこうやって二人で横になって寝てたよね…
その度に、私…耳元へこうやって口を寄せて囁いてたんだよ……
「おやすみ、お兄ちゃん」って……
お兄ちゃんは気持ちよく私と一緒に眠り続けてる。
鼻先から吸い上げる空気の美味しさで体の中を満たしながら、すっと眠りに入っていく…
都会の中では、しんどさで感じられなかった季節の良さを、いまこの時。
体の芯で。心で。お兄ちゃんは感じていく…
この公園の原っぱは私とお兄ちゃんのお気に入りの場所。
近所の子供たちは部屋で遊ぶことが多くなっても、私とお兄ちゃんはいつもここに来ていた…
二人きりで、遊んで、笑いあって、いろんなことを話せた思い出の場所…
ホント…私達はよくここで遊んだよね。
無邪気に過ごしてた幼稚園の時…
幽霊となった私も、ちゃんと覚えているよ、あのときのこと…
私は14歳で死んでしまったけど、あの時の記憶は薄れてない。褪せない。忘れてない。
この公園でのんびり休めるのって…とっても幸せなことだと思うよ。それが思い出の中の、妄想の景色だとしても。
だってこうでもしないと、お兄ちゃんは……大人って、休めないんだもん。
大人になったお兄ちゃんは、毎日仕事で辛い目にあってる。
どんなにお兄ちゃんが丈夫でも、ずっと肩に力がはいるような場所にいたら、いつかダウンしちゃう。
限界まで伸ばしたゴムが、プッツンと切れるように…
だから、今はここでゆっくりと…私と一緒に昔を思い出しながら過ごすんだ。
過去があって今がある。
過去を思い返して癒しに浸ることは悪いことなんかじゃない。
昔を懐かしんで、今を生きるための糧にしていくことは大切だもの。
それを悪く言うような人がいたら、それこそ可哀想だと思うな、私。
そういえば…私も、昔はよく悪口言われた。学校で。
そして帰り道にあるこの公園で、おにいちゃんはいつも私を励ましてくれたよね。
いつも涙を流して、顔を両手で覆ってた小さい頃の私…
そんな私に、お兄ちゃんは手を伸ばしてくれた。
「泣かないで」「元気をだして」って、勇気づけるお兄ちゃんの姿に、私は助けられて、笑顔を失っていた私は、もう一度笑おうと頑張った。
私が今笑えるのは、お兄ちゃんのおかげなんだよ。
あの公園で、二人で「都会の学校に行ってみたい」って話したこともあったよね。
実際、私たちの故郷には近くのスーパー以外何もないし、登下校の道にあるのはこの思い出の公園くらい。
お兄ちゃんはよく「都会の中だったら近くにゲーセンでもあるのかなーいいなー」って言ってた。
私はよく「別に都会の学校はいいかな」って言ってた。
…アレね、人の少ない田舎でいじめられていたんだから、人の多い都会だともっと大変になると思ってたもん。
そしてお兄ちゃんは、いつも私を学校のイジメてくる人から守ってくれた。お父さん、お母さんが死んでから、保護者であるおじさん、おばさんよりも一生懸命。
小学校の頃、石を投げてきた男の子をこてんぱんにして泣かしちゃうし、中学生の頃は周りの子達が「シスコン」呼ばわりしてきても、お兄ちゃんは気にすることなくかばってくれていた。
そんなお兄ちゃんが私は…好き。大好き。
私…死んじゃってからずっとお兄ちゃんのこと気にしてて…もう、口にせずには居られなくなっちゃった。
……今言わなきゃ、きっと私も後悔するし…
ずっと私が、お兄ちゃんの隣にいてあげる…だから、今日は、ぐっすりやすんで。
私のことは何も心配はいらない。
ずっと、隣に…そばにいるから…
もう眠たくなった?…うん、無理に返事しなくていいよ。
明日はお休みの日なんだもの。気にしなくていい…
いまこの時を大切にして。いまこの時があって、明日もあさっても、その先の日も頑張れる。
だから…『すべてを忘れて』休んで。私のことも…忘れて…
いつもこうやって、私が隣にいてあげるから…
おやすみなさい、お兄ちゃん。