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1-A. 来訪者

(ピンポーン) 晴れた日の休日、昼下がり。 集合住宅の一室である、我が家のインターホンが鳴る。 何か荷物でも届いたのだろうかと、ドアを開ける。 「初めまして、この度隣に引っ越して参りました、佐渡と申します。 これから長くお世話になるかと思いますので、ご挨拶に伺いました」 ドアの先には宅配業者ではなく、一人の女性が立っていた。 今時引越しの挨拶だなんて珍しいし、しっかりしている。 しかもまだ若く…そしてなかなかの美人。 年齢は20代中頃位。肌は白く健康的で、 服装や髪形も威圧感を与えない、清楚でよく似合ったものだ。 落ち着いた雰囲気とは不釣り合いなほど大きな胸に、どうしても視線が向いてしまう。 「あの…どうされました? いえ、すみません、急にお邪魔してしまってご迷惑でしたよね」 ついつい見とれてしまった。愛想の良い返事をする。 「ふふ、お気遣いありがとうございます。 実は私、少し前に結婚したばかりで、それでこちらに越してきたのですけれども、 主人は毎日仕事ばかりで帰りも遅く… 今日も休みだというのに、取引先の接待だと言って朝早くに家を出てしまって」 いわゆる、団地妻というやつだ。彼女を同情する気持ちと、 言葉では言い表せないような、今後へのほのかな期待が頭をよぎる。 「そうだ、もしよろしければなのですが…少し、私の部屋でお話とか、致しませんか?」 初対面で突然、何を言い出すのだろう。あまりにも急な話に、思わず動揺してしまう。 「すみません。こちらには知人もおらず… 気軽に話せる方が近くにいると嬉しいと思って。 それに今後ご近所さんとしてお世話になる上で、 もしご迷惑でなければ、ささやかながらおもてなしをしたいと思いまして…」 確かに冷静に考えれば、今後も長く続くであろう 美しい隣人とのご近所付き合いを、ここで断る理由はない。 少しだけならと、了承の返事をした。 「ありがとうございます、挨拶周りはこれで最後ですので… それでは早速私の部屋に参りましょう」 彼女の後に続き、すぐ隣の家のドアをくぐる。 壁も床もとても綺麗で、同じ団地の一室とは思えないくらいだ。 部屋の構成自体は自分の家と変わらないが、お香でも焚いているのだろうか、 ほのかに甘く良い匂いがする。家具は一通り揃っており、どれも新しい。 まさに新婚夫婦の家、という感じだ。子供はまだいないようだ。 「どうぞ、こちらのソファにお掛け下さい」 真新しい、大きなソファに腰を下ろす 気を抜くとそのまま身体ごと沈み込んでしまいそうな位に、ふかふかで座り心地が良い。 気分まで、ふわふわと緩んできてしまいそうだ。 そんな事を考えているうちに、彼女は飲み物とお茶菓子を持ってきた。 「こんなものしかありませんが、ゆっくりしていって下さいね」 彼女は再び、旦那の事を話し始めた。かなり不満が溜まっているのかもしれない。 「あの人の気を引こうと色々なものを勉強してみたのですが、 そもそも試してみるタイミングが無くて…例えば、催眠術とか。 あ、あの、勘違いされる方が多いのですが、催眠術は魔法などではなく、 相手に心を開いてもらうための技術であり、その手助けとなるものなんです。 あ…もし、まだ疑っているようなら…今から試してみませんか?」 催眠術がどうこうは少し気に掛かる部分があるが、 彼女と話を続けられるのであれば、それも良いかなと思い始めた。 是非見てみたいと、気のいい返事をする。 「ありがとうございます。 あの人もこの位してくれればいいのに…いえ、ごめんなさい。はぁ…」 悩ましげな溜め息と共に、彼女がこちらを見つめる。 その絡め取るような視線に、はっと心を奪われてしまった。 「ふふ、私がこんなに正直に話したのですから、 今日は私の催眠術で、貴方にもとっても素直になって頂きますね」

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