うちわ、ぱたぱた(寝つかせ)
:SE うちわ、ゆっくり
;1
「はい、きっかけは、お手紙でした。
<うちわ>
静岡の、お紺のつとめてたお茶屋にとどいた、
茂伸からの、短いお手紙」
「『洗濯狐の末裔、やーっとみつけたッスよ!
茂伸に来て、お洗濯屋をやらないっスか?』」
「うふふっ――それだけのお手紙です。
お手紙の他には、鍵が一本。
それだけしか、封筒にははいってなくて――<うちわ>」
「だけど、お紺は……<うちわ>
信じようって、行ってみようって、思ったんです」
「だって、お紺があやかしなこと。
洗濯狐だってこと、
今は、こんな世の中ですから――
ひたすら、隠してましたから」
「上手に隠して、かくして、かくして。
だから――<うちわ>――
いつでも、ひとりぼっちで……」
「それなのに、お手紙で言い当てられたから。
だから、お紺……<うちわ>
きっとこれは、茂伸の、土地のカミ様からのお手紙だなって、思ったんです」
「もしもそうなら……<うちわ>……
お紺には、必要とされるだけの理由が。
洗濯狐のお仕事が……<うちわ>、きっと、
茂伸に待ってるんだろうな、って」
「そう思ったらもう、とまらなくなって。
すぐに行ってみたくなって――<うちわ>。
お紺、産まれてはじめての旅の支度を、したんです」
「あ……それはやっぱり怖かったです――<うちわ>
なにせ、四国に渡るんですし……
鉄の橋が、もうかかってるっていったって――え?」
「『鉄の橋ってどういうこと』――ああ。
うふっ、ですよね。
狐でもないかぎり、あんまり知らないお話ですよね」
「あのですね? お紺の父(とと)様――<うちわ>
お紺よりずうっとお洗濯上手な洗濯狐は、
もともとは、四国の出身で――」
「だけど……四国を追い払われて――<うちわ>――
それでやむなく、静岡にまで、逃げてきたんです」
「『誰に』ですか? それは――
とても強い力をもった人間のお坊さま――<うちわ>
空海(くうかい)――
弘法大師(こうぼうだいし)という方にです」
「弘法大師は、こともあろうに狸の味方だったんですよ。
ぽんぽこどもにいいくるめれて、
茂伸から、四国から、キツネたちを追い払ったんです」
「けもののキツネも、野狐も仙弧も、どころか稲荷狐まで……<うちわ>。
『鉄の橋が本州と四国にかかるまで、四国に戻るはまかりならんって』――そういって、狐を追い出して」
「……とと様も、他の狐たちも――<うちわ>
それはそれは、大変な苦労をしたそうです。
土地のあやかしと相争ったり、人間たちにも追われたり。
……安住の地は、なかなかみつからなかったそうで」
「みんなで暮らせる住処を探して、凍った諏訪の湖を、一列になって渡ったり、
人間を無理やり追い払ってしまい、三年味噌をつけて焼いた杵で返り討ちにされたり……<うちわ>」
「大阪の松原という土地でこそ、人間に暖かく迎えてもらったりしたそうですけれど……<うちわ>
そうした例は、本当に稀で」
「お紺のとと様も、苦労したほうの狐でした。
追われて追われて、逃げて逃げて――<うちわ>。
けれども少しも悪いことをせず、
おいなり様を見かけるたびに、お供えをして」
「そうするうちに、とと様の徳が満ち足りて……<うちわ>。
下土狩(しもとがり)の、割狐塚(わりこづか)のお稲荷様の境内で。
急にこぉんと、人化(ひとばけ)の――人間の姿に化ける術を使えるようになったんです」
「そのときに宮司さんにいただいたのが、その浴衣――
旅の方がいま着てらっしゃる、とと様の浴衣なんだそうです。――<うちわ>」
「浴衣とごはんをいただいて、人のしきたりを教わって。
そうして次にととさまは――あっ」
「あらやだ、お紺、自分の話をべらべらと……
あああ、てーさいのわり…はうぅ~」
「ああ、恥ずかしい。
こんな話、誰にも聞かせたことがないのに――
どうして、旅の方にだけ……え?」
「『聞かせて欲しい』って……
ええと、お紺の、身の上話を――ですか?」
「どうして、そんな……はい――はい。
あ……ですね、そう、なんでですね」
「いわれてみたら……旅の方も、お紺も。
この茂伸に、流れ着いて来た者同士」
「『仲間』。仲間……(呼吸音)」
「……うふふっ、うれしく、感じます。
仲間、なんですね。お紺と、旅の方は。
うれしい――うれしくて……ぽおっと、あたたかな気持ちがします」
「茂伸に来てはじめての仲間、お友達。
……(呼吸音)……なんてすてきなことでしょう」
「え? 『意外』って……なにがです?
『こんなに聞き上手さんなのに』って……
ああ、それは――」
「それは……だって、静岡のときは――
ああ、覚えていてくれたんですね?
お紺が、さっきお話したこと」
「はい、そうなんです。――<うちわ>
隠れるように暮らしてたから……」
「目立たないよう、父様とも、母様とも離れてくらしてましたから――<うちわ>」
「だから……お紺は、ひとりぼっちで……<うちわ>」
「この茂伸に来てからも――ああ、いやだ。
そういえばお話、少し、迷い路してしまいましたね」
「鉄の橋をわたって、四国にはいって――<うちわ>
バスにのって、この茂伸にたどり着いて――
そうしたら、もう、このお店が出来ていたんです」
「『あ、ここなんだ』って。
『ここが、お紺のお店なんだって』――すぐに、わかって――<うちわ>」
「だから、封筒に入ってた鍵をいれたら、
かちゃり、まわって。
お話としては、それだけです」
「え? お手紙をくれたカミ様、ですか?
残念ですけど……いまはまだ、お会いできてないですね――<うちわ>」
「きっと、かわいらしいカミ様だって思うから。
お紺、一度はお会いして、ちゃんとお礼をいいたいんですけど……<うちわ>」
「けど、会えなくっても、求められてることはわかりますから。
それ以来、こうして――うふふっ――<うちわ>
お洗濯屋を、しているんです」
「そうすることがお仕事ですし……<うちわ>
お紺の、性(しょう)でもありますから」
「お紺は、洗濯狐です。
この茂伸に来る者が、あやかしであれ、人であれ、
かかえこんでる汚れを、よどみを、お洗濯するお仕事です」
「かかえこんでいるものを落としてしまえば、
その方は新しい一歩をここから踏み出します」
「お紺は、それを見送るだけです。
落としたいものを落とされて、身軽になったその先に……
洗濯狐の居場所はきっと、ありません」
「だから、お紺は、ここでもずっと――
え? あ――ああっ」
「そう……ですね。
旅の方が、お紺の仲間に――おともだちになってくれた」
「お紺はもう……ひとりじゃない。
ひとりぼっちの、洗濯狐じゃない」
「なんてうれしいことでしょう。
なんて、さいわいなことでしょう――あ」
「いえ、あの……うわさを、思い出したんです。
静岡にまでつたわってきた……
ここ、茂伸に関する、もうひとつのうわさを」
「この茂伸に“家”を持つ者には、必ず幸いが訪れる』
――って、そんな噂を」
「うふふっ、その噂も、お紺、信じてなかったんですけど。
本当なのかもしれませんね」
「お店とはいえ、お紺、ここで暮らしてますから、家ですし――
だから、こんなに素敵な幸いが、訪れてくれた」
「うふふふふっ、なんて素敵なことでしょう」
「旅の方も、うふふ、しあわせになりたいのなら、
ここに、この茂伸におうちをもつ、と…………あ……(呼吸音)」
「い、いえ? なんでもありません。
すみません、いきなりそんな……旅のお方に、おうちをもつ、とか――そんな……」
;マイク逆向き、小声
「……巣作りの、お願いみたいなこといってしまって……
ああ、てーさいのわりぃ……へ?」
「『悪くないかも』です、か? ええと、なにが――」
「あ……あ。
この茂伸に、おうちをもつこと、が――ですか」
「ふふっ――うふふっ。
悪くない、なら、ええ、本当に悪くないですね。
悪くない、どころか――とても、素敵な……」
「ああ、いえ――ええと――<うちわ>
そんな、ことより――<うちわ>
その……です……ね? <うちわ><うちわ><うちわ>」
「あ、あの……
(小声)た、旅のお方のこと……
あなたの、こと――
もし、よかったら……<うちわ>
(更に小声)
もし、ご迷惑じゃ、なかったら……」
(囁き)
「お紺に……聞かせてもらえませんか?」
(近寄ってささやき)
「あなたがここに、この茂伸に、お紺のところに来てくれた。
その道筋が、あなたの旅が――」
「いったいどんなものだったかを、
もしも、ね? お気がむかれたら、
お紺に聞かせてもらえると……とても、嬉しく思います」
「え? あ――うふふ、ありがとうございます」
;戻って
「『きっと退屈な話』だなんて、そんなこと――
ふ……ふあっ」
「あ、ごめんなさい。
安心をして、うれしくて。こころがとってもぽかぽかしてきて――そうしたら、なんだか急に――ふあ……
ねむくって――え?」
「うふふっ、それっていいですね。
とっても、しあわせそうですね」
「添い寝して、お話をして、
眠くなったら、そのまま眠る。
あなたも、お紺も」
「それじゃあ、おふとん――<SE ふとんずらし>――
ふたつ、並べて」
;3
「――ああ……ふうわりとあたたかですね。
近くに、あなたがいてくれる。
このぬくもりは……さいわいですね」
「うふふふっ――あったか。あったかですね。
まもってもらえる、安心できる、おふとんの中は」
「……お話しましょう。やさしいあなた。
お話をして、いつか眠って。
そうして一緒にめざめましょう」
「あなたの眠りは、きっと、お紺が守ります。
だから――(密着囁き)お話をきかせてください」
;以降密着囁き
「あなた自身のお話を。
あなたの旅のお話を……」
「うん……うん……うん…………うん」
「うふふふっ、そんな――ええ――はい。
ああ……そうだったのですね――」
「うん……ええ……え? そんな……
だけど――はい――ああ――よかった……」
「……まぁ――そんなことが――ふぁ――ん……
いえ……どうか、続きを……おはなしの……」
「はい……はい……ん……ふぁ……ん……
はい……はい……」
「ん……はい……は、い……ふあっ……う……ん…………
ん……………………」
「(寝息)」
「(寝息)」
「(寝息)」
「(寝息)」
「……ん……(寝息)」
;SE 風鈴、ちりん
;環境音F.O.
;無音。終わり。