Track 6

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うちわ、ぱたぱた(寝つかせ)

:SE うちわ、ゆっくり ;1 「はい、きっかけは、お手紙でした。 <うちわ> 静岡の、お紺のつとめてたお茶屋にとどいた、 茂伸からの、短いお手紙」 「『洗濯狐の末裔、やーっとみつけたッスよ! 茂伸に来て、お洗濯屋をやらないっスか?』」 「うふふっ――それだけのお手紙です。 お手紙の他には、鍵が一本。 それだけしか、封筒にははいってなくて――<うちわ>」 「だけど、お紺は……<うちわ> 信じようって、行ってみようって、思ったんです」 「だって、お紺があやかしなこと。 洗濯狐だってこと、 今は、こんな世の中ですから―― ひたすら、隠してましたから」 「上手に隠して、かくして、かくして。 だから――<うちわ>―― いつでも、ひとりぼっちで……」 「それなのに、お手紙で言い当てられたから。 だから、お紺……<うちわ> きっとこれは、茂伸の、土地のカミ様からのお手紙だなって、思ったんです」 「もしもそうなら……<うちわ>…… お紺には、必要とされるだけの理由が。 洗濯狐のお仕事が……<うちわ>、きっと、 茂伸に待ってるんだろうな、って」 「そう思ったらもう、とまらなくなって。 すぐに行ってみたくなって――<うちわ>。 お紺、産まれてはじめての旅の支度を、したんです」 「あ……それはやっぱり怖かったです――<うちわ> なにせ、四国に渡るんですし…… 鉄の橋が、もうかかってるっていったって――え?」 「『鉄の橋ってどういうこと』――ああ。 うふっ、ですよね。 狐でもないかぎり、あんまり知らないお話ですよね」 「あのですね? お紺の父(とと)様――<うちわ> お紺よりずうっとお洗濯上手な洗濯狐は、 もともとは、四国の出身で――」 「だけど……四国を追い払われて――<うちわ>―― それでやむなく、静岡にまで、逃げてきたんです」 「『誰に』ですか? それは―― とても強い力をもった人間のお坊さま――<うちわ> 空海(くうかい)―― 弘法大師(こうぼうだいし)という方にです」 「弘法大師は、こともあろうに狸の味方だったんですよ。 ぽんぽこどもにいいくるめれて、 茂伸から、四国から、キツネたちを追い払ったんです」 「けもののキツネも、野狐も仙弧も、どころか稲荷狐まで……<うちわ>。 『鉄の橋が本州と四国にかかるまで、四国に戻るはまかりならんって』――そういって、狐を追い出して」 「……とと様も、他の狐たちも――<うちわ> それはそれは、大変な苦労をしたそうです。 土地のあやかしと相争ったり、人間たちにも追われたり。 ……安住の地は、なかなかみつからなかったそうで」 「みんなで暮らせる住処を探して、凍った諏訪の湖を、一列になって渡ったり、 人間を無理やり追い払ってしまい、三年味噌をつけて焼いた杵で返り討ちにされたり……<うちわ>」 「大阪の松原という土地でこそ、人間に暖かく迎えてもらったりしたそうですけれど……<うちわ> そうした例は、本当に稀で」 「お紺のとと様も、苦労したほうの狐でした。 追われて追われて、逃げて逃げて――<うちわ>。 けれども少しも悪いことをせず、 おいなり様を見かけるたびに、お供えをして」 「そうするうちに、とと様の徳が満ち足りて……<うちわ>。 下土狩(しもとがり)の、割狐塚(わりこづか)のお稲荷様の境内で。 急にこぉんと、人化(ひとばけ)の――人間の姿に化ける術を使えるようになったんです」 「そのときに宮司さんにいただいたのが、その浴衣―― 旅の方がいま着てらっしゃる、とと様の浴衣なんだそうです。――<うちわ>」 「浴衣とごはんをいただいて、人のしきたりを教わって。 そうして次にととさまは――あっ」 「あらやだ、お紺、自分の話をべらべらと…… あああ、てーさいのわり…はうぅ~」 「ああ、恥ずかしい。 こんな話、誰にも聞かせたことがないのに―― どうして、旅の方にだけ……え?」 「『聞かせて欲しい』って…… ええと、お紺の、身の上話を――ですか?」 「どうして、そんな……はい――はい。 あ……ですね、そう、なんでですね」 「いわれてみたら……旅の方も、お紺も。 この茂伸に、流れ着いて来た者同士」 「『仲間』。仲間……(呼吸音)」 「……うふふっ、うれしく、感じます。 仲間、なんですね。お紺と、旅の方は。 うれしい――うれしくて……ぽおっと、あたたかな気持ちがします」 「茂伸に来てはじめての仲間、お友達。 ……(呼吸音)……なんてすてきなことでしょう」 「え? 『意外』って……なにがです? 『こんなに聞き上手さんなのに』って…… ああ、それは――」 「それは……だって、静岡のときは―― ああ、覚えていてくれたんですね? お紺が、さっきお話したこと」 「はい、そうなんです。――<うちわ> 隠れるように暮らしてたから……」 「目立たないよう、父様とも、母様とも離れてくらしてましたから――<うちわ>」 「だから……お紺は、ひとりぼっちで……<うちわ>」 「この茂伸に来てからも――ああ、いやだ。 そういえばお話、少し、迷い路してしまいましたね」 「鉄の橋をわたって、四国にはいって――<うちわ> バスにのって、この茂伸にたどり着いて―― そうしたら、もう、このお店が出来ていたんです」 「『あ、ここなんだ』って。 『ここが、お紺のお店なんだって』――すぐに、わかって――<うちわ>」 「だから、封筒に入ってた鍵をいれたら、 かちゃり、まわって。 お話としては、それだけです」 「え? お手紙をくれたカミ様、ですか? 残念ですけど……いまはまだ、お会いできてないですね――<うちわ>」 「きっと、かわいらしいカミ様だって思うから。 お紺、一度はお会いして、ちゃんとお礼をいいたいんですけど……<うちわ>」 「けど、会えなくっても、求められてることはわかりますから。 それ以来、こうして――うふふっ――<うちわ> お洗濯屋を、しているんです」 「そうすることがお仕事ですし……<うちわ> お紺の、性(しょう)でもありますから」 「お紺は、洗濯狐です。 この茂伸に来る者が、あやかしであれ、人であれ、 かかえこんでる汚れを、よどみを、お洗濯するお仕事です」 「かかえこんでいるものを落としてしまえば、 その方は新しい一歩をここから踏み出します」 「お紺は、それを見送るだけです。 落としたいものを落とされて、身軽になったその先に…… 洗濯狐の居場所はきっと、ありません」 「だから、お紺は、ここでもずっと―― え? あ――ああっ」 「そう……ですね。 旅の方が、お紺の仲間に――おともだちになってくれた」 「お紺はもう……ひとりじゃない。 ひとりぼっちの、洗濯狐じゃない」 「なんてうれしいことでしょう。 なんて、さいわいなことでしょう――あ」 「いえ、あの……うわさを、思い出したんです。 静岡にまでつたわってきた…… ここ、茂伸に関する、もうひとつのうわさを」 「この茂伸に“家”を持つ者には、必ず幸いが訪れる』 ――って、そんな噂を」 「うふふっ、その噂も、お紺、信じてなかったんですけど。 本当なのかもしれませんね」 「お店とはいえ、お紺、ここで暮らしてますから、家ですし―― だから、こんなに素敵な幸いが、訪れてくれた」 「うふふふふっ、なんて素敵なことでしょう」 「旅の方も、うふふ、しあわせになりたいのなら、 ここに、この茂伸におうちをもつ、と…………あ……(呼吸音)」 「い、いえ? なんでもありません。 すみません、いきなりそんな……旅のお方に、おうちをもつ、とか――そんな……」 ;マイク逆向き、小声 「……巣作りの、お願いみたいなこといってしまって…… ああ、てーさいのわりぃ……へ?」 「『悪くないかも』です、か? ええと、なにが――」 「あ……あ。 この茂伸に、おうちをもつこと、が――ですか」 「ふふっ――うふふっ。 悪くない、なら、ええ、本当に悪くないですね。 悪くない、どころか――とても、素敵な……」 「ああ、いえ――ええと――<うちわ> そんな、ことより――<うちわ> その……です……ね? <うちわ><うちわ><うちわ>」 「あ、あの…… (小声)た、旅のお方のこと…… あなたの、こと―― もし、よかったら……<うちわ> (更に小声) もし、ご迷惑じゃ、なかったら……」 (囁き) 「お紺に……聞かせてもらえませんか?」 (近寄ってささやき) 「あなたがここに、この茂伸に、お紺のところに来てくれた。 その道筋が、あなたの旅が――」 「いったいどんなものだったかを、 もしも、ね? お気がむかれたら、 お紺に聞かせてもらえると……とても、嬉しく思います」 「え? あ――うふふ、ありがとうございます」 ;戻って 「『きっと退屈な話』だなんて、そんなこと―― ふ……ふあっ」 「あ、ごめんなさい。 安心をして、うれしくて。こころがとってもぽかぽかしてきて――そうしたら、なんだか急に――ふあ…… ねむくって――え?」 「うふふっ、それっていいですね。 とっても、しあわせそうですね」 「添い寝して、お話をして、 眠くなったら、そのまま眠る。 あなたも、お紺も」 「それじゃあ、おふとん――<SE ふとんずらし>―― ふたつ、並べて」 ;3 「――ああ……ふうわりとあたたかですね。 近くに、あなたがいてくれる。 このぬくもりは……さいわいですね」 「うふふふっ――あったか。あったかですね。 まもってもらえる、安心できる、おふとんの中は」 「……お話しましょう。やさしいあなた。 お話をして、いつか眠って。 そうして一緒にめざめましょう」 「あなたの眠りは、きっと、お紺が守ります。 だから――(密着囁き)お話をきかせてください」 ;以降密着囁き 「あなた自身のお話を。 あなたの旅のお話を……」 「うん……うん……うん…………うん」 「うふふふっ、そんな――ええ――はい。 ああ……そうだったのですね――」 「うん……ええ……え? そんな…… だけど――はい――ああ――よかった……」 「……まぁ――そんなことが――ふぁ――ん…… いえ……どうか、続きを……おはなしの……」 「はい……はい……ん……ふぁ……ん…… はい……はい……」 「ん……はい……は、い……ふあっ……う……ん………… ん……………………」 「(寝息)」 「(寝息)」 「(寝息)」 「(寝息)」 「……ん……(寝息)」 ;SE 風鈴、ちりん ;環境音F.O. ;無音。終わり。

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