Track 5

お紺の耳掃除(左耳)

;3 「うふふ、お体いれかえてくださって、ありがとうございます」 「お紺の話、たいくつじゃありませんか? 旅のつかれもおありでしょうし、眠くなったら、 いつでお眠りくださいね?」 「それでは、まずは、お耳の浅いところのお掃除を…… ん――(呼吸音)――んっ……<耳かき音>」 「浅いところは、簡単そうに思えますでしょう? けれど――んっ……<耳かき音>……あ―― (呼吸音)――ふ……ん……」 「けれども、ね? 旅の方。 ここは意外と……<耳かき音>――繊細で…… 難しい……(呼吸音)ところ……なんです」 「だから少しだけ――お紺に――<耳かき音>…… お時間、を――ん……(呼吸音)――ん……よ……ん……<耳かき音>」 「(呼吸音)」 「あら、なかなか――よ――んっ―― <耳かき音>……もう少し……ん、んんっ――(呼吸音) あ――<耳かき音>――――うふふっ。取れました♪」 「あとは上側を……よ……<耳かき音>と――んっ―― (呼吸音)――――――うん! はぁい、おまたせいたしました」 「ええと……お話――あ。そうでした―― お紺がどうして、『仙狐になりたがってるか』か…… でしたねぇ」 「ええと……<耳かき音>――そう、ですね―― <耳かき音>――旅の方も、一番最初は、 信じてくださらなかったじゃないですか……(呼吸音) お紺が――妖狐――<耳かき音>――あやかしだ、って」 「それは……ん――<耳かき音>――今の時代ですもの。 当然のことって――ん――(呼吸音)――お紺、も ――<耳かき音>――思い、ます――ん……(呼吸音) 「だって……今の――世の中、は……(呼吸音)―― お紺がくらしてた――<耳かき音>――静岡で、だって ……ん――<耳かき音>――あやかしが、どんどん、 減って、いて……」 「あ、ん――ちょっとだけ、旅の方、お耳の角度を―― あ、そうです、そこで――<耳かき音>―― そのまま、もう少し、だけ――<耳かき音>―― ん……(呼吸音)――ん……<耳かき音>――うんっ」 「ここまで親しい――<耳かき音>――接し方は…うふふっ、昔も今も、珍しいかも――<耳かき音>――しれません、けど――(呼吸音)」 「でも――<耳かき音>……昔は、普通にあった…… ただ単純に、見かけるだけ、どか……<耳かき音> すれ違う、だけ――とか――(呼吸音)」 「そういうのさえ、なくなって……<耳かき音>……ん。 お紺たち、あやかしと……旅の方たち、人間と、が――<耳かき音> ……接する機会が、ぜんぜん、なく、て――」 「それは、やっぱり……<耳かき音>――さみしく、て… 「だから、お紺――ん……(呼吸音)――」 「この、茂伸を――<耳かき音>――いまの、形に……(呼吸音)……して、くれた――<耳かき音>」 「人と、あやかしが――<耳かき音>重なり、あって、くらしていける―― 今の、形を、つくって、くれた……<耳かき音>――あやかし、みたい……に――(呼吸音)」 「仙狐になって……力が、ふえれば――<耳かき音>…… そんな、場所……(呼吸音)――お紺にも、 つくれるんじゃないか、って――<耳かき音>―― ふうわりと、ですけど……思ってて――(呼吸音)」 「え? 『ここはそういう土地なの?』って―― <耳かき音>――ふっ、うふふっ――ですよね、 旅の方は、ん……<耳かき音>……」 「あやかしが暮らしているってこともて知らないで…… <耳かき音>――この茂伸に……(呼吸音)―― 訪ねて、こられたんでしたよね?」 「って、いえるうほどお紺も、まだ、ここのこと詳しくないんですけど――<耳かき音>―― そういう噂……ううん、お話ですよ?――<耳かき音>……」 「あ――ん……ちょっとだけ――集中、させて―― <耳かき音>……ん……(呼吸音)――ここ……、 カリカリカリって――(呼吸音)――剥がす…… みたい、に――<耳かき音>――ん―― <耳かき音>――うんっ」 「え? あ、そうでした――<耳かき音>――ええと、 4~5年くらい前、でしたかね? ……<耳かき音>―― 静岡にまで、あやかしたちの風のうわさで……ん…… (呼吸音)……そういう話が、伝わってきて――<耳かき音>」 「『ものべののさだめが振替(ふりかえ)られたらしい…… 人とあやかしが――ん……<耳かき音>――ともに、 すごせる土地にかわったらしい』……<耳かき音>、って」 「お紺、はじめは信じていなかったんですよ。 だって――<耳かき音>……そんなおおきな振替を…… さだめを捻じ曲げるようなことをしたら―― とんでもなく大きな……<耳かき音>……かやりの風が、 ふいちゃいます……から――<耳かき音>」 「あ、『かやりの風』っていうのは――<耳かき音>―― 反動、です。 例えば……ん……(呼吸音)」 「他の誰かと、赤い糸で結ばれている男の方を、 女の方が好きになってしまったとして――<耳かき音>」 「おまじない……っていうと言葉はかわいいですけど―― <耳かき音>――まじない……はのろいですよね…… ん……(呼吸音)」 「まじないを、仕掛けて――<耳かき音>―― むりやり、赤い糸の結び先を――自分に換える…… <耳かき音>――運命の相手を振り返る、なんてことをしたら――(呼吸音)」 「あ……ここ。 ――ん――<耳かき音> ん――<耳かき音>……」 「そうしたら……ん……(呼吸音)―― 本来の、相手がいなくなった、女性の、まわりに…… ぽっかりとした、黒い、穴が、あいて――<耳かき音>」 「その隙間を産めるために……ん……(呼吸音)…… まじないを、した――女性に、吹いて…… 奪って、いく、のが――<耳かき音>…… かやりの、風……(呼吸音)」 「空いてしまった……(呼吸音)……穴を、埋める。 それだけの幸せを――<耳かき音>奪う、ために ……吹き荒れる……風――<耳かき音>」 「わかります、でしょ? <耳かき音> たくさんの命を抱えた村一つ――<耳かき音>―― そんな代物のさだめをもしも――(呼吸音)……振り替えた、なら――」 「どれほど激しい、かやりの風が――<耳かき音>……ん ……吹き荒れて、しまうのか――<耳かき音>――が」 「なのに、流れてきた噂、では……<耳かき音>―― 傘の、妖怪……傘妖(かさよう)が……<耳かき音>……」 「ほんの、身ひとつ。それだけで――(呼吸音)―― かやりを、防ぎきっただなんて……<耳かき音>……」 「ありえない、お話し――<耳かき音>――だったから ……だから、お紺――最初は、まるで…… 信じて、なかった――ん、です――(呼吸音)」 「あ、ここ、これ―<呼吸音>――とれ、たら――<耳かき音>」 「ん……<耳かき音>――ふ……(呼吸音)―― あ――――<耳かき音>――うん――うふふっ、 (接近囁き)おつかれさまでした」 ;戻って 「確かめますね~。少しくすぐったいかもしれないけど、 がまん、してくださいね?」 「(優しく長く息吹きかけ、ふ~~~っ)」 「うん。上等です。ぴかぴかです。 左のお耳も、綺麗綺麗になりました。 あとは、お洗濯のしあげですね~」 「え? 『噂を信じなかったのに、どうしてここに――』 ですか?」 「うふふふふっ。お紺のこと、気にしてくださってありがとうございます。 ですけど、それは――――――――えいっ!」 ;SE  耳に梵天(耳かきの裏のふわふわ)入れるガサゴソ音 ;同時に環境音(雨音)ストップ 「うふふふっ、お耳のお洗濯をきっちりすませて。 一番綺麗になったお耳で、どうぞ、お聞きいただけましたらうれしいです」 「だから……(接近囁き))もう少しだけ、お待ちくださいね?」 ;SE 小箱をあける→中から取り出す→小箱閉める ;戻って 「一番上等のうすぅい絹を、綿棒のまわりにふうわりまいて~――うふふふっ」 「はぁい。お耳を仕上げますよー。 痛くないよう、ゆっくり、ゆっくり――ふうわり、ふうわり」 :SE ガサゴソ音 「……お耳の、お洗濯、がさごそ、くるくる―― <ガサゴソ音>――やさしく、そおっと――ん―― (呼吸音)――耳の、隙間を――なでる、みたいに―― <ガサゴソ音>」 「……どう、ですか? 旅の方――<ガサゴソ音>―― かゆいところは、ございませんか?――(呼吸音)」 「うふふ、でしたら、もうすこしこのまま―― <ガサゴソ音>――お耳を――うふふっ、おさわがせ―― <ガサゴソ音>」 「――よしっ――どうでしょう? ん……(呼吸音)――んん~――」 「(ふーーーーーーーーっ)」 「うん。うふふっ、とっても綺麗になりました」 「うふふふふっ、産まれたての赤ちゃんのお耳みたいに、 すべすべできれいきれいなお耳の中ですよ?」 「反対側も、おんなじように仕上げましょうね~ はーい、ごろーん」 ;7 「それじゃあ、絹をとりかえまして―― 失礼、しますね? ゆっくり、ゆっくり――ふうわり、ふうわり―― <ガサゴソ音>」 「痛くしないよう、どこまでだって、ふうわりと―― <ガサゴソ音>……え? あ――うふふふっ、旅のお方は、せっかちですね? お耳のお洗濯、もうちょっとでおわりますのに」 「けど――うふふ、うれしいです。 <ガサゴソ音> お紺がどうしてここに来たのか、 それを、気にしてくださって――<ガサゴソ音>」 「あの? ですね? ――<ガサゴソ音>―― きたきっかけは、単純、なんです――<ガサゴソ音>――ん……(呼吸音)――んーー――(呼吸音)――うん」 「(ふーーーーーーーーっ)」 「……うふふっ、おつかれさまでした。 旅の方のお耳の中、洗いたてのお皿みたいにツヤツヤですよ?」 「あ、はい。 きっかけ……きっかけのお話ですよね?」 「きっかけはですね――あ――待って―― (呼吸音)――(接近囁き)ね、旅の方、聞こえませんか?」 「(呼吸音)」 :フェードイン環境音 虫の声 ;接近のまま 「虫の声……」 ;SE 軽い足音、窓開け ;環境音ボリュームアップ ;SE 風鈴、ちりん ;16 マイクと反対向いて 「あ――いい風――雨上がりの風」 ;16 マイク向き 「雨、いつの間にあがってたんですね―― <風鈴>――すっかり、暗くなってしまって」 ;SE 軽足音 ;7 「ね? 旅の方。 見知らぬ土地の、夜の独り歩きは危ないですし…… お話も、まだ途中ですし――」 「今日は、こちらに、このままお泊りになりますか? いいえ、遠慮はいりません」 「お紺も、だって――もう少し。 旅のお方と――<風鈴>―― ……あなたと、お話ししたい……ですから」 ;SE 風鈴