お紺の耳掃除(左耳)
;3
「うふふ、お体いれかえてくださって、ありがとうございます」
「お紺の話、たいくつじゃありませんか?
旅のつかれもおありでしょうし、眠くなったら、
いつでお眠りくださいね?」
「それでは、まずは、お耳の浅いところのお掃除を……
ん――(呼吸音)――んっ……<耳かき音>」
「浅いところは、簡単そうに思えますでしょう?
けれど――んっ……<耳かき音>……あ――
(呼吸音)――ふ……ん……」
「けれども、ね? 旅の方。
ここは意外と……<耳かき音>――繊細で……
難しい……(呼吸音)ところ……なんです」
「だから少しだけ――お紺に――<耳かき音>……
お時間、を――ん……(呼吸音)――ん……よ……ん……<耳かき音>」
「(呼吸音)」
「あら、なかなか――よ――んっ――
<耳かき音>……もう少し……ん、んんっ――(呼吸音)
あ――<耳かき音>――――うふふっ。取れました♪」
「あとは上側を……よ……<耳かき音>と――んっ――
(呼吸音)――――――うん!
はぁい、おまたせいたしました」
「ええと……お話――あ。そうでした――
お紺がどうして、『仙狐になりたがってるか』か……
でしたねぇ」
「ええと……<耳かき音>――そう、ですね――
<耳かき音>――旅の方も、一番最初は、
信じてくださらなかったじゃないですか……(呼吸音)
お紺が――妖狐――<耳かき音>――あやかしだ、って」
「それは……ん――<耳かき音>――今の時代ですもの。
当然のことって――ん――(呼吸音)――お紺、も
――<耳かき音>――思い、ます――ん……(呼吸音)
「だって……今の――世の中、は……(呼吸音)――
お紺がくらしてた――<耳かき音>――静岡で、だって
……ん――<耳かき音>――あやかしが、どんどん、
減って、いて……」
「あ、ん――ちょっとだけ、旅の方、お耳の角度を――
あ、そうです、そこで――<耳かき音>――
そのまま、もう少し、だけ――<耳かき音>――
ん……(呼吸音)――ん……<耳かき音>――うんっ」
「ここまで親しい――<耳かき音>――接し方は…うふふっ、昔も今も、珍しいかも――<耳かき音>――しれません、けど――(呼吸音)」
「でも――<耳かき音>……昔は、普通にあった……
ただ単純に、見かけるだけ、どか……<耳かき音>
すれ違う、だけ――とか――(呼吸音)」
「そういうのさえ、なくなって……<耳かき音>……ん。
お紺たち、あやかしと……旅の方たち、人間と、が――<耳かき音>
……接する機会が、ぜんぜん、なく、て――」
「それは、やっぱり……<耳かき音>――さみしく、て…
「だから、お紺――ん……(呼吸音)――」
「この、茂伸を――<耳かき音>――いまの、形に……(呼吸音)……して、くれた――<耳かき音>」
「人と、あやかしが――<耳かき音>重なり、あって、くらしていける――
今の、形を、つくって、くれた……<耳かき音>――あやかし、みたい……に――(呼吸音)」
「仙狐になって……力が、ふえれば――<耳かき音>……
そんな、場所……(呼吸音)――お紺にも、
つくれるんじゃないか、って――<耳かき音>――
ふうわりと、ですけど……思ってて――(呼吸音)」
「え? 『ここはそういう土地なの?』って――
<耳かき音>――ふっ、うふふっ――ですよね、
旅の方は、ん……<耳かき音>……」
「あやかしが暮らしているってこともて知らないで……
<耳かき音>――この茂伸に……(呼吸音)――
訪ねて、こられたんでしたよね?」
「って、いえるうほどお紺も、まだ、ここのこと詳しくないんですけど――<耳かき音>――
そういう噂……ううん、お話ですよ?――<耳かき音>……」
「あ――ん……ちょっとだけ――集中、させて――
<耳かき音>……ん……(呼吸音)――ここ……、
カリカリカリって――(呼吸音)――剥がす……
みたい、に――<耳かき音>――ん――
<耳かき音>――うんっ」
「え? あ、そうでした――<耳かき音>――ええと、
4~5年くらい前、でしたかね? ……<耳かき音>――
静岡にまで、あやかしたちの風のうわさで……ん……
(呼吸音)……そういう話が、伝わってきて――<耳かき音>」
「『ものべののさだめが振替(ふりかえ)られたらしい……
人とあやかしが――ん……<耳かき音>――ともに、
すごせる土地にかわったらしい』……<耳かき音>、って」
「お紺、はじめは信じていなかったんですよ。
だって――<耳かき音>……そんなおおきな振替を……
さだめを捻じ曲げるようなことをしたら――
とんでもなく大きな……<耳かき音>……かやりの風が、
ふいちゃいます……から――<耳かき音>」
「あ、『かやりの風』っていうのは――<耳かき音>――
反動、です。
例えば……ん……(呼吸音)」
「他の誰かと、赤い糸で結ばれている男の方を、
女の方が好きになってしまったとして――<耳かき音>」
「おまじない……っていうと言葉はかわいいですけど――
<耳かき音>――まじない……はのろいですよね……
ん……(呼吸音)」
「まじないを、仕掛けて――<耳かき音>――
むりやり、赤い糸の結び先を――自分に換える……
<耳かき音>――運命の相手を振り返る、なんてことをしたら――(呼吸音)」
「あ……ここ。
――ん――<耳かき音>
ん――<耳かき音>……」
「そうしたら……ん……(呼吸音)――
本来の、相手がいなくなった、女性の、まわりに……
ぽっかりとした、黒い、穴が、あいて――<耳かき音>」
「その隙間を産めるために……ん……(呼吸音)……
まじないを、した――女性に、吹いて……
奪って、いく、のが――<耳かき音>……
かやりの、風……(呼吸音)」
「空いてしまった……(呼吸音)……穴を、埋める。
それだけの幸せを――<耳かき音>奪う、ために
……吹き荒れる……風――<耳かき音>」
「わかります、でしょ? <耳かき音>
たくさんの命を抱えた村一つ――<耳かき音>――
そんな代物のさだめをもしも――(呼吸音)……振り替えた、なら――」
「どれほど激しい、かやりの風が――<耳かき音>……ん
……吹き荒れて、しまうのか――<耳かき音>――が」
「なのに、流れてきた噂、では……<耳かき音>――
傘の、妖怪……傘妖(かさよう)が……<耳かき音>……」
「ほんの、身ひとつ。それだけで――(呼吸音)――
かやりを、防ぎきっただなんて……<耳かき音>……」
「ありえない、お話し――<耳かき音>――だったから
……だから、お紺――最初は、まるで……
信じて、なかった――ん、です――(呼吸音)」
「あ、ここ、これ―<呼吸音>――とれ、たら――<耳かき音>」
「ん……<耳かき音>――ふ……(呼吸音)――
あ――――<耳かき音>――うん――うふふっ、
(接近囁き)おつかれさまでした」
;戻って
「確かめますね~。少しくすぐったいかもしれないけど、
がまん、してくださいね?」
「(優しく長く息吹きかけ、ふ~~~っ)」
「うん。上等です。ぴかぴかです。
左のお耳も、綺麗綺麗になりました。
あとは、お洗濯のしあげですね~」
「え? 『噂を信じなかったのに、どうしてここに――』
ですか?」
「うふふふふっ。お紺のこと、気にしてくださってありがとうございます。
ですけど、それは――――――――えいっ!」
;SE 耳に梵天(耳かきの裏のふわふわ)入れるガサゴソ音
;同時に環境音(雨音)ストップ
「うふふふっ、お耳のお洗濯をきっちりすませて。
一番綺麗になったお耳で、どうぞ、お聞きいただけましたらうれしいです」
「だから……(接近囁き))もう少しだけ、お待ちくださいね?」
;SE 小箱をあける→中から取り出す→小箱閉める
;戻って
「一番上等のうすぅい絹を、綿棒のまわりにふうわりまいて~――うふふふっ」
「はぁい。お耳を仕上げますよー。
痛くないよう、ゆっくり、ゆっくり――ふうわり、ふうわり」
:SE ガサゴソ音
「……お耳の、お洗濯、がさごそ、くるくる――
<ガサゴソ音>――やさしく、そおっと――ん――
(呼吸音)――耳の、隙間を――なでる、みたいに――
<ガサゴソ音>」
「……どう、ですか? 旅の方――<ガサゴソ音>――
かゆいところは、ございませんか?――(呼吸音)」
「うふふ、でしたら、もうすこしこのまま――
<ガサゴソ音>――お耳を――うふふっ、おさわがせ――
<ガサゴソ音>」
「――よしっ――どうでしょう?
ん……(呼吸音)――んん~――」
「(ふーーーーーーーーっ)」
「うん。うふふっ、とっても綺麗になりました」
「うふふふふっ、産まれたての赤ちゃんのお耳みたいに、
すべすべできれいきれいなお耳の中ですよ?」
「反対側も、おんなじように仕上げましょうね~
はーい、ごろーん」
;7
「それじゃあ、絹をとりかえまして――
失礼、しますね?
ゆっくり、ゆっくり――ふうわり、ふうわり――
<ガサゴソ音>」
「痛くしないよう、どこまでだって、ふうわりと――
<ガサゴソ音>……え?
あ――うふふふっ、旅のお方は、せっかちですね?
お耳のお洗濯、もうちょっとでおわりますのに」
「けど――うふふ、うれしいです。
<ガサゴソ音>
お紺がどうしてここに来たのか、
それを、気にしてくださって――<ガサゴソ音>」
「あの? ですね? ――<ガサゴソ音>――
きたきっかけは、単純、なんです――<ガサゴソ音>――ん……(呼吸音)――んーー――(呼吸音)――うん」
「(ふーーーーーーーーっ)」
「……うふふっ、おつかれさまでした。
旅の方のお耳の中、洗いたてのお皿みたいにツヤツヤですよ?」
「あ、はい。
きっかけ……きっかけのお話ですよね?」
「きっかけはですね――あ――待って――
(呼吸音)――(接近囁き)ね、旅の方、聞こえませんか?」
「(呼吸音)」
:フェードイン環境音 虫の声
;接近のまま
「虫の声……」
;SE 軽い足音、窓開け
;環境音ボリュームアップ
;SE 風鈴、ちりん
;16 マイクと反対向いて
「あ――いい風――雨上がりの風」
;16 マイク向き
「雨、いつの間にあがってたんですね――
<風鈴>――すっかり、暗くなってしまって」
;SE 軽足音
;7
「ね? 旅の方。
見知らぬ土地の、夜の独り歩きは危ないですし……
お話も、まだ途中ですし――」
「今日は、こちらに、このままお泊りになりますか?
いいえ、遠慮はいりません」
「お紺も、だって――もう少し。
旅のお方と――<風鈴>――
……あなたと、お話ししたい……ですから」
;SE 風鈴