お紺の耳掃除(右耳)
;3
;息ふきかけ
「(ふっ)」
「あ、ごめんなんさい。
こそばゆい思いをさせてしまいましたか?」
「いきなりだったから驚いただけ?
それでしたら、ほっといたします」
「お耳の中は繊細ですから。
少しでも痛かったり、痒かったり、
こそばゆかったりいたしましたら、
すぐにお知らせくださいね?」
「うふふ、だいじょうぶ。
ご心配されることはありません――
だいじょうぶ、だいじょうぶですよ?」
「お紺は、なにせ洗濯狐。
綺麗綺麗にお洗濯することを性(しょう)とする、
そんなあやかしなのですから」
「では、参りますね? ん――――(呼吸音)」
「最初は……耳のふちの方……浅いところを――
こうして――綺麗にしてまいりましょう――」
「ん……ふ……(呼吸音)……<耳かき音>
「<耳かき音>(呼吸音)」
「あ――ん――(呼吸音)――よいしょ――<耳かき音>」
「(呼吸音)……どう、ですか?
痛かったり、かゆかったりはございませんか?」
「平気? でしたらなによりです。
そうしたら、もう少し奥を――え?」
「『じっとだまりこまれると、少しさみしい』
――ですか?」
「でしたらもちろん、喜んでお話をいたします。
と、いいましても、茶摘みの話など退屈でしょうし
――」
「ん~~……<呼吸音>――
どんなお話がよろしいでしょう?」
「え? 『妖狐ってなに?』でございますか?」
「そのお話なら、もちろんできます。
……けれど、退屈かもしれませんから、
もしも眠たくなったなら、そのままお眠りくださいね?」
「お耳もきちんと――<耳かき音>――このように、
お掃除すませておきますから」
「それで……ですね。妖狐、っていうのは――
ん……<耳かき音>――
普通の狐が、長年生きて、知恵とあやかしの力を身に着け――<耳かき音>」
「……ん……(呼吸音)――あやかしの……狐に……
<耳かき音>――妖怪ぎつね、バケギツネになったものの、ことを言います」
「ん……あ、大きいの――少しお待ちくださいね?――
(呼吸音)――ん――<耳かき音>――あ、ん――(呼吸音)――<耳かき音><耳かき音>――あっ。うふふっ
――(接近ささやき)とれました♪」
;戻って
「あ、それでですね? ……<耳かき音>――妖狐は――そこから――(呼吸音)――修行を重ねて、徳をつんで…
…ん――<耳かき音>」
「そうして、長い長い時を経る、と……(呼吸音)――
仙狐(せんこ)――<耳かき音>――人間で、いったら――<耳かき音>――」
「ん……(呼吸音)――仙人、とおんなじような――
<耳かき音>――カミ様に、近い、力をもった――狐に、
なれて……<耳かき音>」
「そこから、さらに――<耳かき音>――
修行と、徳とを積み続ければ――(呼吸音)――
カミ様に、だって、近づけ……て――(呼吸音)」
「え? 『お紺さんは――』ですか?
……あ、いえいえ。カミ様になんて――<耳かき音>――
そんな大それたこと……(呼吸音)――今はとっても、思えませんけど――」
「けれど……そうですね――<耳かき音>――
もしなれるならいつの日か、仙狐の位(くらい)に……
のぼってみたくは、思います」」
「『なぜ?』って、それは――<耳かき音>
あ! 少しだけ、少しだけ待ってください、旅の方」
「こんなところに……影にかくれて……<耳かき音>
ん――んっ――(呼吸音)――
ああ、焦ったら、だめ。
旅の方に、少しの痛みも、決してあたえないように……(呼吸音)」
「ん……(呼吸音)決して焦らず――無理をせず――
<耳かき音>――ふ……ん――(呼吸音)――
だいじょう……このまま、そうっと――もういっかい……<耳かき音>」
「慎重に――慎重に――(ごくり)――<耳かき音>
ん……(呼吸音)――――ん……あ……よしっ。
<耳かき音>―――うん、うふふふっ。とれましたよ」
「どうでしょう? これで――
(接近して息吹きかけ、ふーーーっ)」
;戻って
「……うん」
「うふふっ、これで右のお耳はぴかぴかですね。
綺麗にお洗濯完了です」
「どうでした? 痛かったり痒かったり、
こそばゆかったりは――え?
『それより話の続き』ですか?」
「かしこまりました、旅のお方。ですけれど、ね?」
「(耳をかるぅく指先で叩く感じでマイクをとんとん)」
「うふふっ、こちらはすっかり綺麗ですから、
お体、いれかえてくださいな」
「お紺のお話の続きでしたら、今度は、ね?
左のお耳へとおとどけします」