Track 3

お紺の洗髪

;環境音 豪雨 ;9 「……雨、少しも弱まりませんね。 ただの夕立――にわか雨かと思ったのですけれど」 ;SE 窓閉め →環境音豪雨ボリュームダウン 「さて、おまたせをしてしまいました」 ;SE ヤカンが湯気を吐く。しゅんしゅん 「お湯もすっかり沸いたようです。 たらいのお水に……ん……よいしょ。 ゆるゆる、足していきますね?」 :SE たらいに張った水にお湯をそそぐ。とぽ――とぽとぽ 「……(呼吸音)……ん……っと! こんなところでどうでしょう?」 ;SE たらいの湯を指先でさぐる。ちゃぷり。 「……まだ少しぬるすぎますね――ん――」 :とぽとぽ 「……ふぅ――今度はどうでしょう?」 ;ちゃぷり――ちゃぶ! 「あ! 今度は少しだけあつすぎますね。 けど……水を足しては、きっと埋まりすぎます」 「ね? 旅の方。 少しだけお手をお借りしてよろしいですか?」 ;1 「あら、うれしい。 うふふっ、ありがとうございます」 「でしたら、ね? そのお手で――(呼吸音)―― はい。この棒を、お使いになって」 「たらいの中のお湯をゆるぅり、 波だてないようゆるぅり、ゆるぅり、 湯もみして、冷ましておいてくださいまし」 「え? ……コツ、ですか? ん――と。 いままでお紺は、特に考えずに手を動かして……」 「あ。そうですね。 それでは、ふふふ、失礼いたしますね?」 ;6(密着) 「こうして、ぴとり。手を添えて――」 「ゆっくりゆっくり、ゆるうりゆるうり、 なみだてないよう、しぶきをたてたりしないよう。 ゆっくりゆっくり、ゆるうり、ゆるうり」 「……(呼吸音)……うん、いい塩梅になってまいりました。 力をいれず……(呼吸音)……波だてず――」 「ゆるうり、ゆるうり。 かき回したりするのではなく、 お湯を撫で、なだめてあげるみたいに、ゆるうり」 「ゆるうり、ゆるうり――(呼吸音) ――ゆるうり――(密着解除)うん」 ;SE 水音(ちゃぷ) ;1 「たいへん結構なお点前です。 それでは、もう少しの間だけ、どうぞ、続けていてくださいね?」 「お紺は、その間に――」 ;SE 軽足音 ;16 「ん……石鹸と椿油と――<SE 引き出し開ける> あとは、うふふっ。天花粉(てんかふん)」 ;SE 軽足音 ;1 「さてさて。おまたせいたしました。 どうぞ、お手を止めてください。 すっかり支度も整いました――と」 ;SE ちゃぷ 「うんっ――いいお湯――って、 お紺にとっていいお湯でも、仕方のないことでした」 「ね? 旅の方。このたらいの湯の湯加減を 右手のお指で、どうぞ、はかっていただけませんか?」 ;SE ちゃぷ ;2 「『いいお湯』。ですか? うふふ、うれしい。 好みの湯加減――旅の方とお紺とで、いっしょ、ですね。 気があいます――あら」 「うふふふ――あ、いえ、 ほんのささやかなことなのですけれど」 「たらいの中で、ほぉら、ね? うふふっ。 <SE  ちゃぷちゃぷ> 旅の方のお指と、お紺の指と、 なかよくお風呂に入ってるなぁ、って」 「それがなんだかかわいらしくて―― このままのんびりするものきっと、素敵でしょうけど」 (ちゃぷっ) ;1 「いまはなにより、 旅の方のお髪を綺麗にかわかさないと。 ずいぶん、おまたせしてしまいました」 「乾かすまえに、雨の汚れを落としましょうね? それでは、ごろぉり。体を横たえてくださいませ」 ;1上方。マイクと逆向き 「ああ、違います、旅の方。 うつぶせではなく、仰向けに。 お顔を、ね? 天井に向けてくださいな」 ;1上方。マイク向き 「はい。結構です。 そうしたら――んっ―― お頭(つむ)、失礼いたしますね?」 ;1上方。至近。 「どうぞ、力を抜いてください。 お紺にまかせて――そうです、こうして、 お首を、お紺の腿の上に――」 ;SE (ちゃぷ……) 「それでは最初に、髪を濡らしてすすぎましょう。 痒いところが出てきましたら、 遠慮なくお知らせくださいね?」 「ん…………(呼吸音)……ん…… 旅の方の髪……うふふ――指ざわりがとても良いですね」 「お湯と一緒に、お紺の指をぐすふるようで…… ん……(呼吸音)……ふ……ん―― うふふ、お紺も、気持ちいいです」 「旅の方はいかがですか? かゆいところはございませんか?」 「はい、右耳の後ろですね? うふふっ、お紺のような狐もそこは、 かしかしと、掻くのを好むところです」 ;SE 水音 ;3 「こうして、ゆるうりと――<洗髪SE>―― いかかです? 旅の方。 え? 『もう少し強く』ですか? かしこまりました」 「ん……<洗髪SE>……ん……<洗髪SE> すこぉし強めて――<SE ちゃぷっ> ん――(呼吸音)――<洗髪SE><洗髪SE>」 「うふふ。とっても気持ちよさそう。 うれしいから、おまけしてさしあげますね?」 ;7 「こちらのお耳の後ろもそっと―― <SE、耳の後ろの肌こする>」 「少し強めて――<SE 耳の後ろの肌こする>」 「あ――うふふ、素敵な吐息。あろがとうございます」 ;1 「ご満足いただけた様子で、なによりです。 せっけん、泡立ててしまいますから、 少しだけ手を離しますね?」 「ん……(呼吸音)ん――<SE 石鹸あわだて> ――はい! あわ立ちました。 それでは、髪を洗いましょうね」 「よいしょ……ん――(呼吸音)――ん―― <シャンプーSE> わ――あわ、まるで綿雲のようですよ? もくもくで、ふわふわで――んっ――」 「(呼吸音)――せっけんの雲の合間から、 ちいさな虹色のあぶくも浮いて……<シャンプーSE> うふふふ、しゃぼん遊びをしてるみたい……っと」 「少し、お体を動かしますね? <SE 身じろぎ>」 ;1密着 「うしろあたまも洗います。 おつむ、抱える形になりますけれど、 きゅうくつだったら、ごめんなさいね?」 「ん……んっ――<シャンプーSE>――(呼吸音)―― んっ――ん――<シャンプーSE>」 「ん……<シャンプーSE>(呼吸音)――ん。 え? はい、なんでしょう。 どこか痛くして――あ、違います?」 「お話、ですか? ん……もちろんです。 お紺も――んしょ――お話、大好きですから――<シャンプーSE>」 「それで、何のお話を? はい――え? いいえ?――<シャンプーSE> お紺は、床屋さんをしていたことはありません」 「っと――少しだけお待ちください。 頭、綺麗にあらえましたので、 一度すすいでしまいましょう」 :SE ちゃぷ ;1 上側に離れて 「手桶のお湯をかけますね? 目、閉じていてくださいまし」 ;SE 手桶の湯をゆるくかける (ざばー)。三度繰り返し 「はぁい、綺麗になりました。 それじゃあ、お体をおこしましょうね? いち、にぃ――よいしょ!」 ;1  「それではお髪を拭きましょう。 お背中(せな)の方に、少し、失礼いたします」 ;5 「ん……(呼吸音)……ふ……ん…… <SE タオルで拭く>……んっ……」 「あ――たれちゃう……んっ <SE タオル拭く> ん……ふ……ん――(呼吸音)――うん!」 「お疲れ様でございました。 頭と肩と、このまま軽く、 とんとんとんっていたしましょうね?」 「つむじのあたりを――<SE 肩叩> うしろあたまを――<SE 肩叩> 「右のお肩を、<SE 肩叩>ん―― あら、うふふっ。 気持ちよさそうなお声、ありがとうございます♪」 「では、もう少しここのあたりを――<SE 肩叩> ん……ふ……(呼吸音)……え? あ、はい。さきほどのお話の続き、ですね?」 「<SE 肩叩> お紺は……床屋さんではなくて…… ん――ここ、茂伸に来る前は…… ずっと、お茶屋さん――を――して、おりました―― 「とおく、東の、静岡で……ん……<SE 肩叩> 人間の、方の、経営している――普通の―― あ。お首、少しだけ左に傾けていただけますか?」 :4 「うふふ、ありがとうございます。<SE 肩叩>――で、ええと――」 「ああ、そう、人間のお茶屋さんです。 そこで――<SE 肩叩> いろいろ――お仕事、を――(呼吸音)」 「新茶の季節で……ないときは――ん―― お茶や、お茶器を……お売り、して――<SE 肩叩>」 「ん……新茶の季節が、来ましたら―― <SE 肩叩> 手積みの、お茶の――茶娘を、して――あ!」 ;5 「右肩はもう平気ですか?  かしこまりました。それでは、左のお肩を、 <SE 肩叩>――(呼吸音)――」 「あ、はい。ええと、茶娘っていうのは、ですね? 茶摘み娘の――<SE 肩叩> そのこと、です」 「お茶の木から――ん……(呼吸音) お茶の、若葉を、つみとる…… <SE 肩叩> お仕事を、する、娘」 「お紺は……見た目こそ、この若さ、ですけれど―― <SE 肩叩>――あ、うふふっ、 ここがツボなのですね? おつかれ、たまってますね」 「<SE 肩叩>――ん……すごく……(呼吸音)―― 固く……なって――ん――」 「ここ――あの? 肘で押してもよろしいですか? 体重をかけて、ぎゅううっ――って――」 「あ、はい。 それでが――ん――<SE 身じろぎ> 失礼、しますね?」 ;6 ;↓「ぎゅうううう」は同時にSEも 「肘、を、あて、て――んっ―― ぎゅうううううううう」 「んっ――ふっ――<SE ぎゅううう>――(呼吸音)……」 「ふあっ! いかかですか? 旅の方。 え? 『もう一度?』 かしこまりました。 それでは――」 ;同時SE 「ぎゅうううううう~~~っ」 「(呼吸音)」 「……うふふっ! いいえ、どういたしまして!」 ;1 「……肩、ずいぶんと軽くなられたのですね! お顔も、とってもスッキリと…………(呼吸音)」 ;独白 「お顔……旅の方の……(呼吸音)…… わかった……目……優しい目………… だから、父様を思い出して……」 ;SE 雷 ;9 「ひゃうううううっ!? はわっ! あの! ええとっっ―― ええと! あのっ!? なんのお話しでしたっけ?」 ;9 「え? 『見た目こそって、どういう意味』ですか? ああ、そうか。お紺の茶摘みのお話しでしたね」 「お紺、見た目はこんなですけど――うふふっ。 経験は、どんな人間より豊かなんですよっていうお話です」 「『どうして?』って――うふふふふっ。 お紺はですね? 旅の方。 こう見えましても……んっ――200年、 ゆうに、生きている、狐です――え!?」 「いえいえいえ! 冗談などではございませんよ? 野狐(やこ)とはもうせ、 人化(ひとばけ)のできる、妖狐、ですから……」 「200歳、など――相当に、若い、部類かと―― え? ああ……ああ、なるほど」 「そうなんですね。 旅の方は、そこから冗談だと思っていらしたのですね? ……それは――なぜでしょう。 お紺は、とても……とてもさみしい気持ちになります」 「ん……(呼吸音)……そう、ですね。 人間には、いままで一度もお見せしたことがない…… の、ですけれど――」 「けど……うん。 旅の方に疑われるのは……とても、寂しいお話ですから」 「ですから――うん! 耳と尻尾をお見せしますね? もしも、オイヤでなければ、ですけど――」 「……(呼吸音)……わかりました。 それでは、お見せいたします」」 ;1 「……はしたない狐と、どうか思わないでくださいね? 旅のお方にウソツキと思われてしまいますことが、 お紺には、恥ずかしさより、よっぽど辛く思われますので」 「それでは……お見せ、しますね? ――お見、せ……はぅぅ」 「あ、あのっ……やっぱり、恥ずかくて―― だから、十秒――いえ、五秒。 五秒間だけ……それで……ああ、よかった」 「旅のお方、優しい、ですね。 それでは、五秒だけ――こそっと、こっそり、お見せしましょう」 ;囁き 「参ります――ね?」 ;SE ドロン 「は……ぅ……恥ずかしい…… け、ど……(呼吸音、五秒)――っ!」 ;SE ドロン ;小声 「はぁっ、はあっ、はあっ――ふうっ。 あああ~ てーさいのわり~こと~ って! はううっ」 「い、いえ? お紺はなにも――なにも――あぅぅ~ 「あの……ですね? お紺は、その――もっと格の高い妖狐になれますように、 言葉遣いも立ち居ぶるまいも、 普段から、とても気をつけているのですけれど……」 「それでも、つい、気がゆるみますと―― 静岡時代に自然と身についてしまいました、 静岡ことばが……ふっと、口をついて出てきたりいたしまして……」 「ああ、てーさいのわりーこと――はうっ! あ、あの――これです。こういうの…… 『てーさいのわりい』は、恥ずかしい、という意味で……」 「え? 『少しも恥ずかしくなんてない』……ですか? はい……はい……まぁ――まぁ! うふふふふっ、 ありがとうございます、旅の方」 「普段のことばも、静岡言葉も、かわらず魅力的だなんて ……お紺、それほどほめていただきましたこと、 産まれて初めてで――とても、とても嬉しいです」 「……ほんの小さなつぶやきさえも聞き漏らさぬほど、 旅の方は、お紺の言葉を―― 大事に、聞いてくださっているのですね」 「あ! そうです。それなら、ね? うふふふっ」 ;SE 自分のふともももをぽんっ、とたたく 「ね? どうぞお紺に、 旅の方のお耳をお掃除、させてください」 「お紺の言葉を、お紺の声を、 もっとお聞きいただけますよう」 「お耳もすっかりお洗濯して、 お山が、お空が、川が、森が、けだものたちが、あやかしが。 ひそかにささやく素敵を全て、きっと聞き逃さないよう」 「どうぞお紺に、お耳掃除を、 ひととき、させてくださいな」