お紺の洗髪
;環境音 豪雨
;9
「……雨、少しも弱まりませんね。
ただの夕立――にわか雨かと思ったのですけれど」
;SE 窓閉め →環境音豪雨ボリュームダウン
「さて、おまたせをしてしまいました」
;SE ヤカンが湯気を吐く。しゅんしゅん
「お湯もすっかり沸いたようです。
たらいのお水に……ん……よいしょ。
ゆるゆる、足していきますね?」
:SE たらいに張った水にお湯をそそぐ。とぽ――とぽとぽ
「……(呼吸音)……ん……っと!
こんなところでどうでしょう?」
;SE たらいの湯を指先でさぐる。ちゃぷり。
「……まだ少しぬるすぎますね――ん――」
:とぽとぽ
「……ふぅ――今度はどうでしょう?」
;ちゃぷり――ちゃぶ!
「あ! 今度は少しだけあつすぎますね。
けど……水を足しては、きっと埋まりすぎます」
「ね? 旅の方。
少しだけお手をお借りしてよろしいですか?」
;1
「あら、うれしい。
うふふっ、ありがとうございます」
「でしたら、ね? そのお手で――(呼吸音)――
はい。この棒を、お使いになって」
「たらいの中のお湯をゆるぅり、
波だてないようゆるぅり、ゆるぅり、
湯もみして、冷ましておいてくださいまし」
「え? ……コツ、ですか?
ん――と。
いままでお紺は、特に考えずに手を動かして……」
「あ。そうですね。
それでは、ふふふ、失礼いたしますね?」
;6(密着)
「こうして、ぴとり。手を添えて――」
「ゆっくりゆっくり、ゆるうりゆるうり、
なみだてないよう、しぶきをたてたりしないよう。
ゆっくりゆっくり、ゆるうり、ゆるうり」
「……(呼吸音)……うん、いい塩梅になってまいりました。
力をいれず……(呼吸音)……波だてず――」
「ゆるうり、ゆるうり。
かき回したりするのではなく、
お湯を撫で、なだめてあげるみたいに、ゆるうり」
「ゆるうり、ゆるうり――(呼吸音)
――ゆるうり――(密着解除)うん」
;SE 水音(ちゃぷ)
;1
「たいへん結構なお点前です。
それでは、もう少しの間だけ、どうぞ、続けていてくださいね?」
「お紺は、その間に――」
;SE 軽足音
;16
「ん……石鹸と椿油と――<SE 引き出し開ける>
あとは、うふふっ。天花粉(てんかふん)」
;SE 軽足音
;1
「さてさて。おまたせいたしました。
どうぞ、お手を止めてください。
すっかり支度も整いました――と」
;SE ちゃぷ
「うんっ――いいお湯――って、
お紺にとっていいお湯でも、仕方のないことでした」
「ね? 旅の方。このたらいの湯の湯加減を
右手のお指で、どうぞ、はかっていただけませんか?」
;SE ちゃぷ
;2
「『いいお湯』。ですか?
うふふ、うれしい。
好みの湯加減――旅の方とお紺とで、いっしょ、ですね。
気があいます――あら」
「うふふふ――あ、いえ、
ほんのささやかなことなのですけれど」
「たらいの中で、ほぉら、ね? うふふっ。
<SE ちゃぷちゃぷ>
旅の方のお指と、お紺の指と、
なかよくお風呂に入ってるなぁ、って」
「それがなんだかかわいらしくて――
このままのんびりするものきっと、素敵でしょうけど」
(ちゃぷっ)
;1
「いまはなにより、
旅の方のお髪を綺麗にかわかさないと。
ずいぶん、おまたせしてしまいました」
「乾かすまえに、雨の汚れを落としましょうね?
それでは、ごろぉり。体を横たえてくださいませ」
;1上方。マイクと逆向き
「ああ、違います、旅の方。
うつぶせではなく、仰向けに。
お顔を、ね? 天井に向けてくださいな」
;1上方。マイク向き
「はい。結構です。
そうしたら――んっ――
お頭(つむ)、失礼いたしますね?」
;1上方。至近。
「どうぞ、力を抜いてください。
お紺にまかせて――そうです、こうして、
お首を、お紺の腿の上に――」
;SE (ちゃぷ……)
「それでは最初に、髪を濡らしてすすぎましょう。
痒いところが出てきましたら、
遠慮なくお知らせくださいね?」
「ん…………(呼吸音)……ん……
旅の方の髪……うふふ――指ざわりがとても良いですね」
「お湯と一緒に、お紺の指をぐすふるようで……
ん……(呼吸音)……ふ……ん――
うふふ、お紺も、気持ちいいです」
「旅の方はいかがですか?
かゆいところはございませんか?」
「はい、右耳の後ろですね?
うふふっ、お紺のような狐もそこは、
かしかしと、掻くのを好むところです」
;SE 水音
;3
「こうして、ゆるうりと――<洗髪SE>――
いかかです? 旅の方。
え? 『もう少し強く』ですか? かしこまりました」
「ん……<洗髪SE>……ん……<洗髪SE>
すこぉし強めて――<SE ちゃぷっ> ん――(呼吸音)――<洗髪SE><洗髪SE>」
「うふふ。とっても気持ちよさそう。
うれしいから、おまけしてさしあげますね?」
;7
「こちらのお耳の後ろもそっと――
<SE、耳の後ろの肌こする>」
「少し強めて――<SE 耳の後ろの肌こする>」
「あ――うふふ、素敵な吐息。あろがとうございます」
;1
「ご満足いただけた様子で、なによりです。
せっけん、泡立ててしまいますから、
少しだけ手を離しますね?」
「ん……(呼吸音)ん――<SE 石鹸あわだて>
――はい! あわ立ちました。
それでは、髪を洗いましょうね」
「よいしょ……ん――(呼吸音)――ん――
<シャンプーSE>
わ――あわ、まるで綿雲のようですよ?
もくもくで、ふわふわで――んっ――」
「(呼吸音)――せっけんの雲の合間から、
ちいさな虹色のあぶくも浮いて……<シャンプーSE>
うふふふ、しゃぼん遊びをしてるみたい……っと」
「少し、お体を動かしますね? <SE 身じろぎ>」
;1密着
「うしろあたまも洗います。
おつむ、抱える形になりますけれど、
きゅうくつだったら、ごめんなさいね?」
「ん……んっ――<シャンプーSE>――(呼吸音)――
んっ――ん――<シャンプーSE>」
「ん……<シャンプーSE>(呼吸音)――ん。
え? はい、なんでしょう。
どこか痛くして――あ、違います?」
「お話、ですか? ん……もちろんです。
お紺も――んしょ――お話、大好きですから――<シャンプーSE>」
「それで、何のお話を?
はい――え? いいえ?――<シャンプーSE>
お紺は、床屋さんをしていたことはありません」
「っと――少しだけお待ちください。
頭、綺麗にあらえましたので、
一度すすいでしまいましょう」
:SE ちゃぷ
;1 上側に離れて
「手桶のお湯をかけますね?
目、閉じていてくださいまし」
;SE 手桶の湯をゆるくかける (ざばー)。三度繰り返し
「はぁい、綺麗になりました。
それじゃあ、お体をおこしましょうね?
いち、にぃ――よいしょ!」
;1
「それではお髪を拭きましょう。
お背中(せな)の方に、少し、失礼いたします」
;5
「ん……(呼吸音)……ふ……ん……
<SE タオルで拭く>……んっ……」
「あ――たれちゃう……んっ
<SE タオル拭く>
ん……ふ……ん――(呼吸音)――うん!」
「お疲れ様でございました。
頭と肩と、このまま軽く、
とんとんとんっていたしましょうね?」
「つむじのあたりを――<SE 肩叩>
うしろあたまを――<SE 肩叩>
「右のお肩を、<SE 肩叩>ん――
あら、うふふっ。
気持ちよさそうなお声、ありがとうございます♪」
「では、もう少しここのあたりを――<SE 肩叩>
ん……ふ……(呼吸音)……え?
あ、はい。さきほどのお話の続き、ですね?」
「<SE 肩叩> お紺は……床屋さんではなくて……
ん――ここ、茂伸に来る前は……
ずっと、お茶屋さん――を――して、おりました――
「とおく、東の、静岡で……ん……<SE 肩叩>
人間の、方の、経営している――普通の――
あ。お首、少しだけ左に傾けていただけますか?」
:4
「うふふ、ありがとうございます。<SE 肩叩>――で、ええと――」
「ああ、そう、人間のお茶屋さんです。
そこで――<SE 肩叩>
いろいろ――お仕事、を――(呼吸音)」
「新茶の季節で……ないときは――ん――
お茶や、お茶器を……お売り、して――<SE 肩叩>」
「ん……新茶の季節が、来ましたら――
<SE 肩叩>
手積みの、お茶の――茶娘を、して――あ!」
;5
「右肩はもう平気ですか?
かしこまりました。それでは、左のお肩を、
<SE 肩叩>――(呼吸音)――」
「あ、はい。ええと、茶娘っていうのは、ですね?
茶摘み娘の――<SE 肩叩>
そのこと、です」
「お茶の木から――ん……(呼吸音)
お茶の、若葉を、つみとる……
<SE 肩叩>
お仕事を、する、娘」
「お紺は……見た目こそ、この若さ、ですけれど――
<SE 肩叩>――あ、うふふっ、
ここがツボなのですね? おつかれ、たまってますね」
「<SE 肩叩>――ん……すごく……(呼吸音)――
固く……なって――ん――」
「ここ――あの? 肘で押してもよろしいですか?
体重をかけて、ぎゅううっ――って――」
「あ、はい。
それでが――ん――<SE 身じろぎ>
失礼、しますね?」
;6
;↓「ぎゅうううう」は同時にSEも
「肘、を、あて、て――んっ――
ぎゅうううううううう」
「んっ――ふっ――<SE ぎゅううう>――(呼吸音)……」
「ふあっ! いかかですか? 旅の方。
え? 『もう一度?』 かしこまりました。
それでは――」
;同時SE
「ぎゅうううううう~~~っ」
「(呼吸音)」
「……うふふっ! いいえ、どういたしまして!」
;1
「……肩、ずいぶんと軽くなられたのですね!
お顔も、とってもスッキリと…………(呼吸音)」
;独白
「お顔……旅の方の……(呼吸音)……
わかった……目……優しい目…………
だから、父様を思い出して……」
;SE 雷
;9
「ひゃうううううっ!?
はわっ! あの! ええとっっ――
ええと! あのっ!? なんのお話しでしたっけ?」
;9
「え? 『見た目こそって、どういう意味』ですか?
ああ、そうか。お紺の茶摘みのお話しでしたね」
「お紺、見た目はこんなですけど――うふふっ。
経験は、どんな人間より豊かなんですよっていうお話です」
「『どうして?』って――うふふふふっ。
お紺はですね? 旅の方。
こう見えましても……んっ――200年、
ゆうに、生きている、狐です――え!?」
「いえいえいえ! 冗談などではございませんよ?
野狐(やこ)とはもうせ、
人化(ひとばけ)のできる、妖狐、ですから……」
「200歳、など――相当に、若い、部類かと――
え? ああ……ああ、なるほど」
「そうなんですね。
旅の方は、そこから冗談だと思っていらしたのですね?
……それは――なぜでしょう。
お紺は、とても……とてもさみしい気持ちになります」
「ん……(呼吸音)……そう、ですね。
人間には、いままで一度もお見せしたことがない……
の、ですけれど――」
「けど……うん。
旅の方に疑われるのは……とても、寂しいお話ですから」
「ですから――うん!
耳と尻尾をお見せしますね?
もしも、オイヤでなければ、ですけど――」
「……(呼吸音)……わかりました。
それでは、お見せいたします」」
;1
「……はしたない狐と、どうか思わないでくださいね?
旅のお方にウソツキと思われてしまいますことが、
お紺には、恥ずかしさより、よっぽど辛く思われますので」
「それでは……お見せ、しますね?
――お見、せ……はぅぅ」
「あ、あのっ……やっぱり、恥ずかくて――
だから、十秒――いえ、五秒。
五秒間だけ……それで……ああ、よかった」
「旅のお方、優しい、ですね。
それでは、五秒だけ――こそっと、こっそり、お見せしましょう」
;囁き
「参ります――ね?」
;SE ドロン
「は……ぅ……恥ずかしい……
け、ど……(呼吸音、五秒)――っ!」
;SE ドロン
;小声
「はぁっ、はあっ、はあっ――ふうっ。
あああ~ てーさいのわり~こと~
って! はううっ」
「い、いえ? お紺はなにも――なにも――あぅぅ~
「あの……ですね?
お紺は、その――もっと格の高い妖狐になれますように、
言葉遣いも立ち居ぶるまいも、
普段から、とても気をつけているのですけれど……」
「それでも、つい、気がゆるみますと――
静岡時代に自然と身についてしまいました、
静岡ことばが……ふっと、口をついて出てきたりいたしまして……」
「ああ、てーさいのわりーこと――はうっ!
あ、あの――これです。こういうの……
『てーさいのわりい』は、恥ずかしい、という意味で……」
「え? 『少しも恥ずかしくなんてない』……ですか?
はい……はい……まぁ――まぁ! うふふふふっ、
ありがとうございます、旅の方」
「普段のことばも、静岡言葉も、かわらず魅力的だなんて
……お紺、それほどほめていただきましたこと、
産まれて初めてで――とても、とても嬉しいです」
「……ほんの小さなつぶやきさえも聞き漏らさぬほど、
旅の方は、お紺の言葉を――
大事に、聞いてくださっているのですね」
「あ! そうです。それなら、ね? うふふふっ」
;SE 自分のふともももをぽんっ、とたたく
「ね? どうぞお紺に、
旅の方のお耳をお掃除、させてください」
「お紺の言葉を、お紺の声を、
もっとお聞きいただけますよう」
「お耳もすっかりお洗濯して、
お山が、お空が、川が、森が、けだものたちが、あやかしが。
ひそかにささやく素敵を全て、きっと聞き逃さないよう」
「どうぞお紺に、お耳掃除を、
ひととき、させてくださいな」