従姉の日向さん
【従姉の日向さん】
(バスSE)
電車とバスを乗り継いで、数時間。
ようやく日向家まで、目と鼻の先と言える距離にまでやってきました。
(のどかなSE)
バスを降りると、空気の匂いが違います。
(のどかなSE)
周囲をゆっくり、見渡します。
バス亭自体、あまり利用した記憶がないのもあって、
褪せた記憶と重なる景色がありません。
強いて言えば、今立っているひび割れた県道に見覚えがある程度。
電波が圏外にならない事を祈りつつ、残りの道のりを歩き始めます。
(歩きSE)
道沿いに、わずかな建物があるものの、のどかを絵に描いたような風景。
歩いていくにつれ、
褪せた記憶と重なる景色が増えていきます。
一面の田んぼと畑。
小さな踏切。
白いトラック。
コイン精米機。
無人販売所。
トタン壁の懐かしい看板。
ぽつぽつ建っている民家。
山の輪郭とその向こうにある山の稜線。
なにもかもが重なっていきます。
懐かしい気持ちが高まっていきます。
そして、右手の先に見えてくるのが、目を引くような赤い屋根。造りのしっかりとしたお屋敷。
思わず顔が上がります。
はっきりと見覚えがあるそれは、間違いなくお隣だった日向の家。
確信した瞬間、一気に記憶の扉が開きます。
お屋敷の記憶。
お屋敷に住んでいた五人の家族。
お屋敷で遊んだ思い出。
四つ年上の従姉との思い出。
怒涛のフラッシュバック。
特に、従姉の姿が鮮やかに蘇ります。
ショートカットの印象そのままの元気の塊だった従姉。
ボーイッシュな彼女に連れられ、遊び回った思い出。
(砂利)
門の前に敷かれた砂利を踏みしめた音で現実に戻ります。
ついに、到着…!
お屋敷の門に掲げられた分厚い表札を見つめます。
墨痕淋漓(ぼっこんりんり)な「日向」の二文字。
従姉の名前が口をついて出ます。
日向…さちか。
そうです。
あなたは、さち姉…と、呼んでいました。
「久しぶりっ!」
思考を遮る、明るい声。
「何年ぶりだっけ?
うっわぁ…。
こんなにおっきくなっちゃってぇ…。
けど…。
面影あるね~~。
ひと目でわかっちゃった(笑)」
満面の笑みであなたを出迎えてくれたのは、さち姉本人…のようでした。
本人だと断言できないのは、記憶のさち姉とはあまりにかけ離れていたからです。
ショートカットでボーイッシュだった面影は皆無。
今、目の前に立つ美女はポニーテール。
身長はそれほど伸びた印象はありませんが、
春ニットを豊かに盛り上げるスタイルは、女性らしいにも程があります。
そこはかとなく漂ってくるいい匂いも相まって、クラクラ。
ひと目で、釘付け。
見惚れて、立ち尽くしてしまいます。
それ程の美人がそこにいました。
「ん、どうしたの?
ボーっとしちゃって。
あぁ、長旅で疲れちゃった?
ごめんごめん(笑)。
遠いとこから、お疲れ様。
今日から、自分のお家だと思ってゆっくりしていいからね♪」
ただ見惚れていたと言えるわけもなく、
さち姉に先導されるようにお屋敷の中へ。
(門)
前を歩くさち姉の後ろ姿は、記憶の中のさち姉に近いものがありました。
(砂利/扉)
「お部屋はね、廊下を突き当たって左」
(廊下)
「こ~こ。
おじいちゃんの部屋だったけど、亡くなってからずっと、空いてたんだよね」
(障子)
「もちろん、掃除は毎日してたよ?」
おじいちゃんの顔は正直曖昧ですが、
亡くなった、というのは、以前、母から聞いた覚えがありました。
「…いいよね?」
あなたは一も二もなく頷いて、荷物を畳に下ろします。
年季が入ってるけど、広くて安心できそうな和室です。
「よかった。
でもさ、こっちで高校に通おうなんてね~。顔を見るまで、絶対冗談だと思ってた(笑)」
ポニテを揺らしながら、さち姉は笑顔で語ります。
見覚えがある笑顔。
見ているだけで元気になれそうな笑顔。
成長しても笑顔だけは変わらない。
あなたの知ってるさち姉が目の前にいました。
「冗談じゃなくて、よかったかも♪」
今、ドキッとしたのは内緒です。
「それじゃ、疲れに効く、とびきりのお茶を持ってきてあげる。
待ってて」
手を軽く振って、さち姉は軽やかに部屋を後にします。
(遠ざかる足音)
不意に訪れる静寂。
さち姉の残り香に、新しく始まる生活を実感します。
改めて、長い時間を過ごす事になる部屋をぐるりと一瞥(いちべつ)。
畳の上に横になって、手足をぐっと、伸ばします。
畳のしっかりとした寝心地に身を委ねつつ、天井を見上げます。
見覚えのある…木目模様。
さち姉とおじいちゃんと、この部屋で川の字になったのを思い出します。
いろんなものに見える木目模様に、広がりつづける会話。
そのうち、だんだんと眠たくなって、三人共に寝入ってしまった思い出。
在りし日の再現…。
か、どうかはわかりませんが、
木目模様のまどろみ効果に旅の疲れも相まって、あなたの意識はうとうと…。
眠りに落ちていきます。