雑踏と路地裏と、女の子と
《コツコツコツ……》
(雑踏を歩く足音)
仕事帰りの帰り道。
貴方は勤め人のサラリーマンだ。
すでに終電も近く、最後の一仕事とばかりに肌の擦れ合うような満員電車が待っていると思い、暗い気持ちでついため息を漏らしてしまっている最中であった。
特別忙しい訳ではないが、ルーチンワークのように続く同じような毎日が貴方の精神を疲弊させているのが、嫌でも分かってしまう……そんな日々を貴方は過ごしていた。
――同じことの繰り返しだな……。
そんな退屈とも、諦めともつかないような思いが漏れ出るように、ため息がまた一つ……。
働くというのはそういう事だと理解していながらも、そんな日常を壊してくれる非日常がないものかと、心のどこかで期待してしまうような……貴方はそんな日々を過ごしていた。
今日も、疲れた頭でぼんやりと、それこそ学生の頃に読んだライトノベルのような物語がやってこないものかと冗談交じりに考えていると……ふいに。
フィー
「困ったなぁ……なぁ、君たち?どうして君たちはそんなにボクの邪魔をするんだい?
別に、無理は言っていないつもりなんだけどなぁ……」
路地裏のその外れ……もはや人は帰るだけのようなこんな時間に、人気(ひとけ)の少ない路地裏という場所には似つかわしくない、涼やかな少女の困ったような声が聞こえてくる。
よくよくと耳を澄ませば他にも誰かいるようで、言い争うような声が響いているようだった。
何か厄介ごとかな、と貴方は体を緊張させる。
女性と呼ぶには若々しすぎる声と、柄の悪い男と思わしき相手との諍いの声……どう考えても楽しい内容ではなさそうだった。
関わるのは得策ではない……それが当然の判断というものであろう。
けれど、変わらぬ日常による磨耗した脳の疲れのせいか、
それとも……その声に、日常を変えてくれる非日常の香りを何処かで感じてしまったからか。
《ざっ》
(足がとまった音)
――危険そうならば、身を引こう……こっそり帰ればいい。
そう思いながらもその声が聞こえる路地裏に、貴方は足を向かわせてしまったのであった。