薄闇に紅く瞳は煌いて
《コツコツコツ……》
(路地裏に響く足音)
周りのビルから伸びる室外機やダクト、何処か少しジメジメした空気を感じながら路地裏を進んでいく貴方。
聞こえてくる諍いの声は、進むほどに段々と大きくなっていくようであった。
そうして暫く進んでいくと……曲がり角のほんの少し先、どうやらその手前に少女がいるらしい声の発生源まで貴方は辿り着いた。
奥に他にも何人か男達がいる気配を感じ取った貴方は、まずは様子を探るべく、そっと角からその先を観察した。
フィー
「だからだなぁ……ボクはそこを通りたいだけなんだ。
君たちにそこで通せんぼをされると迷惑だから、ちょっと退いてくれるだけでいいのだけれど?」
そっと覗いていると、後ろ髪からして外国人らしい金髪の少女が、流暢な日本語を喋りながら買い物袋を胸に抱きかかえ、困ったように佇んで柄の悪い男たちに絡まれている最中のようであった。
ゲスA
「退かなかったらどうだってんだい、お嬢ちゃん?
随分可愛いけど、この辺に住んでるのかなぁ?」
少女が困ったように声をあげているが、柄の悪い若者たちはニヤニヤと面白がるように笑みを止めない。
少女は相当の美少女のようで、少し幼さは残るものの2つに束ねられたふわりと揺れる金色の髪に、後ろからではよく見えないが、赤い……美しい瞳。
黒を基調にして赤いラインで彩られたミニドレスのような姿と相まって、見様によっては高価なアンティークドールとすら思えそうな程、整った容姿をしているようであった。
ゲスB
「へへ、綺麗な金髪じゃないか。
モデルでもそんな綺麗な髪してるの見たことねぇなぁ、どこの国の生まれなの?
外人さんは進んでるって言うけど、君ぐらいの年だとどうなんだろうなぁー?おにーさん興味あるなぁー、ハハハ!!」
小さな少女の邪魔をするなど大人気ないにも程があるが……彼女の容姿がこの男たちの下世話な好奇心を刺激してしまっているのもあるのかもしれない。
ニヤニヤとした男たちの笑みが濃くなっていくのを見るに、どうやら貴方の心配が現実になるのはそう遠い先の事ではなさそうだった。
フィー
「君たち、その様子はもしかして……うーん、そういう目的かな?
はー……参るなぁ、ボクはそういうの今興味ないんだけどなぁ……迷惑な」
男たちの様子に、少女が呆れたように一声呟く。
少女はさして気にしてはいないという様子ではあるが、貴方が見てみぬフリをしてしまった場合この少女がどんな目に合うだろうか?
……少なくとも、明日の目覚めが気持ちの良い物でなくなる事だけは間違いなさそうであった。
そんな状況を想像したせいか、貴方は思わず……路地に足を一歩踏み出してしまった。
助けたいとか、どうにかしなければとか、と強く思った訳ではないが、放っておけないと……足が勝手に前に出てしまったのだ。
《ざっ》
(路地裏に響く大きな足音)
少女と男たちしかいなかった空間に足音が響く。
そして突然現れた闖入者に、少女と男たちの驚いたような視線が……ぐるりと集まった。
――ど、退いてあげたらどうかな?
女の子を困らせるのは、年長者として恥ずかしい事だと思うのだけれど……?
緊張からごくりと喉が鳴ったが、こうなってしまっては仕方がないと勇気を振り絞り刺激しないよう声を掛ける貴方。
だが……男たちは邪魔者が来たと言わんばかりに、目を細め威嚇するよう肩を揺すり、少女を越えて貴方に近づいてくる。
ゲスA
「あっ、なにお前?……この子の知り合い?
声震えてっけど……今なんつったの、ぁ”?」
ゲスB
「スーツのおっさんが何の用だっつーの?俺らの知り合いだっけ、お前?
ハハッ、ちげーよなぁ?お前みてぇなボケた面の奴、俺しらねーもん……よ”ぉ”ッッ!!」
《ガンッ!!どさっ!》
(ゲスBに貴方が殴られる音)
フィー
「あっ、おいちょっと君たち!?
ぁー……いやボクはその人とは知り合いじゃないぞ?ちょっと……おい!
ったく、ボクだけじゃなくて……無関係な善人にまで迷惑を掛けるんじゃないっ!!」
ゲスB
「あ”ぁ”?何急にゴチャゴチャ言い出してんだよ!
ってか、面倒くさい事言ってねぇでよぉ?君が俺らと遊ぶのに、うんって頷きゃ終わる話じゃねぇか!
おら……ちょっとこっち来いって!!」
フィー
「こら、止めないか!
ボクはあんまり動きたくないっていうのに!ちょっと、待てって君達……ぁ!?」
男たちは近づくなり突然貴方に殴りかかり、貴方はその躊躇の無さに不意をつかれ思わず倒れ伏してしまう。
少女は貴方を庇うように前に出たが、男たちは容赦なく少女にも掴みかかり、その反動で彼女の持っていた袋が地面に落ちていく。
《がっ……がしゃん!》
(買い物袋の中の血の入った瓶の割れる音)
ガシャン、というガラスの割れるような音が響き、床に落ちた少女の買い物袋がじわりと濡れる。
袋の裂け目から奇妙に赤黒い、鉄の匂いを放つ液体がじんわりと広がり、アスファルトを染めていく。
フィー
「あーっ!ぁ……ぁあ……ぁぁぁぁぁ……、随分困った事してくれたな君たち……?
んっ、えぇ?それ、ボクの数日振りの飽き飽きした代用食じゃない貴重な食事だったんだぞ?
それをまぁ、よくも……」
顔を手で覆い、広がっていく赤黒い染みを悲しそうに見つめる少女。
そして深く、嘆くように大きな溜息を吐き出し、ゆっくりと男達に視線を向けた。
先程は薄っすらとしか見えていなかったあの瞳はが、紅く妖しく……。
薄暗い路地裏にあって尚、人を引き付けて止まぬ魔性の宝石のようにギラリと輝くのが倒れた貴方からも確かに見えた。
フィー
「……君たちを消すと、ハンター……ボクの知り合い連中が煩いだろうからね?面倒だからそんな事はしない……しないがね?
うん……折角の”お楽しみ”を台無しにされたんだ。少しくらい八つ当たりはしても許される、と思わないかい?
ふふ……なぁ、君達?」
淡く輝く瞳を怪しく瞬かせ、金の髪の少女がくすくすと笑う。
そして笑みと共に釣り上がっていく口元には……犬歯と呼ぶには少しばかり大き過ぎる鋭い歯が、キラリと白い光を放っていた。
フィー
「そこの……多分ボクを助けようとしてくれた人間を痛めつけてくれたお礼もすべきだろうし、うん……恩義とはそういうものだからね。
……よし、決めた!
疲れるけど、ちょっとだけ……人生のお勉強というものを、君たちに教授してあげよう……ねぇ野良犬諸君?」
鋭い犬歯を見せ、少女の笑みが深まっていく。
彼女の雰囲気が変わった事を察したのか、何処か怯えるような男達の漂わせる気配を感じながら、ぐらりと揺れ続けていた視界が限界に達し……貴方は意識を手放してしまうのであった。
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《ぎし……がばっ》
(貴方が意識をとりもして、身を起こす音)
フィー
「あぁ、ようやく目覚めたのかな?ふふ、おはよう♪
とは言っても、まぁ……今はもう深夜もいい所なのだけれどね?」
貴方が目を覚ますと、そこは見知らぬベッドの上であった。
涼やかな声に驚き見渡すと、傍にあった椅子の上で貴方を見守るようにしながら、くるりと赤いワインの入ったグラスを傾け、興味深いといったように観察している先程の路地裏にいたはずの金髪の少女が、軽く笑みを浮かべていた。
フィー
「あのね、君が倒れたまま意識を取り戻さないからね?
あのまま路地裏に放置をしては、流石に後味悪いかなと連れ帰らせて貰ったのだけれど……気分はどうだい?
吐き気がしたり、目が回っていたり……あぁ、頭を打っていたね?まさか、記憶が怪しくなってるとかないだろうね?」
状況に混乱する貴方ではあったが曖昧に頷き、まだ少し体が痛むのを感じながら身を起こす。
改めて周りを見渡すと、そこには中世の貴族を思わせるようなアンティーク調に整えられた洋室が広がっており、貴方にはまったく覚えの無い部屋であるという事が分かった。
――ここは、何処なのかな?それに、君は確かあの路地裏で男たちに……大丈夫だったの?」
フィー
「あぁ?ふむ……ふふ、心配ありがとう♪
そうだな……まずは1つずつ説明をしていこう。
ここはボクの……部屋って所かな?正確にはボクの影の中にある空間を部屋に貼り付けて、空間を塗り替えているんだけど……まぁそれはいいか。
次に、あの男たちだけど軽く暗示をかけてやったよ。今頃は警察の前で裸になって、全裸で抱きつこうと迫ってる最中じゃないかな?
ふふん……警察の人間には悪いことをしたが、そこは公僕の苦労の一つと思って仕事をして貰おうじゃないか。
多分結果は、明日の昼ごろには本日の面白ニュースとして見られるんじゃないかな?」
――影……暗示?何を言って……?
唐突な言葉の数々に貴方は戸惑いを隠せなかったが、少女はそんな事は気にかけず自慢気に小さな胸を張る。
態度だけ見ればその様子は可愛らしいと言えるもののはずなのだが、不思議な程に自信のあるためか、その態度に何処か歳を経た老人がたまの悪戯をして楽しんでいるような、奇妙な印象を貴方は受けるのであった。
――君は一体……?
募る疑問に、つい……貴方は彼女に問うてしまう。
その言葉に少女は、貴方の見間違えではなかった鋭すぎる犬歯を見せ付けるようにして……ニヤリと頬を持ち上げる。
フィー
「ボクかい?……ふふ、そうだな。
誰かに助けようとされるなんて本当に久しぶりでね?
助けてくれようとしていた恩人に……お礼も挨拶をしていないっていうのは、確かに無礼の極みだ。お詫びさせて貰うよ。
こほんっ……では、遅れてしまって申し訳ないが、改めて。
さっきは有難う、結果は伴わなかったかもしれないが、君の気持ちはとても嬉しかった。有難う……人間くん♪」
フィー
「ボクは、フィーユ・リュビエ・バートリー、気軽にフィーと呼んで欲しいかな?
……所謂、吸血鬼という奴さ」
そう言って金の髪をふわりと靡かせ、紅い宝石のような瞳を悪戯気に輝かせ、少女……吸血鬼のフィーは優しく微笑むのであった。