見知らぬ天井
フィー
「さて、君の事なんだが……倒れた時に思ったより強く打ってしまったようでね。
暫くは安静していた方がいいと思うのだけれど……平気かい?
ボクとしては、別にこのままいてくれても構わないのだけれど」
吸血鬼などという非現実的な告白に戸惑う貴方が、体を確かめるように触ると、ずきりと大きな痛みが頭に走った。
触ると包帯越しであったが、じわりと指先に赤い血が滲んでいるのが見えた。
フィー
「あぁ……血がまだ止まってなかったのかい?
ん、んー……拾った縁だ、この部屋で2・3日休んでいってくれても構わないのだけれど、君……明日仕事とか、そういうの大丈夫かい?」
貴方が言われて思い返してみると、明日も……休みという訳ではない。
病院に行き診断を受ければ休みの許可ぐらいは取れるかもしれないが、今が深夜である事を考えると中々その手間も億劫そのものだ。
フィー
「ふぅーん……なるほど?
やれ、人間って奴は……特に現代の人間というのは大変だね……体を休めるの一つ取っても一苦労か。
ふーむ、そうかそうか……んー」
悩む貴方の様子に、吸血鬼の少女……フィーは考えるように指を顎に当てる。
暫くそうしてから、貴方を垣間見……可愛いらしく犬歯を覗かせ、ちらりと悪戯気な笑みを浮かべた。
フィー
「ふふ……なぁ人間くん?
悩むという事は、出来れば明日も働きに出たいんじゃないかい?
その傷じゃ、病院に行ったり手続きがどうだとやってたら、休めたにしても今度は気疲れしそうだしね。
……そこで、一つ提案があるんだけど、どうだろう?」
フィー
「少しだけ……君の血を吸わせてくれないかな?
吸血をすると、ボクの血が少しだけ君に混ざって……それが君の治癒力を高めてくれる。
勿論、それで死んじゃったりボクの仲間……吸血鬼にするようなヘマはしない。
あくまで人間の君への手助けの範疇として、だ」
くすりと、貴方に顔を寄せるようにして、フィーが楽しげに微笑む。
吸血鬼という幻想そのものに対してすらまだ納得がいっていないのに、いきなり吸血などという行為をされるのはと、貴方が遠慮したいという身動ぎをすると、少女がまた一つ微笑みを浮かべる。
フィー
「ん?……ふふ、警戒させてしまっているかな?
安心しておくれ、基本的に人を襲うつもりはないよ……これでもボクは4、500年ぐらい生きていてね。
昔は、ちょっとヤンチャ……? あー……してた時期もあったけど、戦うのにも飽きたし、今は人を害するとかそういうのは……ね?
ヴァンパイアハンター……所謂、君たち人間の味方の組織に協力することで、平穏な暮らしをさせて貰ってる身分なんだ。
あの男共に割られた瓶も、ハンター達から融通して貰ってるたまの贅沢の輸血液でね。
……うーん、本当に久しぶりの贅沢だったんだけどなぁ、はぁ」
貴方に近づきながら、先程の事件がさも残念であったといった様子でフィーは小さくため息をついた。
それから、ちらりと……金色の髪小さく揺らすようにして貴方の顔を覗き込み、何処か期待するように笑みを強くする。
フィー
「まぁ、そういう訳で……人を殺したり害したりして、ハンター達の機嫌を損ねるつもりはないんだよ。ボクの大事な平穏が崩れてしまうからね。
ただ……うん、君の治療と……ボクのダメになってしまったご馳走の代わりに、だ。ちょっとだけ血を飲ませて貰えるとお互いWIN-WINという奴になると思ってるんだけど……どうだろう?
牙が入る瞬間だけはチクっとするかもしれないけれど、吸われてる最中は人間も気持ちいいらしいし……不快にはならないと約束するよ……ね、どうだい?」
《ちゅぅ……ぴちゃっ》
(フィーが首元を舐める音)
フィーの顔が貴方に近づく……そしてゆっくりと、その首元に。
そして、ぴちゃり……っというとろりと濡れる感触と湿った水音が響き、目の前に揺れるまるで金色の絹の波のようなモノから放たれた……薔薇の花の如き、芳しい香りが貴方の鼻腔を擽った。
フィー
「約束する。君を傷つけるためじゃないし……吸いすぎて仲間にしたりもしない。
だから、ボクのため、君のためにも……ちょっとだけ、血を吸わせておくれよ……なぁ、に・ん・げ・ん……くん♪ぺろっ♪」
耳を甘く蕩かしていくような、惑わし甘えてくる魔性の囁きが犯し、ダメ押しとばかりに首元に切なげな吐息の熱い舌を絡められ……。
貴方は気付くと、首を縦に振ってしまっていた自分に気付くのであった。