再会は違和感の気配の中で
フィー
「ぁー……その、ヤっちゃった……ね?
うん、まいったなぁ……。
えっと、君?……ごめんね?君の治療だけのつもりだったのに、つい、君の血や精液がその……美味しすぎて、体が火照ってしまったというか……うん」
フィー
「あはは……長く生きてるのに情けないなぁ、ボク(苦笑い)。
誰かに抱かれるなんて、うん……ほら数百年ぶりくらいだったから……余計燃えちゃったというか、うん。(気まずそう)
あっ!傷の方は、軽く噛んだだけだし……あれだけ、出したからね?明日にはすぐ治ると思うから安心して貰っていいから。
あは、あはは……!いや、本当に申し訳ない……!」
ベッドの上での“治療”が終わり、気まず気な雰囲気を引きずりながら服を着直す貴方。
妙な流れになってしまった事が気恥ずかしく、顔も見る事を出来なかったが、彼女……フィーも同じ思いだったのか、冷静を装いながらも何処か顔を赤くしている。
傷はといえばまだ熱を帯びているものの、痛みらしい痛みは消えており、治療というのはあながち嘘ではなかったようだ。
――本当に、痛みが楽になってる……。
その、治療って……嘘じゃなかったんですね?
フィー
「ん?……ふふ、まぁ疑われるのも当然か。
でも、これで信用して貰えたかな?
ボクは欲求不満の痴女ではないし、ましてや君に害をなしたい吸血鬼でもないってね?ふふん♪
ま、その熱もすぐ収まると思うし……妙な夢を見たと思って、今日の事は忘れるといいよ」
貴方の様子に気分を良くしたのか、くすりと嬉しそうにフィーは微笑むと、ふわりと髪を靡かせた。
そしてその風に乗ってふっと……甘酸っぱいような2人の情事の残り香が、貴方の鼻腔を満たしていった。
――あの……えっと、フィーちゃん、で良かったかな?
その……これでもう、さよなら……ってことなのかい?
唐突であった出会いと、この逢瀬に貴方は少しだけ名残惜しさを感じた。
手当てのお礼もあるし、出来ればまたもう一度何処かで……そんな期待をしながら貴方が少女に聞くと、フィーは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
フィー
「ん?……またボクに会いたいのかい?
はは♪気持ちは嬉しいけど……止めておいた方が身のためだと思うな。
今日の事はほんの偶然、君の心意気とボクの気まぐれとお詫びで起きた……吸血鬼が言うのもなんだけど、小さな奇跡みたいなものだと思っておくれよ。
……人と吸血鬼は一緒にいない方がいい、色々面倒な事も起こり易いしね。
ふふ……年上からの忠告だ、受け止めて貰えると嬉しいかな」
尋ねられたフィーは、少しだけ寂しそうな顔をして貴方を見つめた。
それはやんわりとした優しい言葉ではあったが……明確な拒否の言葉であるのは間違いなかった。
フィー
「さ、もうそろそろ君も外に出るべきだよ。
治療と一緒に、体力も回復してると思うから……んー、まだこの時間なら何処かで少し寝れば君の生活にもそんなに支障はないはずさ。
今回のことは一夜の夢と思って、君の現実にお帰り……。
今日は、ありがとう……人に心配されたのは本当に久しぶりだったから、君の気遣い……とっても嬉しかったよ。
……さようなら、どうか元気でね?」
《ぱちんっ》
(指を鳴らす音)
そう言って、フィーが指を鳴らすと貴方の視界がぐにゃりと歪むように暗転していく。
部屋の輪郭が崩れ、段々と黒く染まっていき……気付いた時には貴方は元の路地裏に立っていた。
ビルの隙間から、ぼんやりと昇り始めた陽の光がうっすらと町を照らしていた。
時間としてはまだ早朝といった所だろうか?
まるで昨晩の事が……あの少女との逢瀬がそれこそ夢であったかのように、町は変わらぬ日常の姿を醸し出しているのであった。
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《タンタンタン》
(歩く音)
あれから数日、貴方は再びあの路地裏に足を向かわせていた。
あの日以来何時も通りの日常へと戻り、特に問題が起きるといった事もなく、退屈で変化の無い日々が続いている。
ただ……首筋の傷跡はまるで夢であったかのように跡すら残さず消えてしまっているのに、優しく、甘く……熱く蕩けるように吸われたあの感触が、小さな棘の様に貴方の心を疼かせるのだ。
――もう会わない方がいいと言われたし、会えるかどうかすら分からないけれど。
そんな自分でも言葉に出来ないような思いに突き動かされ……貴方は、流れるような金の髪と優しく穏やかな緋色の瞳をした少女と出会ったあの路地裏の前にやってきた。
そこはあの日と変わらず、薄暗く配管やなどが散らされており、違いといえばあの時響いていた諍いの声もなく、がらんとした妙に近寄りがたく寒々しい空間がただそこにあるだけのように見えた。
――やっぱり、もういない……よね。
所詮は偶然の出会い、もうここには何もないだろうという落胆が貴方の中に湧いてきた。
まぁ、それでも……せめて彼女と出会った場所までは行ってみようかと一歩、足を踏み出した瞬間。
……強烈と言える程の、激しい違和感が貴方を襲った。
目の前に広がる空間には何もない……あの日見たままの路地裏である。
けれど、踏み出した足先からじわりと……形のないのモノを確かに踏みしめているといった具合に、何も無いものを踏んでいるという不気味としか言えないは感触が足先から全身を駆け巡った。
ごくり、と我知れず喉が鳴る。
何も知らない状況ならば、この気持ちの悪い違和感を避けるべく、後ろを向き足を去ってしまった方がいいと、そう本能が告げていた。
けれど非日常の存在……あの愛らしい金色の吸血鬼の事を知ってしまっている貴方にとっては、この異変はむしろ……奇妙な胸騒ぎを掻き立てるのである。
震える足で一歩を踏み出した、確かめるように一歩、更にもう一歩……徐々に足先から広がる違和感を意識しないようにしながら、必死に足を進ませ続けていると……じわじわと違和感が足先から上りはじめ、頭の上まで届いたと思った瞬間……、視界が一変した。