金と紅の吸血鬼
すでに視界に、路地裏を映ってはいない。
土くれと枯れ木が何処までも広がるような不毛の大地が広がり、その向こうから少女のものと思わしき険しい声が聞こえてくる。
ハンター
「フィーユ・リュビエ・バートリー。
……貴女は、忌々しい吸血鬼連中の中でもまだ人の道理が通じる存在だと思っていたのだけれど……過大評価だったみたい。
所詮は血吸いのケダモノ……何処までも人以下の、害獣……」
フィー
「あー、待て待て!何のことを言ってるか分からないし、誤解だと言ってるじゃないか!
ボクは今更、君等と矛を構えるつもりないとアレほど言っただろうに!」
ハンター
「しらばっくれる気、吸血鬼……!
貴方が魅了の魔眼を使って人を操り、更に吸血行為まで行った事実を我々ヴァンパイアハンターが気付かないとでも……?」
フィー
「だから、それはこの間の路地裏の一件の事だろう?その事はちゃんと報告したじゃないか。
ボクの大事な血液をダメにされたから、その分をオシオキ代わりに身をもって反省して貰っただけだろう?」
ハンター
「それだけなら確かにそう……でも、貴方の言う彼らはその後ミイラ化した変死体として見つかったわ。
……首元に吸血痕があり、死体が見つかったのは貴女から報告のあった日の翌日……これでも、まだ知らないと?」
フィー
「なに?……ちょっと待ってくれ、ボクはそんな事知らないぞ?
彼らには、腹いせ交じりに社会的に死んで貰うおうと警察署前で全裸踊りをさせる予定はあったけど。
ボクは実際の命には手を出しちゃいないぞ!」
ハンター
「……白々しい、犠牲者を出しておいてその言い草。
やはり、吸血鬼は信用出来ない……」
《チャキッ……》
(武器を構える音)
フィー
「待て待て待て、早合点で武器を構えるんじゃない!本当にボクは知らないんだ!
他に関わりがあったのは、そのときの被害者だった人間くんくらいのもので……。
まさか……こんな周りが海だらけの極東(ごくとう)の島に、ボク以外の吸血鬼が?……っ!ハンター、そこから退け!!」
《しゅぴぃんっ……ガガッ!!》
(突然飛んできた血の槍をまともに受けて吹き飛ばされる音)
ハンター
「がっ!?うそ……結界を敷いていたはず……何が……っ!?」
サン
「はっはぁーん?あんなヘナチョコな結界で吸血鬼を阻めるとでも思ってたのぉー?
ふふ、あまあまぁーざっこざっこぉ♪やっぱりヴァンパイアハンターって昔より弱くなってなぁ~い?あはっ、あはははつ♪」
《ふわり……》
(結界の空の上から翼を羽ばたかせて降りてくる赤色赤目の吸血鬼)
貴方が少女達を遠めに見ていると、ばさりっと翼をはためかせて、血のように赤い髪、赤い瞳、赤い翼をまとったナニかが荒野を覆う闇色の空から舞い降りた。
同時にソレは、赤い髪をなびかせ空中で体を一つ捻ると、蠢く血の色の槍のようなモノが銀髪のハンターめがけて撃ち放ち彼女を地面に吹き飛ばす。
サン
「ふふーん?同属の気配がすると思って様子見させて貰ってたけど、何か面白い状況じゃなぁーい?
ふふ、でもまさかぁ……誇り高い吸血鬼に、ヴァンパイアハンターへ尻尾を振る負け犬がいるなんて思わなかったけどぉー?」
フィー
「ハンター!!……ちっ、気を失ってるか……えぇい、ボクを気にして油断してっ!
……いや、ボクも人のことは言えないか。
まさか日本なんて狭い国で、同属がいるとは思ってなかったな……ボクも随分平和ボケしてたってことか」
フィー
「……それにしても、随分な言い草じゃないかな?
数少ない同族に対して、もう少しは礼節っていうのものがあってもいいんじゃないかい?」
サン
「あっはっ♪ナイスジョーク♪そうよね、数少ないオ・・ナ・カ・マだもん、大事にしなきゃねぇ♪
でーもぉ残念だけどぉ……吸血鬼って誇りを捨てた裏切り者なんかを、仲間だなんて思う趣味私にはないのよねぇー……?
ねーぇ、そこの所どう思う?薄汚いド・ウ・ゾ・ク・さん?」
フィー
「……ボクは、別に吸血鬼を裏切った覚えはないんだけどね。
ただ戦うなんて疲れるだけだって気付いちゃったから、彼らに争わない事を条件に協力をしているだけなんだけど……ま、君には理解して貰えなさそうだね」
サン
「んふっ、サン様を理解してくれてアリガト♪だってそれって人間にぃー……ハンター側に尻尾振ってるだけってことでしょぉ?
ふふ、それを誇りを捨てた飼い犬……裏切り者の雌犬って呼んで何が悪いのかしら?
ねぇねぇ、尻尾振ってお腹見せて、ご主人様に飲ませて貰う血って美味しいの?
ワンワンワーンって鳴いて雌犬っぽい所見せてよ!そういうの得意なんでしょ?あはははっ♪」
フィー
「はぁ……やれやれ、耳に痛い事を言うなぁ……。
それで、何のようなんだい?君とは初対面、だよね……血の色をした吸血鬼くん?
一応自己紹介をしておくけれど、ボクは……」
サン
「アンタの名前はさっきのハンターが言ってたから知ってるわ。
フィーユ・リュビエ・バートリー……リュビエ、つまりルビーってことよね?
歴史あるバートリーの名前を騙ってるのも合わせて、なんかすっごい生意気ってかんじー!
……負け犬に、美しい紅い宝石の名前とか、似合わないと思わない?」
フィー
「……さて、そこは主観の問題じゃないかな?
ボクは自分の名前を気に入っているから、あまり悪く言わないで貰えると嬉しいんだけどね。
それで……改めて聞くけど、ボクに何の用だい?」
サン
「あははっ!えっらそー、生意気ィ♪
聞いた事ない名前だしなー……ふふ、最近生まれたお子ちゃまなのかなぁー?アハハハハハハ!
ふぅ……用って程何かあった訳じゃないんだけどぉ、こんな土地で同族に会うなんて珍しいから、ちょっと話をしてみよっかなーって思って。
でも……」
フィー
「……でも?」
サン
「話してみたらアンタみたいないやしい雑魚が、リュビエなんて綺麗な名前名乗ってるのは、なんかすっごい気に入らないかも!
こんな情けない奴が吸血鬼とか、私たちの沽券?に関わるような気もするしぃー……っていうか、ぶっちゃけ」
フィー
「随分嫌われてしまったみたいだねぇ……ぶっちゃけ、なんだい?」
サン
「んふ♪そういうスカした態度も合わせてぇ、気に入らないなぁ……ってねぇっ!!」
血の色の少女、サンが体をまたくるりと捻った。
彼女の背の翼の影から先程ハンターを襲ったのと同じ血の槍が再び現れ、今度はフィー目掛けて襲い掛かる。
あわや串刺しと思われた瞬間、フィーの手が地面を触れ、彼女が触れた影が盛り上がり体を覆うようにして襲いくる血の槍を阻む。
《びゅんっ!ぐぎぃんっ!かんっ!》
サン
「っ……やっぱり、なっまいきぃ!
300年生きてるこの《赤血(せっけつ)》のサン様の攻撃をいなすなんてっ!年下の癖に……っ!」
フィー
「はっはっは……それはすまないね!
当たったら痛そうだったから、申し訳ないが防がせて貰ったよ。
……所で、もういいんじゃないかな?これで勘弁して貰えないかい?
言った通りボクは、あまり戦闘は好きじゃないんだよ……」
サン
「ふんっ、いかにも負け犬くさい台詞だことっ!
このサン様がぁ……舐められて終わる訳にはいかないでしょうがっ!!」
《だっ!》
(地面に降りてきたサンが、フィーに襲ってくる音)
サンと名乗った少女の紅い髪が血になったようにずるりと長く伸びた。
同時に足を踏み出し頭を振ると、それが鎌のように鋭角を成し、フィーへと襲い掛かる。
《きんっ、がきんっ!》
(剣戟の音)
フィー
「っ……血の気の多い奴だな、君はっ!」
サン
「はんっ、吸血鬼に……《血》の名前を持つ相手に言うには、当然すぎて欠伸が出ちゃう言葉だことっ!
そら、そら、そらっ!情けないダメ吸血鬼は、ここで真っ赤に散っちゃいなさいよっ!!」
《きんっ、がきんっ!》
(剣戟の音)
サンの猛攻に合わせるように、フィーもまた自身の影を鋭くしならせ血の鎌をいなし続ける。
影と血、それぞれ人の理(ことわり)ではあり得ない硬度を示すそれ等が、甲高い音を立てぶつかり激しい音が響かせた。
フィー
「……っ!手数が、多い……っ!
これだけの血、随分節操なく吸ったようだな……君っ!」
サン
「あっは、何馬鹿言ってんのぉ?吸える血を吸って何が悪いってのさっ!
あんたみたいなみっともない立場になる位より、よっぽど上等ってもんよっ!
証拠に……そらっ!だんだん捌けなくなってるじゃないっ!あっはははは!!ざぁーーーーこぉっっ!!」
フィー
「っ……めざとい、奴だな、本当にっ!……ぐっ!?」
《きんきんきん、ずっ……ぱっ!》
(サンの攻撃でフィーに傷がつく)
影を振り回し凌いでいたフィーだが、段々と勢いを増す血の鎌に対処が追いつかなくなっていくようであった。
そしてついに、その細い体を血の鎌が切り裂き、フィーの体に赤い染みが滲む。
顔を顰め裂けた肌を押さえると、フィーが大きく後ろに……貴方に近づくように大きく跳ぶ。
そして苦しそうなフィーの様子に、貴方は隠れるのも忘れ思わず駆け寄ってしまった。
《がばっ……!》
(フィーを抱きしめる貴方)
フィー
「っ!?……んぁ、君!?なんでここに?」
サン
「ん?……あれぇ人間?
へー、結界があったはずなのに変なのぉー?……なぁーに、そこの負け犬の知り合い?」
フィー
「まずい……えぇい、なんで来たとかはいいからすぐ離れるんだ!
あいつは見境ないぞ、君は巻き込まれたら命が危ない……早く!!」
慌ててを引き離そうと、フィーが貴方を突き放そうとする。
……その隙を、赤の少女は見逃さない。
サン
「ふぅーん?良く分かんないけど、随分親しげ?仲良しィ?
へー、さっすがみっともない吸血鬼モドキぃ?!お仲間も人間なんて、お似合いじゃない!あはは!!
んー、じゃあさー……一緒にぃ」
ニタリと、サンが歪んだ笑みを浮かべた。
彼女が両手をおもむろに振り上げ、勢いよく振り下ろすと空中に幾つも赤い飛沫が飛び散り……。
サン
「燃えちゃえ……!!」
《ぱちんっ……ぼぉぉっ!》
(水滴が火の玉に変わる音)
ぱちん、と指をかき鳴らした瞬間全ての飛沫が赤熱化した火球となり、2人に……。
いや、フィーを庇うように前に出た貴方目掛けて降り注いだ。
フィー
「なっ……あれは防ぎきれな……君、いいから逃げろ!!」
フィーの言葉が鋭く響くが、すでに火球は目の前。逃げる時間などない事は、はっきりと分かってしまう。
避けられぬ死が近づいてくるのを感じながら、どうせ逃げられないならばと、貴方はフィーだけは助けようと彼女を抱きしめ、火球に背を向け眼を瞑った。
それがどれだけ効果はあるかは分からなかったが……ほんの少しでもは効果があれと願い、彼女を覆うように強く、強く……。
《ぎゅっ》
(抱きしめた音)
フィー
「馬鹿っ!そんな事しても……っ!本当に、馬鹿な人間だな君はっ!?
あぁもう!!……どんな結果になっても責任は取ってやるけれど……人でいられるよう祈りたまえよ……っ!!
んっ……あむっ、ちゅぅ……っ!」
《かぷっ、ちゅぅ……》
(フィーの噛み付く音)
苦々し気なフィーの呟きが小さく貴方の耳に聞こえた気がした。
そして次の瞬間、かぷり……っと貴方の首元に小さな痛みが走った。
それはつい先日も感じた覚えのある甘く切ない……けれどあの時よりも激しい、燃えるような痛みであった。
どくりと、自身の心臓の鼓動が早鐘のように強く跳ねる。そして急激に体から力が抜けていくと感じた瞬間。
貴方の視界は深く、深く、周囲のような闇の中へと沈んでいった。
《どぷり……》
(フィーの周りの影が、火球を飲み込む音)
サン
「……は?何それ……なんでサン様の火球を受けて平気でいるわけ?
ちょっと、ちょっとちょっとちょっと……なんで三下吸血鬼の分際で、私の攻撃邪魔してんのよっ!!」
サンの放った火球が水に沈みこむかのように、貴方とフィーを包み込んだ闇へと飲み込まれていった。
闇は火球を受け止めると波紋のように小さくさざめき、すぐに何事もなかったかのように静かに凪いでいく。
サン
「腹立つ……そういうの、私……すごく気分悪いんだけどっっ!!」
自分の攻撃が無効化された事がサンの神経を逆撫でしたのか、彼女は髪を乱れさせながら激昂し、再び両腕を持ち上げた。
すると、指先から血の雫が空中に走り集まりだす。それは雫一つ一つが食い合うように段々と大きくなっていき……。
《ぱちんっ、ごぅっ……!》
(大玉が火球になる)
血の球が小さな子供程もある塊に育った所で、サンが再び指を鳴らす。
その瞬間、サイズはそのままに血の塊が再び火球に……先程までよりも遥かに大きく、青白く熱を放つ大火球へと姿を変えていた。
サン
「乾く血もない程、燃え尽きちゃえ……このクズ吸血鬼ィィッ!!」
サンの叫びと共に、大火球が再び2人を覆う闇へと襲い掛かる。
先程は一瞬で火の球を飲み込んだ闇だったが、この大きさになると勝手が違うのか拮抗するように闇と大火球が空中で鬩ぎ合う。
《ごぉぉぉっ!!きぃいんっっ!》
(拮抗の音)
サン
「うそ、これもっ!!??くっそぉ……生意気生意気生意気生意気……っっ!!なら、これでぇ……!!」
フィー
「あんまり調子に乗るなよ……ボクは、戦いたくないって言ってるだろうに、まったく」
サンが再び両手を振り上げ、異能の拮抗を崩そうと更に火球を増やそうとしたその時。
闇から、声が響く。
フィー
「君のせいだぞ……サン、だったっけ?
ボクは、のんびり過ごせれば良かったのに余計なトラブルに巻き込んでくれて……あぁ、迷惑だ、すごく、すごくボクは迷惑しているよ?
この人間だって、ちょっと心がクラってきた所があって好(この)んでたのに、トラブルが起きた時に迷惑かけるって、ダメだって我慢して我慢して……。
そうやって諦めようとしてた相手だったってのに……あんなに美味しい血の持ち主でも、我慢してたのに!
結局、こんなに吸わせて……ボクの血の影響が出ないか、暫くは様子を見てあげなくちゃいけなくなったじゃないか。
あぁ、あぁ、あぁあぁあぁあぁ、迷惑だ。……とてもとても、迷惑だよ、君?」
声が、響く。
ぞぷりと、闇の中から白い腕が伸びて、手では触れられぬはずの大火球を支えるようにして引き剥がしていく。
そしてゆっくり、闇にあってなお映える金色の髪と……爛々と輝く緋色の瞳が、サンを見据えた。
闇が混じりより勢いを増す火球を手に吸い付かせたまま、腕がぐるりと大きく1回転し……。
フィー ・・・・
「確か君、300歳だったけ?はは♪ ……返すぞ、コムスメ。
自分の力だ、死ぬことはないだろう?……少しは、反省するんだなっ!」
《ぶんっ……ごぉおっっ!!》
(勢いを増した火球がサンに襲い掛かる音)
サン
「ひっ……きゃ、ぁああああああああっっっっ!!!!」
赤い少女の絶叫が、混沌とした闇色の空間を埋めていく。
燃える炎がナニかを燃やすぱちりぱちりという音が響き、火に巻かれた少女の影が鈍く空間を焼き照らす。
サン
「うぐ、ぐ……ぐぅ……この、このこのこの……雑魚吸血鬼のくせに……!
ハンターに尻尾を振った、裏切り者の癖にぃ……っっ!!」
フィー
「尻尾を振った裏切り者だろうがなんだろうが、どちらの力が上かはこれでよく分かったろう?
……この人間とハンターの手当てもある、今は見逃してやるからとっとと何処かに消えてくれたまえ。
まだやるっていうなら、ボクはもう……一切手加減しないぞ?」
サン
「ぐ……ぅぅぅぅぅっっ!!私を……サン様を侮ってッッ、馬鹿にしてぇっ!!!!
絶対、絶対絶対後悔させてやるんだから……私は、負けてないんだからぁっ!!」
火に焼かれ、自身を豪華に着飾っていたドレスをボロボロにしながら赤の少女はフィーを睨み、一直線に結界と呼ばれた空間を飛び去っていく。
後には焦げた匂いと、気を失った貴方とハンター……そして金色の髪をなびかせる緋色の瞳の少女だけが残された。
フィー
「……はぁぁ、面倒な事になったなぁ。
まぁまずは兎に角、治療をしないとだね……うん。
ハンターは平気そうだけど……、人間くんはボクの血がちょっと入り過ぎたかな……、これは発散させてあげなきゃ危ないよなぁ……。
まぁ、ボクはこの間のも……うん、色々楽しませて貰えたから構わないけど、さ。
君にばっかり負担になってたり、迷惑を掛けてる気がするよ、ボクは……。ぅー、治療でお礼って事で許して貰えればいいのだけれど、ダメかなぁ……はぁぁ(ため息)」
そうして倒れた2人を見下ろし、やれやれと小さく肩をすくめると、フィーは困ったようにため息をつくのであった。