Track 3

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ご褒美のお芋よ

さ、ご耳愛はおしまいよ。 起きて起きて。 言ったでしょ、これからはご褒美の時間よ♪ ええと、どれをあげようかしら…。 んーと、これは私好み…んー、これは初心者にはまだ早い…な、何よ、今大事な選別中なんだから、君はお魚雲と戯れてなさい! 芋ぐらい…。 言うじゃない、この紬愛莉に! いいこと…世間一般で言われる「女子はみんな焼き芋が大好き!」には、警鐘(けいしょう)を鳴らすわ。 人の嗜好なんて、千差万別、ひとくくりに出来る物じゃないの。 けれど、私において、それは至言(しげん)よっ! 蜜たっぷりのとろとろお芋も、水分少なめほくほくお芋も、うどん屋さんのさっくり芋天も、回るお寿司のほろほろ大学芋もっ! そう、さつま芋は等しく愛している。 大好きなのよ、私はっ! 君だって、好物はあるでしょう。 それを一口でも分けることを条件として出す…これは交渉として、かなりのものよ。 んふふ…意外と意地汚い娘だなって思っただろう君の目、面白かったわ…少しは変わったわね。 そう…私にとって、君にご耳愛することは、けっこうな意味だったって事。 だから、そう…君にあげるお芋ちゃんを吟味するくらい、大目に見なさい♪ んしょ…ん、これがいいわ。 な、何よ…小さいわけじゃないのよ、このくらいのサイズが標準なの! いいかしら、これは蜜がたっぷりなタイプのお芋なの。 そして、この種類は、こうコロコロまぁるい感じのがとってもおいしいわけよ。 これを口にした時、お芋ちゃん初心者の君に、革命が起こるわ! おっと、ついつい熱くなってしまったわ…押しつけがましくてごめんね。 さ、後の感想は君にゆだねるわ。 ん? ああ、食べ方…普通にむきむきしてもいいんだけど、蜜が多いから…かしてみて。 んしょ…こうして皮のまま縦に割って…スプーンで、がいいのだけど、アウトドアらしく、あむあむっていってごらんなさい! ほら、とろっとろで、お芋じゃないみたいでしょ♪ さ、さ、あむっといっちゃって♪ うんうん、スイートポテトみたいでしょ♪ なぁんにもしてない、焼いてるだけなのに、そうなっちゃうの♪ 君、いい感覚してるわ! 私に構わず、体が、心が…欲しがるままに、食べちゃいなさい。 どう? 革新、起こっちゃったかしら? んふふ、んふ♪ んふふん♪ んふふふふ♪ 好物を分けてあげたとしても、こういう顔が見られるなら、いいものね。 ちょっと、気味悪がられるくらい、笑みがこぼれちゃうけど♪ 君の笑顔は、私にも届いた…オクスリ、効いたわ! 言ったでしょ、笑顔は効くって…ほら、私にも効いたんだから、これが君のお母様にだったら…そうね、お芋一個でこれなんだから、お母様になら…うーんと、お芋十個分の笑顔の薬になるはずよ♪ んふふ♪ ふふ…ちょっとだけ…お芋食べながらでいいから…。 秋の庭で歌う鈴虫…とでも思って聞いてちょうだい。 私はね、母親がいないの。 家庭の事情、とかではないわ…それなら、特別な理由でもないなら、私は会おうと思えば会えるもの。 ん…もう手の届かない場所にいるわ。 握ろうとしても、手はつかめない…不可思議でもない限りはね。 私が、私を私って知るような前に、病気で逝ってしまったそうよ。 よくも知らない人だから、絆なんてないと思ってたの…けどね、意外なものがつないだわ。 私ね…ここ…胸の下からおなかくらいに、羽の刻印があるの…ふふ…生まれた時からあるアザ…とか幻想的なものじゃなくて、手術のあとがそう見えるのよ。 母と同じ病気…病が私たちの絆だったの。 運命って、皮肉よねぇ。 恨み? 私にとって母親は…そうね…テレビのニュースみたいなものよ。 見ず知らずの人だけど、不慮の事故で亡くなったって聞けば、心がちくっとするでしょ。 不覚の時に消えたものなんて、どうやっても深くは残らない…それを恨んだところで、どうにもならない。 まぁ…それを差し引いても、病気で入院してた時の私は、日陰ばかり見ていたけど。 寝間着の人たちが、それぞれどんな人生や夢を持っていて…ここから出た後、それが叶うのか、どんな生き方が残るのか…腕がない、足がない、目が見えない、起き上がれない…そういう事が当たり前に同居する世界だったから、余計に思ってたのかも。 私自身、白くて狭い四人部屋で、短い人生は終わると思ってたし、どんな人も、ここから出た後には、希望より困難のほうが多くつきまとうんだって決めつけてた。 人の傷なんて、そうやって目に見えるものだけじゃないのにね。 人には…心に巻いてる包帯もある…けど、それは見えやしない、だから、ないって決めつけてた…小さなものね、私は。 …んふふ。 そんな日陰者にも、どこかの女神様が用意した出会いってあるんだなって、思い出しただけよ。 運命の分岐点、みたいなものかしら、んふふ。 な、何よ、思い出し笑いが気持ち悪いなんて、女の子に向かっていう言葉かしら! ぷんす、ぷんす、ぷんすかよっ! …っていう感じで、私の黒い雲を吹き飛ばしちゃうような人…ほら、このおさげ。 君がぷらぷらしてるのを見るのが好きなおさげ…それを二つもった、私の師匠…病院の看護師さん♪ その人と、私は出会えた。 きっと、あの時の私は…さっきまでの君みたいな顔をして、四角い蒼の空に飛ぶ、二羽の鳥を睨んでた。 ベンチで寝てる君を見たとき、随分と懐かしい鏡を見つけた気分だったわ。 けれどね…君にも似てた、いつも目が半分閉じてる、そのせまぁーい私の視界にね…ある日、すっと、さっと、あれって感じで、その人はいたの。 にっこり笑顔と柔らかい声で、ちょっと面白くて…でも全部を知ってるような憂いと、悟りを隠した…視界の端で手を振りながら、目の前で髪をとかしながら…耳かきしてあげるわぁ~♪ ってね♪ 私のお芋は誰にも渡さない! って感じだったのに…その人には許してしまった。 もしかしたら…それがその人の力、だったのかもね。 私はとかされちゃったわけよ。 そうして耳かきしてもらいながら、色んな事考えたわ…もしかしたら、私が知らないお母さんって、こういうものなのかしらとかね。 成功する確率の低い手術だったけど、それでも母親の時代よりは数パーセントもマシだった…だから、受けてみたのよ。 その人か…もっと別の誰かだったか…背中を押されたような気もしたから。 手術中も、結構不思議なことがあった気がするんだけど…よく覚えてないのよね。 いつか見た、夜の夢が重なっただけだったのか…全身麻酔がくれた幻なのか…そんなこんなで、手術から帰ってきて、日常生活へ戻る間に、その看護師さん…師匠に、いつの間にか持ってた耳かき棒で、ご耳愛の手ほどきをしてもらったってわけ。 だから、まだ私は道途中の半人前。 おさげも半分よ。 ふふ…つまんない独り言だったけど、お芋を食べきる時間には足りたかしらね。 私はもう、お母さんの手を握る事できないけれど、君はできるでしょ。 ほら、こんな風に…ぎゅって…。 ぎゅって、ぎゅ~って…。 んふふ、恥ずかしがらずに、握り返して…はい、にぎにぎ♪ どうかしら…あったかい? 季節のせいで感じるわけじゃないわ…これはいつだって同じもの。 命の…ぬくもりよ。 これは…ひとりだけで感じるものじゃないわ。 わけあって、初めてうまれる。 んふふ…いいじゃない…授業なんて、数日さぼったって、たいした違いはないと思うわ。 ええ、私はそういうトコには悪い娘だからね♪ 空を見上げて黄昏てるだけじゃもったいないわ…お芋でも持って、会いに行けばいいじゃない。 とっておきなんだけど、このお芋が買えるところ、教えてあげるから♪ あらあら…甘い物にちょっと塩をかけるとおいしくなるっていうけど、涙をふりかけすぎるのは、どうかと思うわよ。 さ、立って…んしょっと! はい、私に並んだわね。 どうする? 君が決めればいいわ…一歩目は君が。 君がどうしても、私はここにいる。 秋がつるべを落とすまで、虫のオーケストラがはじまって、月のスクリーンにススキ穂が映るまで。 私は君の隣にいるわ。 んふふ…迷うくらいなら、行くのよ。 お芋を買って、そのまま、ここからたてばいいわ。 行くのよ…お母様のところへ。 迷ってる間に機会は逃げていく…決断の時がわからないなら、それは今よ! この紬愛莉が傍にいる今。 どうしても怖いなら…私が一緒に踏み出すわ…はい…いち、にーの、さんっ! んふふ、ほら…私より先に一歩出たじゃない。 その感じ、忘れちゃだめよ…さ、お芋やさんに行くわよっ! 急いで急いで、閉まっちゃうから! (了)

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