Track 2

ご耳愛、味わってみなさい

はい、それじゃあ…んしょ、ちょっと端に寄ってと。 小春日和は数あれど、こんな暖かな日はそうないから…ここでしましょ。 大丈夫よ…このベンチは、ここまで入ってこないと、誰からも見えないわ。 そんなの、君のほうがよく知ってるかと思ったけれど。 んふふ…ただし、ご耳愛部の部室からは、よぉく見えるけれどね♪ さ、私の膝をかしてあげるわ。 特別よ…だかぁら~…こっちに来てみなさい。 んっ、いらっしゃい。 はい、こっちを向いて…と。 この向きじゃ、旧校舎の壁くらいしか見えないから、趣(おもむき)は足りないかもしれないわね。 それとも、先に…私の方を向いておく? ふふ…じゃあ、校舎の向こう、いわし雲を数えているもよし、舞う落ち葉を愛しんでもよし。 はい、始めるわよ。 んっ んんっ ふぅ んっ んっんっ んはっ どうかしら…私のご耳愛。 そう…耳かき、学校でプールがあった日の夜、お母様がしてくれたのね。 思い出の扉を開ける手伝いが出来て、本望ではあるわよ。 んふふ、水泳をしたあとって、いっぱいとれるわよね。 こんな事してる場合じゃないって思ってるかしら。 けれど、そんな事はないわ。 実は…私もね、大病で病院生活をしてたのよ。 もちろん、だからって君のお母様の気持ちがわかるってわけじゃないわ。 私は私でしかないからね…けど、白い部屋から外を見てると、孤独に思う片方で、あの人やあの人は、どうか普段通りでいて欲しいなって思うものなの。 まぁ、女の子に屋外のベンチで膝枕してもらって、耳かきご耳愛が、お母様の望んでる普段通り、かは、わからないけれどね♪ はいはい、続けるわ。 んっ んんっ んはっ んあっ はい、梵天でこしょこしょするわよ。 んっ んっ んんっ んっ んっ 思い出す? 見上げた蛍光灯の色とか、実家の居間にある時計のちくたく、窓の外から聞こえてた音…。 もう、この歳じゃ、お母様にまた耳かきしてもらうって事はないでしょう。 けど、君が思い出してるもの、それはお母様もきっと知ってる。 勉強で英単語や年表を覚えること、記憶するっていうけど、君のそれは、お母様の記憶と二つ重なって、想い出になってるのよ。 だから、覚えてる、だから忘れない…。 ふふ、縁起が悪いかしら? けどね、何を思っても、しかめっつらしてるよりは、いいと思うわ。 さ、仕上げね。 お母様の耳かきにあったかは、わからないけれど。 ふー、ふー、ふぅ~。 ふぅ~~、ふぅ。 ふぅ~~~~。 驚いた? これは、私の流儀…これが私のご耳愛。 ふふ、驚いてるわりに、いい顔してるわよ。 ふぅ~~~、ふぅ、ふぅ~~~。 ふぅ、ふぅ~。 ふぅふぅ、ふぅ~~。 ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~~。 はい、こっちはOKね。 体の向き変えてくれるかしら。 そう、待望の私がいっぱい見える方向ね。 んふふ…はいはい、秋の景色よりはつまらないと思うけど、我慢してちょうだい。 はい、こっちのお耳を拝借。 んっ んんっ んふぅ んっ んんっ んふぅ、んっ んんっ んっ ふふ…恥ずかしいなら、目をつむっててもいいのよ。 つむった? ね…何が見える? 見えるでしょ…さっきまで君の目は空を見てたんじゃない? なら、その蒼さが、目を閉じても残ってる。 感じて…夏のように強い色じゃないと思うけど、すぅっと想い出に帰る色をしてない? 秋空って不思議よね…空の高さなんて、地面から見上げる私たちにとって、季節で変わるなんて事感じられるはずないのに、秋の空は高いって思える。 月並みだけど…君が今、まぶたの裏に見てる空…それはお母様が病室から見てる空とつながってる。 空は色んなものを映すから、君のしかめっつらだって、届いちゃうわ。 だから、こんな事してていいのかっていう顔より、安らかでのびのびした笑顔のほうが、病気にだって効くんだから。 んっ んんっ んはっ んあっ ん、梵天するわよ…はい。 んんっ んっ んっ んっ んんっ んはっ んっ はい、こっちも仕上げよ。 くすぐったいかもしれないけど、我慢してね。 ふぅ~~~、ふぅ、ふぅ~~~。 ふぅ~、ふぅ~~。 ふぅ、ふぅ~~、ふぅ~。 ふぅ、ふぅ~ふぅ~。 んふふ、まぁだ、まだダメ…。 だって、私がお耳ふーふーする度に、震えてハムちゃんみたいで、かわいいんだもの。 ふぅ~、ふぅ~、ふぅ、ふぅ~♪ ふぅ~ふぅ~、ふぅ、ふぅ~♪ ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ~♪ んふふ、楽しくなってきちゃうわ♪ ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~♪ ふぅふぅ~、ふぅ~~~♪ ふぅ~♪ 名残惜しいけど、おしまいよ。 ほら、上を向いて、見て…。 何が見えるかしら? ふむふむ…この片方おさげはね、くるくるまわって、赤ちゃんをあやすオモチャじゃないの。 これは、憧れと、まだまだ半人前っていう自戒みたいなものよ。 ほらほら、他には何が見えるの? うーんと、あのね…。 かわいいっていう単語に、「意外と」なんて枕詞はいらないのよ。 ん、まぁ…悪い気はしないけれどね。 それより、もう少しだけ、世界を広げてみて。 そう…私が映る、君が見る世界。 くすみかけた緑、燃える赤、お魚雲の白、海原色(うなばらいろ)の青。 やわらかだけど、しっかりと届く、太陽の色。 それを見て、どう思った? 寂しい? 切ない? 秋空だから、人恋しい? 色々な感情があって、まぜまぜの世界にいても、すぅ~って、自然と息が出来たかしら。 ならいいわ…。 しかめっつらには、悪が憑く…言葉(ことば)、紬愛莉。 なんてね…。 だから、君は笑いなさい。 君を見たとき、お母様が笑ってくれるよう…君が希望の色になれるよう。 けど、人は人だから…鏡に映る自分が嫌な時もあるし、どんなに磨いても鏡は曇ったままの時もある。 だから…どうしても笑えない時もあるわ…どうしたって、苦しい時は苦しいから。 だけど、それでも…そこに立ち止まるだけじゃなくって、一歩踏み出せるように。 笑顔になれるように。 思い出せるように…。 私はこう…割と近くで見てるわよ、んふふ♪