ご耳愛、味わってみなさい
はい、それじゃあ…んしょ、ちょっと端に寄ってと。
小春日和は数あれど、こんな暖かな日はそうないから…ここでしましょ。
大丈夫よ…このベンチは、ここまで入ってこないと、誰からも見えないわ。
そんなの、君のほうがよく知ってるかと思ったけれど。
んふふ…ただし、ご耳愛部の部室からは、よぉく見えるけれどね♪
さ、私の膝をかしてあげるわ。
特別よ…だかぁら~…こっちに来てみなさい。
んっ、いらっしゃい。
はい、こっちを向いて…と。
この向きじゃ、旧校舎の壁くらいしか見えないから、趣(おもむき)は足りないかもしれないわね。
それとも、先に…私の方を向いておく?
ふふ…じゃあ、校舎の向こう、いわし雲を数えているもよし、舞う落ち葉を愛しんでもよし。
はい、始めるわよ。
んっ
んんっ
ふぅ
んっ
んっんっ
んはっ
どうかしら…私のご耳愛。
そう…耳かき、学校でプールがあった日の夜、お母様がしてくれたのね。
思い出の扉を開ける手伝いが出来て、本望ではあるわよ。
んふふ、水泳をしたあとって、いっぱいとれるわよね。
こんな事してる場合じゃないって思ってるかしら。
けれど、そんな事はないわ。
実は…私もね、大病で病院生活をしてたのよ。
もちろん、だからって君のお母様の気持ちがわかるってわけじゃないわ。
私は私でしかないからね…けど、白い部屋から外を見てると、孤独に思う片方で、あの人やあの人は、どうか普段通りでいて欲しいなって思うものなの。
まぁ、女の子に屋外のベンチで膝枕してもらって、耳かきご耳愛が、お母様の望んでる普段通り、かは、わからないけれどね♪
はいはい、続けるわ。
んっ
んんっ
んはっ
んあっ
はい、梵天でこしょこしょするわよ。
んっ
んっ
んんっ
んっ
んっ
思い出す?
見上げた蛍光灯の色とか、実家の居間にある時計のちくたく、窓の外から聞こえてた音…。
もう、この歳じゃ、お母様にまた耳かきしてもらうって事はないでしょう。
けど、君が思い出してるもの、それはお母様もきっと知ってる。
勉強で英単語や年表を覚えること、記憶するっていうけど、君のそれは、お母様の記憶と二つ重なって、想い出になってるのよ。
だから、覚えてる、だから忘れない…。
ふふ、縁起が悪いかしら?
けどね、何を思っても、しかめっつらしてるよりは、いいと思うわ。
さ、仕上げね。
お母様の耳かきにあったかは、わからないけれど。
ふー、ふー、ふぅ~。
ふぅ~~、ふぅ。
ふぅ~~~~。
驚いた?
これは、私の流儀…これが私のご耳愛。
ふふ、驚いてるわりに、いい顔してるわよ。
ふぅ~~~、ふぅ、ふぅ~~~。
ふぅ、ふぅ~。
ふぅふぅ、ふぅ~~。
ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~~。
はい、こっちはOKね。
体の向き変えてくれるかしら。
そう、待望の私がいっぱい見える方向ね。
んふふ…はいはい、秋の景色よりはつまらないと思うけど、我慢してちょうだい。
はい、こっちのお耳を拝借。
んっ
んんっ
んふぅ
んっ
んんっ
んふぅ、んっ
んんっ
んっ
ふふ…恥ずかしいなら、目をつむっててもいいのよ。
つむった?
ね…何が見える?
見えるでしょ…さっきまで君の目は空を見てたんじゃない?
なら、その蒼さが、目を閉じても残ってる。
感じて…夏のように強い色じゃないと思うけど、すぅっと想い出に帰る色をしてない?
秋空って不思議よね…空の高さなんて、地面から見上げる私たちにとって、季節で変わるなんて事感じられるはずないのに、秋の空は高いって思える。
月並みだけど…君が今、まぶたの裏に見てる空…それはお母様が病室から見てる空とつながってる。
空は色んなものを映すから、君のしかめっつらだって、届いちゃうわ。
だから、こんな事してていいのかっていう顔より、安らかでのびのびした笑顔のほうが、病気にだって効くんだから。
んっ
んんっ
んはっ
んあっ
ん、梵天するわよ…はい。
んんっ
んっ
んっ
んっ
んんっ
んはっ
んっ
はい、こっちも仕上げよ。
くすぐったいかもしれないけど、我慢してね。
ふぅ~~~、ふぅ、ふぅ~~~。
ふぅ~、ふぅ~~。
ふぅ、ふぅ~~、ふぅ~。
ふぅ、ふぅ~ふぅ~。
んふふ、まぁだ、まだダメ…。
だって、私がお耳ふーふーする度に、震えてハムちゃんみたいで、かわいいんだもの。
ふぅ~、ふぅ~、ふぅ、ふぅ~♪
ふぅ~ふぅ~、ふぅ、ふぅ~♪
ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ~♪
んふふ、楽しくなってきちゃうわ♪
ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~♪
ふぅふぅ~、ふぅ~~~♪
ふぅ~♪
名残惜しいけど、おしまいよ。
ほら、上を向いて、見て…。
何が見えるかしら?
ふむふむ…この片方おさげはね、くるくるまわって、赤ちゃんをあやすオモチャじゃないの。
これは、憧れと、まだまだ半人前っていう自戒みたいなものよ。
ほらほら、他には何が見えるの?
うーんと、あのね…。
かわいいっていう単語に、「意外と」なんて枕詞はいらないのよ。
ん、まぁ…悪い気はしないけれどね。
それより、もう少しだけ、世界を広げてみて。
そう…私が映る、君が見る世界。
くすみかけた緑、燃える赤、お魚雲の白、海原色(うなばらいろ)の青。
やわらかだけど、しっかりと届く、太陽の色。
それを見て、どう思った?
寂しい?
切ない?
秋空だから、人恋しい?
色々な感情があって、まぜまぜの世界にいても、すぅ~って、自然と息が出来たかしら。
ならいいわ…。
しかめっつらには、悪が憑く…言葉(ことば)、紬愛莉。
なんてね…。
だから、君は笑いなさい。
君を見たとき、お母様が笑ってくれるよう…君が希望の色になれるよう。
けど、人は人だから…鏡に映る自分が嫌な時もあるし、どんなに磨いても鏡は曇ったままの時もある。
だから…どうしても笑えない時もあるわ…どうしたって、苦しい時は苦しいから。
だけど、それでも…そこに立ち止まるだけじゃなくって、一歩踏み出せるように。
笑顔になれるように。
思い出せるように…。
私はこう…割と近くで見てるわよ、んふふ♪