■1 序章
(音声のパン/中央 距離/普通)
お前、一人で酒を飲んでいるのか。
そうか…なら丁度いい。隣、この私が座ってやろう。
せっかくのカウンター席だ、もっと交流を深めようじゃないか。
…人間と魔族の…な、くくっ。
尖った耳に、闇色の瞳…これほど分かり易い特徴だ、隠そうなんて最初から思っていない。
ふむ…その身なりからして、お前は勇者だな。
つまるところ、私たちは敵対関係にあるわけだが、安心しろ、騒ぎを起こす気はない。
周りは人間だらけ、当然ながら魔族なんて私一人しかいない、この不利な状況で何かしようものなら、袋叩きに遭ってしまう。
…というわけで、納得しただろう? 隣、座らせてもらうぞ。
(音声のパン/右 距離/近い)
ん…どうした、まだ警戒の糸を緩めないか。
疑い深い勇者だな、お前は。
睨むばかりで酒も飲まない…まったく、口を付けないなら、私が貰うぞ。
…んく、ほう、ぶどう酒か…んく、んく…ん、ふぅ。中々美味いじゃないか。
ふふ…どうした、そんなに驚いた顔をして。
一人で寂しく飲む酒ほど、不味いものはない。
私はな、お前と話をしに来たんだ。…ここ最近、魔王軍がたるんでいるという噂を耳にしてな。
この体たらく…魔族の未来は明るくないかもしれん。
…そこで、だ。
私は魔王軍に見切りをつけ、勇者の仲間になってやろうと思ったんだ。
お前にとっても、悪い話じゃないだろう?
戦力の強化だけじゃない、私を仲間にすると多くのメリットがある。
私はこう見えて高レベルだ、強力な魔法を扱える。おまけに雑魚を寄せ付けない。
…おかしいとは思わないか? 私がお前の隣に座ってから、人が寄り付かなくなった。
これはな、目に見えない威圧感のようなものが、私の身体から漏れているせいだ。
どうやら、お前は平気のようだが…便利なものだろう?
(次の台詞を小声で)
それに加えて、もう一つ…とっておきのメリットがある。
ただ…そうだな、それを説明するためには場所を変える必要がある。
勇者よ、奥の個室へ行かないか?
…まあ、警戒する気持ちは分かる。怪しいと思わない方がおかしい。
だが、お前は酒の入った魔族の女一人に、後れを取るような奴か? 違うだろう?
それに、お前も仲間を欲しているはずだ。
今はたるんだ魔王軍に攻め入る、絶好の機会だからな。
ここぞとばかりに味方を増やそうと、この酒場を訪れたんだろう?
その証拠に、酒はあまり飲んでいなかった。
対する私は丸腰…お前のように武器も身に付けていないし、こんなところで派手な魔法を使うわけにもいかない。
どうだ? 話を聞く気になったか?
(少し間)
…ふふ、良い返事だな。では、奥の個室へ向かおう。