導入
「……ふぅっ。やはり城の中は窮屈でいかんのう。
いくら魔王たる父上との決まりでも、ずっと同じとこにいては気が滅入るというのもの。こうしてたまに抜け出すことくらいは、見逃してもらわねばかなわんて。
……さて、今日も人間共の城下町で遊ぶとしようかの。下らぬ人間共の町とはいえ、娯楽や食事に関しては目を見張るモノが、まあ、なくはないからの
城下町に入り込む結界も、既にいくつも作られておるし。勇者に見つからぬ限りは、大丈夫じゃろう」
「さて……今宵はどこへ赴くとしようかの
夜の町に繰り出したは良いものの、妾の姿は少女のそれじゃからのう……酒を飲んで楽しもうにも、一杯すら許してくれん。騒ぎを起こすのもよくないしのう……まあ、何とでもなるかの?
一先ずは酒場に繰り出すとしよう……んん?
何じゃ、お主は? ぶっさいくじゃのう……体はだらしなくぶよぶよとしておるし、顔の造形も良いとは言えん。お主のようなモノが、妾に何の用じゃ?
……妾の口が悪い? 性分じゃ。用がそれだけなら話を終えるぞ…………なに? 家を抜け出してきたお嬢様にうってつけの娯楽があると?
ほう……中々に目ざとい。妾をそう見たわけじゃな。なるほどなるほど、まああながち間違ってはおらん……それよりその娯楽とやらが気になるな。内容は秘密、と? よかろう。お主の目に免じて、そこは許してやろう。
しかし、もしもつまらぬものであったなら、その時は……分かっておろうな?
……うむ、ならば良い。案内しろ」
(ふむ。どこに連れていくのかと思えば、酒場ではないか。
酒場の奥にある扉は、来る度に気にはなっておったが、この男が管理しておったのか
さて、何をするつもりかの
真に娯楽ならばよし。まあ八、九割がたは家を抜け出してきた娘を手込めにするというのが一番の線じゃが……まあ、そのときも、妾にとって娯楽になることは間違いないのう。くくく
こやつらの死体から、多少の金銭も手にはいるじゃろうし、後腐れのない悪党というのは、何時の世も更なる悪党の餌よ)
「……ふむ。小さな部屋についたのう。ベッドもあるし、小奇麗な部屋といったところか。お嬢様を迎えるというのには、ふさわしくはないように見えるがの。
さ、それで? ここから何をするのじゃ?
大勢で狼藉を働くのかと思えば、ここにいるのはお主一人。……そんなつもりはないと? ふふっ、どうかのう。
……ふむ? まことの楽しみは、更に奥にある扉の先じゃと? 妾にはそのようなモノは見えぬが、隠し扉というヤツか。少しだけ興味がわくぞ。
なに? 扉の位置を教える前に、ここに名前を書く? 何やら色々とかかれておる紙のようじゃが……どういう理由じゃ?
………………ふむ、非合法のモノを行うので、妾が言い触らしたりせぬように、契約書がほしいと。内容を改めてから、サインをすればよいのじゃな……う」
(しまったのう……流石の妾も、人間どもが使っておる文字に関してまでは、それほど詳しくはないぞ……。酒場の料理名くらいなら読めるが、ここで使われておるのは、無駄にかしこまった少し古い言葉のようじゃしの。
……まあ、名前を知られたところで、魔王の娘であるということはバレんじゃろうし、更に言えば知られても構わん。別段困ることもないしの。ええと、人間の文字だと、妾の名前は)
「どれ……書けたぞ…………それで? 次は何をするのじゃ?
力づくで襲おうというのなら、残念じゃったのう……妾は――ぬ。本当に真名を書いたか、じゃと? くどいぞ。きちんと、メリア・ユーヴェント・アークと。そう書いた。そう、メリアというのじゃ、妾はな。
……隠していること? そんなものは――
(手を叩く音)
あるぞ。妾が魔王の娘だということがな。
……なっ、妾は、何を……お主、一体――ぐっ? 眠れ、じゃと、しまった、意識が……」