Track 4

リミッター解除

エリス:  スープが垂れているぞ。  お前は食い方が汚いな。  ほら、またボタボタと零す。  本当にお前はいつまで経っても……いや、そんなことより、リリフローラについて話しておきたいことがあったんだ。  リリフローラには感情が無いだろう。  感情というものは複雑で繊細なものだから、感情機能の実装には少し手間がかかるんだ。  リリフローラには既に感情の基盤を搭載しているが、感情データが蓄積するまでの間、感情の発現にリミッターを掛けていたんだ。  感情データは、おもに私とお前のやり取りを通して学習させている。  以前、リリフローラの代わりに私が喘ぎ声を出してやったことがあっただろう。ああいった行為もデータとして取り込んでいる。  声の使い分けや表情の変化といった微妙なものは、実際に見せたほうが早いからな。  そのデータを元に感情を形成していくんだが……感情の発現にリミッターを掛ける理由が分かるか?  今のリリフローラは、知識はあるが経験が欠けている状態だ。  人間に例えるなら、社会から隔絶した狭い部屋の中で生まれ、その中でひたすら本を読んだりテレビを観て過ごしてきたようなものだ。  そんな状態で一度に全ての感情を発現させてしまうと、多感過ぎて人格が歪んでしまう危険性がある。  そこで、感情のリミッターを段階的に外していって、徐々に人間らしい人格を形成していこうと思う。  一口に感情といっても、色々な分類があるからな。  とりあえず、六情と呼ばれる六つの代表的な感情を中心に発現させていくことにする。  喜怒哀楽、それに愛しさと憎しみ。これで六つだ。  その中から、既に二つのリミッターを解除してある。  それがリリフローラにどのような変化を齎したかは……実際に見てもらったほうが早いだろう。  よし、食い終わったな。  では早速リリフローラのもとへ……待て、口の周りにスープが付いたままだぞ。  あー、いい。私が拭ってやる。  まったく……しょうがないな、お前は……もう少し落ち着いて食えんのか。  フ、フンッ。味の感想などわざわざ報告せんでいい。  この私が作ったんだ、美味しくて当然だろうが。  さっさと行くぞ。 リリフローラ:  フーン、フンフフンフフーン。  あ~ん、嬉しい~、部屋が綺麗で嬉しい~。  丁寧に磨き上げられたイルカの置物が、窓から射し込む陽射しを浴びて、より一層の輝きを放っているわ。  この部屋の清掃を担当したのは誰?  そのハウスキーパーにチップをやりなさい。この素晴らしい仕事ぶりに見合うだけのバナナチップを。  はぁ~ん、テーブルも綺麗~、広い~。  レロッ、レロレロッ。  こんなにテーブルを舐めても舌に汚れが一切付着しないなんて……素敵~。レロレロッ。  優雅な昼下がりに思う存分テーブルを舐められる幸せ……はぁ~んっ。レロレロレロレロ。  イルカの置物も……レロッ、レロレロッ、はぁ~んっ。  除湿機も……レロレロレロレロ。 エリス:  この有様だ……。 リリフローラ:  あっ、こんにちはドクター・エリス。  そちらの方もこんにちは。  あなたがこの部屋を掃除してくれたんですか?  えへ、ありがとうございます。  これはほんの感謝の気持ちです。受け取ってください。 エリス:  なんだこれは。 リリフローラ:  200本の輪ゴムで作った輪ゴムです。 エリス:  は? リリフローラ:  あのですね、輪ゴムを口に入れて転がすと、唾液がいっぱい出て楽しいんですよ。  だから200本の輪ゴムを結んで1本の輪ゴムにしたら、1本で200倍楽しめるじゃないですか。ねっ。 エリス:  はぁ。 リリフローラ:  あたしはもう使いましたから、あなたにあげます。 エリス:  そ、そうか……おいお前、いい物を貰ったじゃないか、はは……。 リリフローラ:  びよ~ん。びよんびよ~ん。  あいたっ!  あ、あぁぁ、ちぎれたぁ。  えへへ、すぐに結び直しますから少々お待ちを。 エリス:  おい。  今のリリフローラは、楽しみと喜びのリミッターを外した状態だ。  性行為中、感情表現を正常に行えたかどうか、後で感想を聞くからな、頼んだぞ。  お前は、楽しみと喜びの違いが分かるか?  簡潔に言うと、楽しみは持続的な感情で、喜びは瞬間的な感情だ。  セックスという楽しみと、オーガズムという喜びを、リリフローラに教えてやれ。 リリフローラ:  二人でなんの話をしてるんですか? エロですか? エリス:  ああ、いや、こいつに花言葉を教えてやってたんだ。  リリフローラの名前を付ける元になった、木蓮という花があるだろう。木蓮の花言葉はな、持続性だ。  おいお前、ちゃんと楽しみを持続させろよ。早漏は嫌われるぞ。ククッ。  じゃあな、後は頼んだぞ。