ゆきの添い寝(安眠導入)
;////////
;Track5 ゆきの添い寝(安眠導入)
;/////////
;環境音(洞窟内)F.I.
;1/前
「あ――」
「一緒に寝ると……はううっ――おかお、近かとねぇ。
近くて……近くて……ううっ――
ゆき、こぎゃんすずしかとこなのに、かけぶとんもかけとらんのに――((呼吸音))」
「あぅ~……ん……おかお、あつぅて――
なんだかあつぅて――とろけそお――え?」
「あ! そぎゃんとね。
おたがい、上ば、天井みれば、ちかくにおっても、
お顔とお顔は、ちかづかんもんねぇ」
「おにいさん、頭よかとねー。
ほんなら、ね? いちにいさんで一緒に、
ふたりして天井むこぉね?」
「ほんなら、いくとよー。
いち、にぃ、さん、えいっ!?」
;SE 寝返り
;7/左
「(呼吸音・荒――)((呼吸音・やや荒――)(呼吸音――正常)」
「あ……不思議。お顔のあついの、冷めてきたとよ。
おとなりに、こぎゃんと近くにおにいさんがいるのは変わらんばってん――
お顔とお顔が、目ぇと目が、向き合うとらん、それだけで――」
「え? 『イケメンでもないのに大げさ』って……
んん……っと……いけめんって、どぎゃんもんのことと?」
「ふんふん……(呼吸音)――目鼻立ちが整ってること――
うーん? ゆきには、人間の“整ってる”の基準ば、
よーわからんけど――」
「ゆきから見たら……うん。
おにーさん、そん、いけめん? かと思うとよ」
「だって……ね――(呼吸音)――
ゆき、まぶたば閉じても――うん。
はっきり、その裏に描けると」
「おにーさんの目の――瞳の、ひかり」
「おにーさん、そん目の、いちばぁん深いところに、
とっても綺麗な結晶ば、そおっと隠しておるとでしょお」
「……雪の、氷の結晶よりも――
もっと透き通っているほどの、思いの結晶。願いの結晶」
「ん……(呼吸音)――
そん願いがどぎゃんもんか、ゆきにはまだ、そこまでは見えんばってん」
「ほんでも、わかると。
おにいさんが抱えとる思いは、願いは。
とっても大事で、誰にも汚せんもんって、わかるとよ」
「やけん、ね? やっぱりおにいさんは“いけめん”――
って――あれ? あれ? あれ? あれれえぇ」
「ゆき、どぎゃんしたとかねぇ。
おかしぅなってしもうたのかねぇ?
瞳ばとじて、お兄さんのこと思い出してるだけなのに――」
「お顔とお顔、目ぇと目と。少しも、向き合わせたりしておらんとに――」
「……お顔が熱ぅて――
ううん? あれ?
お顔だけじゃなく……体全部も――こころまで、ぽかぽかしてきて、ぽーっとしてきて……(呼吸音)――」
「え?――あ! うん。
そぎゃんとしたら、落ち着けそお。
うん。とーってもよかかんがえやねぇ」
「ほんなら、ね? ゆき、おめめだけでなく、
すこぉしおくちも、閉じてみるねぇ――ん……」
「(呼吸音)×4」
「(呼吸音)×4」
「(呼吸音)×4」
「(呼吸音)………ん――。
うふふ。あんねぇ? おにいさん。
お口ずうっととじとると、いろんな音が聞こえるねぇ」
「とくん、とくんって――こいば、人間の音よねぇ。
人間の胸の、心臓のおと」
「こん音やったら、しっとるけん。
むかし、むかしね? おおむかし」
「人吉、球磨に、長ぉ長ぉ、
雪の降り続いてしもうたことば、あってね?」
「そいば、天のカミさんのはからいやけん。
ゆきみないなただのあやかしには、
やませるなんて、とてもできんことやったばってん――」
「人間たちは、よっぽど困ってしもうたんやろうねぇ。
そんなん頼んどらんのにねぇ?
『生贄』ゆーて、女の子をよこしたんよ」
「いてもろうても仕方なかよね、生贄なんて。
雪の山なかずっとおったら、
そのこ、本当に凍えてしまうし」
「やけん、来たとこに返そうて思うたら、
『帰ったら、逃げたと思って殺される』なぁんて、
えらいぶっそうなこと言いよるんよ」
「仕方なかけん、ちょっとは昔っから付き合いある村。
山のこっちの、球磨のむらまで、
ゆきね? そのこをつれてってあげたと」
「『大事に育ててあげてくなっせ』って。おねがいしたと。
そうしたらねぇ。次の日。
雪ば、うそみたいにぴったりやんで」
「まっこと偶然だっただけの――
ううん。ひょっとしたらそいも、天の神様か……
人吉球磨の土地神さまの、はからいだったのかもしれんねぇ」
「ともかくなぁ?
形としては、その子が大手柄をたてたことになったとよ。
『生贄に送った娘が、雪御嬢様に気に入られて、雪がやむように頼んでくれた』――って」
「で、そのこ――ゆきとおんなじお名前ばした、雪ちゃんが――わりとちょこちょこ――ゆきのところに、お使いにきてくれるようになったんよ」
「んふふっ……氷の櫛で、髪ば溶かしてあげたのも――
雪ちゃんにしてあげたとが、一番はじまり。
やけんね? うふふっ――
さっきおにいさんが気持ちいいっていうてくれたんは――
雪ちゃんせんせの、おかげなんよ?」
「そぎゃんして、夏ば来て冬ば来て、夏ば来て冬ば来て――なんどめかなぁ、ひょっこり訪ねてきたゆきちゃんば、いままでと全然、ちごぉてたんよ」
「おなか、ぽんぽこりんに大きゅうしてね?
綺麗におめかしばして――
頭ばさげて、りっぱにご挨拶しよるんよ」
「『あのとき、雪御嬢様に助けていただいたおかげで、
幸せを授かることができました』って……え?」
「――うん。そぎゃんと。
ぽんぽこりんのおなかの中には、赤ちゃんばいたと。
雪ちゃんね? ゆきに……(呼吸音)……
よかったらおなかに耳ばあてて、聞いてほしかとっ――
うふふっ、おねがいしてくれて」
「なんば聞こえるのかなぁって思うたら。
とくん、とくんって――人間の音。
あったかな音。とくん、とくんって、何度も何度も」
「あんまりあったかすぎるけん。
……ゆきは、雪御嬢やけん……(呼吸音)……
――お耳ば、すぐに離したと」
「おなか冷やしたらいけんって……
ゆき、ものすごぉそう思ったけん……
ずうっと聞きたか音だったばってん――」
「ううん、ずうっと聞きたか音だったけん。
ゆき――お耳ばすぐに、離したとよ」
「やけん、ね? うふふ、いまね? しあわせ。
ここちよか音。おにいさんの音。
おにいさんの体の奥からの、とくん、とくんってあったかな音」
「ずうっと聞いていたかった音――
こうして、一晩だけでも聞かせてもらえて……え?」
「『聞きたいなら、一晩だけじゃなくても』――って……えっ?」
「あ……(呼吸音)――あ――う、ん。
もしも叶うことなら……うん。
ゆき、もっと――もっとおにいさんと一緒にいたかと。
あ――けど……」
「けど……ね? おにいさん。
おにいさん、こぎゃん洞窟の中で――
何日も、何月も、何年も――長くはきっと、くらせんでしょお」
「人間には、おひさまが――あのあっついのが――
どうしても必要だって……ゆきにも、そんくらいはわかるけん――え?」
「『なら、おひさまの下で、一緒に暮らせる方法を考えればいい』……って――あ――え……え、と――はうっ」
「あの……おにいさんも、おもぉてくれると?
ゆきと――もっと――ずっと一緒にいたい、って――」
「……(呼吸音)――あ――あ――うれしか――
えへへっ――ゆき、うれしかと。
うれしぅてうれしぅて――いまにもとろけてしまいそぉ」
「ばってん――とろけたら、一緒にいれんよーになっちゃうけんね。
やけん、ね? 一緒に考えよ?
おにいさんとゆきが、ずっといっしょにくらせるよーな。
そん仕組み……あ」
「あの、ね? おにいさん。
車の中ばきんきんに冷やしてくれとった――
ああそう、クーラー……あれば、例えば、おうちのお部屋でも――あ――使えると? 使えるんなら、よかとねぇ」
「ほんなら……そこらへんをうまいことできたら――あ――ふあ――ァ――」
「あ……うふふっ。おにいさんもあくび。
ゆきのあくびば、うつしてしもぉたねぇ」
「……うん――うん。……(呼吸音)……よねぇ……
今日はふたりで、こころもからだも――うふふ――
ずーっと一緒に、たくさんたくさん、うごかしたもんねぇ」
「それに……明日も――おにいさんと一緒にいれるんやったら――今夜無理して――ねむいあたまで――ふぁ――考えんでも……よかよとよ……ねぇ――え?」
「ん。もちろん。
うふふ――子守唄。
まさかゆきが、となりで眠るだれかのために――
おにいさんのために――
歌える日が来るなんて、ゆめにも思うてなかたと――」
「ほんなら、ね?」
;環境音F.O.
;静かに歌唱
「♪おどま盆ぎり盆ぎり
盆から先きゃおらんと
盆が早よ来るりゃ 早よもどる」
「♪おどまかんじん かんじん
あん人達ゃ よか衆(しゅう)
よかしゃよか帯(おび) よか着物(きもん)」
「♪おどんが打死(うっちん)だちゅて
誰(だい)が泣(にゃ)てくりゅきゃ
裏の松山 蝉(せみ)が鳴く――あ――」
;以下、ずっと囁き
「……(呼吸音)――おにいさん、寝てしもーたと?
(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)――
んふふっ。ゆきの子守唄で、ねむってくれて――
ありがとぉ」
「ほんなら、ゆきも――
うふふっ、おにいさんおやすみなさい」
「ばってん――あぁ――ゆき、ねむれるかなぁ。
うれしゅうて、どきどきってして、ぽかぽかして――
やっぱり、とろけてしまおそぉ」
「やけん、ね? ……おにいさん。
ゆきの、たいせつなおにいさん。
ゆきが、もしもとなりでとろけてしもおたら――」
「そんときには、ね?
ゆきのこと、しずくもぜえんぶ……えへへっ――
うけとめてくれたら、うれしいなぁ――ぁ――(あくび)」
「ん……こんどこそ眠れそお。
おやすみ、おにいさん――またあした」
「(寝息X4)」
「(寝息X4)」
「(寝息X4)」
「(寝息X4)」
;おしまい