ロリ吸血鬼ご主人様に看取られ
「月よ。我らが力の源となる、美しき夜のランタンよ。
今宵、我が肉体の一部と新たな存在を歓迎せよ。
黄金の鐘を昏く、深く、高らかに鳴らし給え。
巡り巡る久遠の命。盟約にその輝きを捧げよ。
これより、転生の儀を行う。」
こんな感じでいいかしら? まあこんなの適当でいいのよ。
雰囲気さえ伝わればいいの。あんたたち人間もやるでしょう?
動物を殺す前に「頂きます」って。それと同じ。
これは、あんたを美味しく頂くための儀式よ。
わたしの最後のワガママなのだから、しっかり付き合いなさい。
安心していいわ。
お望み通り、血の一滴、骨の一欠片まで残らないように、ちゃんと食べてあげるから。
あんたは「生まれ変わる」の。私の血肉としてね。
さぁ、そろそろクスリが効いてきたかしら?
だんだん、身体に力が入らなくなってきたわね?
あれ、言ってなかった?
さっき、あんたに食べさせてあげた、わたしお手製の最後の晩餐があったでしょう?
あれにはね、先祖代々受け継がれてきた、特製のおクスリが入ってるのよ。
他の生き物なら、軽く絞めてしまえばいいんだけど、
人間はね、いざ血を全部抜いてしまおうとすると、突然泣き出したり怒ったり、
下手すると暴れるようなこともあるのわけ。
火事場の馬鹿力って奴かしら?
暴れるのはまあいいのだけれど、いざ食べます!って時に大声で泣かれると私も食欲が減るの。
あんた、屠殺場って見たことがあるかしら?
暴れて死んだ肉は美味しくないのよ。だから安らかに死なせてあげるの。
ニンゲンだって同じ。そのために、このおクスリを飲ませるわけ。
身体に力が入らなくなる毒と、心がどんどん安らいでいく毒。
しかも風味もよくなる上に肉の日持ちも良くなるから、一石二鳥なのよね、これ。
なんだか、心地よくなってきたでしょ?
どんどん、身体から力が抜けていって、
それに合わせて、揺らぐ心もどんどん静かになっていく、
真っ暗で、静かな世界に、私の声が響いていく。
最後には、痛みも苦しみもなく死ねるから、安心していいわ。
それにしても、ニンゲンって儚いわよね。
ちょっと毒を飲ませただけで、すーぐ大人しくなっちゃう。
平凡で、簡単で、単純で、愚かで、弱くて、それでいて、いじらしくて可愛くて、美味しい!
わたし、人間って大好きよ。本当に、大好き。
「夜よ。生きとし生けるもの全ての者から、夜の眷属を隠すヴェルヴェットの幕よ。
今宵、定命より転生するこの者を秘匿せよ。
これより我らは死を乗り越え、穢れなき闇を征く。
忌むべき陽の光を遮り、行く手を示し給え」
ほんと、太陽の光って下品で嫌いだわ。月の光は静かで、綺麗で大好き。
確か、あんたに出会った時もこんなに綺麗な月の日だったわね。
いつものようにわたしの舌を満足させる「味」を探していたら、目障りな奴らに追われて
深夜の裏通りを、布くずみたいにボロボロになって歩く、痩せ細ったあんたに出会った。
そういう後ろ暗いヤツは後処理が楽だからと思って追手を追い払った後、
よく見たらこいつ、食べる所全然ないじゃない!ってガッカリしたわ。
それであんたなんか食べる価値もないと言ったら、突然あんたが土下座し始めて
「貴方にこの身体を捧げます。私に時間をくれるなら貴方が食べるに相応しい人間になってみます。それまで待ってください」……だったかしら?
てっきり命請いか、あるいは時間稼ぎの見世物が見られるかと思ったら、まさかの家畜にしてください宣言だものね。
笑ってしまったわ。味見をしたら及第点だったけれど、逃げられるのも癪だから、
「月一回、満月の夜に血液を吸わせてくれるなら、一年間待ってあげる」
って約束したら、あんたびっくりするぐらい笑顔になってさ。
「是非やらせてください!」って笑顔で答えるんだもの。
てっきりわたしは、その場を乗り切るための演技だと思ったのよ。
嘘をついたら追っかけていって殺してやろうともね。
でも、本気だったのだから、ほんとうに面白かったわ。
そんなに生きてるのが楽しくなかったの? 自殺志願者なの?
自らに意味が見いだせないなんて、ニンゲンは難儀よね。
それからよね。あんた、月に一度の吸血の日のたび、見る度にどんどん健康になって。
そんなに元気になるの!?ってわたし、会う度に面白くなっちゃったわ。
どんどん血も美味しくなっていって、顔色もよくなっていって。
七度目ぐらいだっけ、いい笑顔で言ってたわね。
「貴方のおかげで、人生の目標が見つかったんですよ」って。
死ぬために元気になっちゃって、あんた、本当に馬鹿だわ。
……まあ、そんな馬鹿なニンゲンが居てくれたおかげで、ここ一年間わたしは味わうのに困らなかったんだけどね。
あんたは知らないかもしれないけど、結構、「味」探しも苦労するのよ?
最近はあんまり、わたし達が狩りをできるような暗闇もない……抵抗されたりして面倒だし。
あと、いざ血を吸って、不味かったら意味がないからね。
だから、わたしのために頑張ってくれたことには、心の底から感謝するわ。
一年間お疲れ様、ありがとう。
あんたの努力、無駄にしないわ!
…………。
……正直ね、「このまま、生かしておけば安定して血が吸えるなあ」って考えたわよ。
考えたんけどね……もうだめ。
血が美味しくなると、肉の味も美味しくなってるんだろうなあ……ってわかってしまう。
鼻が、舌が、胃が、脳が!
「こいつを早く食べてしまおう」って語りかけてくるのよ。
もう、我慢できない……。こんなの生殺しだわ。
素直に言うとね、八回目ぐらいから「もうここで掻っ捌いて食べてしまおうかな」って思ってたの。
けれど、自分で決めた約束だから、守らないとただの獣になってしまうわって、ちゃんと我慢したのよ。食物連鎖から外れたこの不死の身体がニンゲンの上位種たる所以は、食事を「完全な嗜好」とできることなのだから。
それにね!我慢に我慢を重ねて、崩す瞬間が一番楽しいのだわ!
まさに「生きてるって感じ」がするってやつ?
さてさて、久しぶりの肉……どうしようかしら。
まずは生で、素材の味をしっかり楽しまないと損よね。
柔らかい部分は軽くローストして、塩を振って……硬い部分は、しっかりハーブと一緒に煮込んでやれば……。
骨はどうしようかな。軽く炙っておつまみにするのが好きなのよねえ。
ああそうだ。血を混ぜるワインの瓶も用意しなきゃ。しばらくは新鮮な血のワインを楽しめるの。あぁ……それは最高なのだわ。
……さぁ、もう充分にクスリが効いてきたでしょう?
身体は動かない、心は安らいで……わたしに食べられる喜びで、どんどん胸がいっぱいになっていく、そうでしょう?
ついに、あんたが望んだ瞬間がやってきたのだわ。
この日のために、頑張って生きてきたんでしょう?
もう一度言うけど、本当にありがとう。
大丈夫よ。
あんたの血液も、身体も、心も、思い出も、ぜーんぶ、一欠片も無駄にせずに
わたしの身体の一部となって、これからも生き続けるんだから。
身体は、どこも残さずに美味しく食べ尽くしてあげる。
そして食べ終わったら、あんたの事を何度だって思い出して私の記憶の中で愛でてあげる。
「ああ、あんなに愉快で、美味しいニンゲンが居たの、本当に嬉しかったなあ」って。
長い人生で、何回も何回も思い出して、反芻して、咀嚼してあげるの。
つまりね、何が言いたいかって言うと、
あんたの人生の全ては、どこも捨てるところなく、わたしの為にあったって、胸を張って言えるわけ。
嬉しいでしょう?
だから、安心してわたしに食べられるのだわ。
「最後に血よ。我らが生きる源たる、純粋たる渇望よ。
この者の血肉を、そして、生きた全てを我に還元したまえ。
咀嚼の悦びと嚥下の愛情をもって、この者を救済したまえ。
今日、この日の儀は我とこの者の、契約であり、希望である。」
ありがとう……いただきます!