Track2
澱んだ空気を入れ替えるため、窓をお開けします。
……夜風が気持ちよいですよ。少々肌寒くはありますが。
すー、はー。
お屋敷の方はまだ明かりがついております。
……ご当主様も、まだ起きていらっしゃるのであれば、ご主人様の顔を見に来て頂ければよろしいのに……。
本当なら、ご主人様もこのような小屋でなく、街の大きな病院でもっと良い治療を受けられるはずですのに。
お金ならいくらでもある筈でしょうに、こんな庭の片隅に作った、まるで牢屋みたいな小屋に押し込め、食べるものも余った食材でしか作らせて頂けない。
ご主人様。ご主人様は私のことを恨んでいらっしゃいませんか?
もとは卑しい身分だった町娘をメイドとして雇って頂いて、そのことには感謝しております。
ですが、そのせいでご家族からも疎まれ……。ご病気で倒れてからはこのような扱いで……。
……私は、どう思ってるのか、ですか?
私は、ご主人様に拾われてからずっと幸せでございます。
ご主人様が、私を拾ってくれたおかげで、泥の中を這い回るような生活をやめる事ができました。
あの時の私は、湖の近くの貧民街で食べ物も、衣服も、奪って暮らす。
表だっては言えないような手段で日銭を稼ぐ。自分の今日のことしか考えない、そんな日々を送っていました。
恵まれている人間から、少々掠めたところで、奴らの懐は傷まない。
そう、本気で信じておりました。いえ、信じていた、は嘘ですね……。
そう「自分に言い聞かせて」いたのです。
あれは……、確かこれぐらい肌寒い夜の事、でしたね。
あの夜の私は、一人の貴族からポケットから財布を掠め取ろうとして、
うっかり足がもつれて兵士に見つかってしまいました。
その私を貴族のお坊ちゃま……ご主人様が私を庇ってくださいました。
「ああ、財布を落としてたんだな。拾ってくれてありがとう」と……。
今思い返しても、下手くそな芝居でした。そして、私は呆気にとられたのです。
そのまま手を引いて、街の外れにある、湖まで引っ張ってくれましたね。
そこで、まるで新しい友だちができたみたいに、私に自分の事をペラペラ喋って……。
あげくの果てには「一緒に遊ぶ友達が欲しいから、私のメイドになってくれ」と。
とんだ世間知らずだな、と思いました。あるいは、なにか裏があるに違いないとも。
でも、貴方は違いました。屋敷に連れて帰って、私にメイドとしての立場を与え、
胸を張って、これこそが私の生きる道だ、と言えるような人生をくれたのです。
今日も明日も無いような生活を送る私を、人間にしてくれたのがご主人様、あなたなのです。
ですから、ご主人様。絶対、病気にお勝ちください。
そうしてもう一度、あの湖まで一緒に歩いていけるようになりましょう。
歩けるようになって、そこから、これまでの遅れを取り戻すためにお体を鍛え、勉学に励み、ご当主様を見返してくださいませ。
ご当主様はきっと、このままご主人様の弟君を跡継ぎに据えるつもりでございます。
ですが、この私が、ご主人様のメイドとして鍛えさせて頂きます。
ご主人様を、そしてご主人様の選んだ私を、一人前の存在として、この家の人間全員に認めさせるのです。
ふぅ、熱くなってしまいました。
だいぶ部屋の中が冷えてきましたね。
お手も寒くございませんか?
窓を閉めさせていただきます。
さて……、そろそろ遅くなりましたし、ご就寝ください。
寝て体力をつけるのも、ご主人様の役目でございます。
そういえば今日、メイドたちから素晴らしいおまじないを聞いたので、試してから帰らせていただきます。
目をつぶってください。絶対開けてはいけません。
ちゅっ……
……はい、大丈夫です。これで絶対、よくなります。
それでは、おやすみなさいませ。
よい夢をご覧になられますよう。