Track6
……なんだか、寒い、ですね。
お手を、握ってもよろしいですか……? ご主人様。
……ミセリアは、ご主人様のお側にいられるだけで、……っ……温かい、です。
やっぱり、ご主人様の側は、あったかくて、ぽかぽかします……。
ご主人様、お寒くないでしょうか。私が温めて差し上げます……。
はーっ…ごしごし……。
……こうして温めあってると、思い出しますね。あの、約束の湖での夜……。
あの夜も、こんな感じの寒さだった覚えがございます。
ただのドブネズミであった私に、キラキラした目で夢を語ってくださって、
そのための付き人としてメイドにしてくださると、ご主人様が仰ってくださった場所……。
そして、二人で、寒かったから、手を握りあって合って座って、これからの事を語り合い……。
最後に、絶対に裏切らないって、約束しましたね……。
あれが、私の人生の本当の始まりでした。私にとっての運命の場所……。
そして、ご主人様が、動けなくなってからは、再起のための目標だった場所。
……本当に、あそこまでたどり着けなかった事が、私の一生の心残りです。
ご主人様がご病気で倒れられた時、すでに……心の奥底では、
いつかこのような日が来ることはわかってたんです。
そこから、必死に足掻くふりをして、ご主人様の状態を認めず、向き合ってこなかった。
そして、毒にも気付かず……結果的とは言え、自らの手でご主人様を殺めることになってしまった。
私は、本当に、メイド失格です。
その罪とは、一生、向き合っていかないといけないのです……。
ご主人様は……、いえ、ご主人様も……、やはり、心残りです、よね?
もう一度、あの場所で、二人で新しい夢を語り合いたかったですよね……?
もしかして、それすらも……、私が早まった結果だったのでしょうか……。
ただ、私だけがあの場所の事をずっと考えて居たのでしょうか……。
それでも……やはり今からでも遅くは……いいえ、それはもう……叶わぬこと……。
……悔しい。本当に悔しいです……。
……うう、寒い……。もっと、近くによっても……よろしいでしょうか。
……抱きしめて、いいでしょうか? 私の身体で、ご主人様のこと温めますね。
ぎゅぅぅ……うぅ……ぎゅぅぅぅ……
ご主人様?でも、本当に、幸せですよ、私。
あの湖にはたどり着けなかったけれども、
最後に、ここでご主人様と思いを通じ合わせることができて、
私、本当に、本当に幸せです……。幸せでなければいけないのです……っ!
ここが、ご主人様と私の、新しい約束の地になる。そう思うのです……。
もし許されるのなら……、この、お腹の子供に、
この部屋で、毎晩寝る前にあなたがどれだけ素晴らしかったかを語り、
気高く、優しい人間として育てることを、約束いたします。
そして、あなたがくれたもの、私がちゃんと、受け継いで残していきます。
あなたという存在が、ここにいたことは、絶対にお忘れしません。
だから、絶対に、ご主人様は大丈夫です……。
だからっ……安心して……旅立たれてください……。
うっ……ううう……口に、出すと、やっぱり、辛いですね……。
でも……、もう二度と、私は間違いません。
ああ……お身体が、どんどん、冷たくなっていく……。
大丈夫ですよ、ご主人様……。大丈夫……大丈夫……。
絶対に、ご主人様は大丈夫ですから。
きっと……いいえ、かならず。
何か、最後に、私にお世話できることは……ございませんか……?
……旅立ちの前に……お体をお清めさせて頂けませんか?
メイドとしての最後のご奉仕、務めさせて頂きます……。
お体を拭かせて……いただきます……
反対側も……失礼します……。
これで……綺麗になりましたよ……。
喉がお乾きではありませんか?
水筒から、お水を少しだけ……、唇を濡らしますね。
お辛くありませんか?美味しいですか? よかった……。
……いけせんよ、そんな不安そうな顔をしてたら……神様も困ってしまいますよ。
……そうでした!こういう時のために、おまじない、ですね。
目をつぶってください。絶対、開けてはいけません。
ちゅっ……
……はい、これで大丈夫です。
それでは、…………おやすみなさいませ。