Track 7

ありすの添い寝

;//////// ;Track5 (囁きパート) ;「ありすの添い寝」 ;//////// ;環境音F.I. ;ずっと囁き ;3/右 「(呼吸音)」 「(呼吸音)」 「(呼吸音)……ふふ、寝息、かわいい」 「何年ぶりですかね。一緒に寝るの―― ふたりきりで寝るのは……これが最初で、多分、最後だと思うけど」 「怖がるなっちゃんに添い寝してあげて―― 目が覚めたらあなたも寝てて……あれが、何年前だったかなぁ」 「……すごく、昔な気がします。 こうして思い出したら、ね? 昨日のことみたいに、鮮やかに思い出せるのに」 「(長い息を吐く)」 「……ドキドキ、します。今でもやっぱり。 とっくに諦めた恋なのに。失くしてしまった――がんばってがんばってがんばってがんばって、潰して消した、恋なのに」 「あなたの匂い。あなたの体温。 ずうっとずっと、独り占めしたかった大好きが―― こんなに近くにあるんですから。ドキドキ、それは、しちゃいますよ」 「……好きだったんですよ? ほんとうに。 あなたも知ってたでしょうけど―― あなたが知っててくれる強さの、きっと何十倍も、何百倍も」 「『もう知らない』って思うことも、 『これでおしまい』って思ったことも。 きっと、両手の指じゃたりないくらい、あったかなって思いますもん」 「それでも……あきらめきれませんでしたからね。 最後の、最後の、最後まで」 「……。あなたにもらった宝物…… ほんと、ちょっとしたものなんですけどね? 蛇が脱皮した綺麗な皮とか、窓越しに投げ込んでくれたくしゃくしゃのメモとか、『ありすっぽいって思ったから』って、あなたがくれた雑誌のおまけのポストカードだとか」 「あの日……わたし、ぜぇんぶ燃やしちゃいました。 あの日――あなたとすみちゃんの距離感が、あきらかにめちゃくちゃおかしくなった――不自然に遠くなって、すごくギクシャクしはじめた、あの日」 「『ああ、そうなんだ』ってわかって……わかっちゃって。 可能性じゃなく、確信、わたし、できちゃって。 地面、全部崩れたみたいな気持ちになって……」 「ぜぇんぶ燃やして、綺麗さっぱりあきらめようって思って――だけどやっぱり、それでもあきらめきれなくて」 「(呼吸音)…… ふふっ……どうしようもないですよね。ほんとに」 「そのあとも結局、宝物コレクション再開しちゃって―― あなたとすみちゃんの結婚式の次の次の日、 またぜぇんぶ、これでおしまいって思って、燃やして」 「そこからは……コレクション自体もうやめて。 できるだけ距離を取ろうって思って…… 東京とかね? もう、いっそ行っちゃおうかなって思った時期もあったんですよ」 「でも、なっちゃんがすごく大変だったから。 わたしにもできること――あなたを支えるために、頑張れることあったから、やっぱり茂伸を離れられなくて……ううん、離れたくなくて」 「それにやっぱり――そこまでいっても、 希望はどこかに持っちゃってたんです、わたし。 すみちゃんの願いは、いつでも『あなたの幸い』だから」 「あなたがわたしを一番だって選んでくれて―― 『有島ありすとおることが、お主の最高の幸いなのじゃな』って、いつかすみちゃんが認めてくれる―― そんな、希望を」 「だけれどそれは叶わなくって。 えみちゃんが産まれて。なっちゃんが助かって――」 「(呼吸音)」 「…………。 飛車角さんとのお別れは、わたしにとっては突然すぎて――実感、なかなかわかなくて」 「3日くらい経ってから、だったかな。 夢に、出てきてくれたんですよ。飛車角さん」 「……『透ボンのこと、夏葉お嬢のこと、すみのこと。 おまけにワシなんぞのことまで――長いこと助け続けてくれて、まっこと、ありがとうのぉ』って」 「『がんばった分、誰より幸せになれますけぇ。 ありすお嬢の空には必ず、鮮やかな虹がかかりますけぇの』って」 ;感情が高ぶりそう過ぎそうになったのを抑える 「(呼吸音)」 「……目が覚めて。ああ、夢かって思って―― そしたらね? お隣から、あなたの家から、 えみちゃんのおっきなおっきな声が聞こえて」 「『おはよおとおたん! おはよおかあたん! おはよおなつはおねーちゃん!』って」 「その瞬間、ね? もう、だーーーーって。 目が壊れたのかともうくらいに、だーって―― 涙、すごくあふれて」 「声、泣き声とか出ないんですね。ああいうときって。 ただ、喉だけが震えて、震えて。息をするのも苦しくて――」 「(呼吸音)」 「……(吐息)――いつの間にか、泣き止んで。 なんにもする気がおきなくて、ぼーっとしてて。 多分、あの瞬間なんですよ」 「わたしがちゃんと、わたしの恋を押しつぶせたのは。 『諦めたい』じゃなくって、 『諦めなくっちゃダメなんだ』って――」 「こころがちゃんと理解したのは ……多分、あの瞬間なんですよ」 「(呼吸音)」 「……看護学校。それでも高知市内を選んじゃったの、なんででしょうね? もっと遠くにいくのもアリって、すごく思ってたはずなのに」 「何度も何度も思ったんです。きっと、環境のせいだって。 こんな田舎に生まれ育って、身近な同年代の異性はあなたしかいなくって――だからきっと、それで恋しちゃってただけなんだって」 「高知でね? わたし、モテたんですよ? びっくりするくらいイケメンの、実習先の研修医の先生に告白されたし……他にも、いろいろ――」 「声かけられたとか、デート誘われたとか、10人じゃきかなかったんです。 だけど……ね。誰にも恋はできなくて――ときめくことさえ、できなくて」 「『この人を好きになれたら、きっと幸せになれるだろうな』って、そういう風に思うたび――思い込もうとするたびに、あなたの顔が、必ず浮かんできちゃって……」 「あなたへの恋を潰せても、思い出全部は消せないんです。 あなたと一緒にすごした時間が、あなたの声が、あなたの仕草が、あなたの匂いが、あなたの熱が」 「――初恋のあなたに捧げた、少女だった日のはじめてのキスが」 「全部がね? どうしようもなく、甘くて苦しくて大事なんです。 鮮やかすぎて、濃すぎるんです。 思い出したらその瞬間に、他の全部が色あせちゃうほど」 「……それに、ね。わたし。なっちゃんのこともえみちゃんのことも――すみちゃんのことだって、やっぱり、大好きなんですよ」 「一緒にいると楽しくて、危ないことから守りたくって、わたしの知ってる大事なことなら、なんでも教えてあげたくて……」 「恋は、むりやり押しつぶせても。 愛は、きっと、何をやっても、形を変えておくことですらできないんです。 どうがんばってもすぐさまに、もとの形を取り戻しちゃって……」 「男女間の愛がなにかを、わたしは未だに知らないですけど。 知りそこねちゃったのかもしれませんけど―― そうしてこれは、家族愛ともきっと違った、いびつなものって思いますけど」 「それでもね? わたしの胸のこの感情に、ひとつ名前をつけるなら――」 「…………(呼吸音)(長い溜息)」 「多分、愛って。 他に名前があるはずないって……そうとしか思えないんです」 「って、なに話してるんですかね、わたし。 一人で、勝手に、こそこそと」 「だけど……うん。 今この瞬間が、きっと、絶対―― あなたとふたりきりで一緒に眠る、最初で…… 多分、最後の夜が」 「大きな区切りになるんだろうなって、思います。 その区切りから、どんな未来につながっていくのか、それは全然、想像すらもできないですけど」 ;考えをまとめようとする 「(呼吸音)」 「……どんな未来にしたいのかもまだ、 今は全然、わかんないです。 けど――」 「だけど――やっぱり。 あなたのことは、願っちゃいます。 わたしの未来はわからなくても、あなたの未来は」 「あなたが泣くことがないように。 あなたが笑顔でいられるように。 あなたが健康であるように。 あなたが悩まずすごせるように」 「……あはは――ほんっと、この期に及んでって感じですけど。 キモくてウザくてクサくって、しっつこくって、重すぎるのかもしれないですけど」 「――それでも、やっぱり」 「今この瞬間のわたしの願いは。 一番強くこころに浮かんでくることは、たったひとつの言葉なんです」 ;3/右 接近囁き 「ずっとずうっと。どうか幸せでいてください」 ;3/右 「ん……(呼吸音)…… ふぁ――あ――(あくび)」 「ぁ……ふふっ、気持ち、整理できたんですかね? わたし、今ので。 なんだか安心できたみたいで、少し、眠たくなっちゃいました」 「あ――ひょっとして、はじめてじゃないかもですね。 あなたとわたしが、ふたりっきりで一緒に寝るの」 「わたしがまだ本当にちいちゃかったとき―― あなたの匂いに安心しながらすやすや寝てた…… お隣のおにいちゃんに一緒にお昼寝してもらった―― そんな時間があったのかもって、わたし、なんとなく思います」 「……わたしも、守ってもらってるんですよね。支えてもらってるんですよね。 ずっと、ずうっと。あなたに、なっちゃんに、えみちゃんに――そうしてもちろん、すみちゃんにも、とおこさんにだって」 「あ――そうだ」 ;位置そのまま、顔をダミーヘッドが向いているのと同じ向きにして 「ちまちゃん、いま、屋根の上いる? わたしの話、聞いてたりする?」 「もしもそうなら、忘れてね? それから、お願い。ここから先は、聞かないで?」 ;SE 遠くかすかに(天井を越えた屋根の上で)、軽い足音がしゅたっと天井の上から飛び去る 「ふふっ」 ;3/右(顔、マイク向きに戻して) 「これで、昔とおんなじですね。 きっと――いつかあったかもな、 あなたにわたしが守られて、ふたりっきりでお昼寝してた、そのときと」 「いまはわたしが、あなたのことを癒やしてますけど、 守ってますけど。 恩返しして――立場だけは、反対になってますけど」 「それでもきっと、一番根っこにある感情はおんなじだから。 一緒になって、安心しきって眠りたいって…… いまはもう、ただそれだけを思ってますから」 「だから、これは。恋心でも、愛情でもない―― ただの挨拶。おとなりさんの、ご挨拶です」 ;SE そうっとあなたの前髪をかきあげる 「(おでこにキス)」 「おやすみなさい。わたしのお隣のおにいちゃん。 初恋の人で、失恋相手で。だれよりも優しくてがんばりやさんな――大切な幼馴染さん」 「今夜はこのまま――あなたの腕の中で眠らせてください。 明日になればいつもどおりの、あなたとわたしに戻るしかないに決まってますから」 「(短い吐息)」 ;3/右 接近囁き ;大好きなあなたは、声にしない、息だけのウィスパーで 「おやすみなさい。大好きなあなた」 「……(満足そうな、笑みの混じった吐息)(呼吸音)」