ありすの添い寝
;////////
;Track5 (囁きパート)
;「ありすの添い寝」
;////////
;環境音F.I.
;ずっと囁き
;3/右
「(呼吸音)」
「(呼吸音)」
「(呼吸音)……ふふ、寝息、かわいい」
「何年ぶりですかね。一緒に寝るの――
ふたりきりで寝るのは……これが最初で、多分、最後だと思うけど」
「怖がるなっちゃんに添い寝してあげて――
目が覚めたらあなたも寝てて……あれが、何年前だったかなぁ」
「……すごく、昔な気がします。
こうして思い出したら、ね?
昨日のことみたいに、鮮やかに思い出せるのに」
「(長い息を吐く)」
「……ドキドキ、します。今でもやっぱり。
とっくに諦めた恋なのに。失くしてしまった――がんばってがんばってがんばってがんばって、潰して消した、恋なのに」
「あなたの匂い。あなたの体温。
ずうっとずっと、独り占めしたかった大好きが――
こんなに近くにあるんですから。ドキドキ、それは、しちゃいますよ」
「……好きだったんですよ? ほんとうに。
あなたも知ってたでしょうけど――
あなたが知っててくれる強さの、きっと何十倍も、何百倍も」
「『もう知らない』って思うことも、
『これでおしまい』って思ったことも。
きっと、両手の指じゃたりないくらい、あったかなって思いますもん」
「それでも……あきらめきれませんでしたからね。
最後の、最後の、最後まで」
「……。あなたにもらった宝物……
ほんと、ちょっとしたものなんですけどね?
蛇が脱皮した綺麗な皮とか、窓越しに投げ込んでくれたくしゃくしゃのメモとか、『ありすっぽいって思ったから』って、あなたがくれた雑誌のおまけのポストカードだとか」
「あの日……わたし、ぜぇんぶ燃やしちゃいました。
あの日――あなたとすみちゃんの距離感が、あきらかにめちゃくちゃおかしくなった――不自然に遠くなって、すごくギクシャクしはじめた、あの日」
「『ああ、そうなんだ』ってわかって……わかっちゃって。
可能性じゃなく、確信、わたし、できちゃって。
地面、全部崩れたみたいな気持ちになって……」
「ぜぇんぶ燃やして、綺麗さっぱりあきらめようって思って――だけどやっぱり、それでもあきらめきれなくて」
「(呼吸音)……
ふふっ……どうしようもないですよね。ほんとに」
「そのあとも結局、宝物コレクション再開しちゃって――
あなたとすみちゃんの結婚式の次の次の日、
またぜぇんぶ、これでおしまいって思って、燃やして」
「そこからは……コレクション自体もうやめて。
できるだけ距離を取ろうって思って……
東京とかね? もう、いっそ行っちゃおうかなって思った時期もあったんですよ」
「でも、なっちゃんがすごく大変だったから。
わたしにもできること――あなたを支えるために、頑張れることあったから、やっぱり茂伸を離れられなくて……ううん、離れたくなくて」
「それにやっぱり――そこまでいっても、
希望はどこかに持っちゃってたんです、わたし。
すみちゃんの願いは、いつでも『あなたの幸い』だから」
「あなたがわたしを一番だって選んでくれて――
『有島ありすとおることが、お主の最高の幸いなのじゃな』って、いつかすみちゃんが認めてくれる――
そんな、希望を」
「だけれどそれは叶わなくって。
えみちゃんが産まれて。なっちゃんが助かって――」
「(呼吸音)」
「…………。
飛車角さんとのお別れは、わたしにとっては突然すぎて――実感、なかなかわかなくて」
「3日くらい経ってから、だったかな。
夢に、出てきてくれたんですよ。飛車角さん」
「……『透ボンのこと、夏葉お嬢のこと、すみのこと。
おまけにワシなんぞのことまで――長いこと助け続けてくれて、まっこと、ありがとうのぉ』って」
「『がんばった分、誰より幸せになれますけぇ。
ありすお嬢の空には必ず、鮮やかな虹がかかりますけぇの』って」
;感情が高ぶりそう過ぎそうになったのを抑える
「(呼吸音)」
「……目が覚めて。ああ、夢かって思って――
そしたらね? お隣から、あなたの家から、
えみちゃんのおっきなおっきな声が聞こえて」
「『おはよおとおたん! おはよおかあたん!
おはよおなつはおねーちゃん!』って」
「その瞬間、ね? もう、だーーーーって。
目が壊れたのかともうくらいに、だーって――
涙、すごくあふれて」
「声、泣き声とか出ないんですね。ああいうときって。
ただ、喉だけが震えて、震えて。息をするのも苦しくて――」
「(呼吸音)」
「……(吐息)――いつの間にか、泣き止んで。
なんにもする気がおきなくて、ぼーっとしてて。
多分、あの瞬間なんですよ」
「わたしがちゃんと、わたしの恋を押しつぶせたのは。
『諦めたい』じゃなくって、
『諦めなくっちゃダメなんだ』って――」
「こころがちゃんと理解したのは
……多分、あの瞬間なんですよ」
「(呼吸音)」
「……看護学校。それでも高知市内を選んじゃったの、なんででしょうね? もっと遠くにいくのもアリって、すごく思ってたはずなのに」
「何度も何度も思ったんです。きっと、環境のせいだって。
こんな田舎に生まれ育って、身近な同年代の異性はあなたしかいなくって――だからきっと、それで恋しちゃってただけなんだって」
「高知でね? わたし、モテたんですよ?
びっくりするくらいイケメンの、実習先の研修医の先生に告白されたし……他にも、いろいろ――」
「声かけられたとか、デート誘われたとか、10人じゃきかなかったんです。
だけど……ね。誰にも恋はできなくて――ときめくことさえ、できなくて」
「『この人を好きになれたら、きっと幸せになれるだろうな』って、そういう風に思うたび――思い込もうとするたびに、あなたの顔が、必ず浮かんできちゃって……」
「あなたへの恋を潰せても、思い出全部は消せないんです。
あなたと一緒にすごした時間が、あなたの声が、あなたの仕草が、あなたの匂いが、あなたの熱が」
「――初恋のあなたに捧げた、少女だった日のはじめてのキスが」
「全部がね? どうしようもなく、甘くて苦しくて大事なんです。
鮮やかすぎて、濃すぎるんです。
思い出したらその瞬間に、他の全部が色あせちゃうほど」
「……それに、ね。わたし。なっちゃんのこともえみちゃんのことも――すみちゃんのことだって、やっぱり、大好きなんですよ」
「一緒にいると楽しくて、危ないことから守りたくって、わたしの知ってる大事なことなら、なんでも教えてあげたくて……」
「恋は、むりやり押しつぶせても。
愛は、きっと、何をやっても、形を変えておくことですらできないんです。
どうがんばってもすぐさまに、もとの形を取り戻しちゃって……」
「男女間の愛がなにかを、わたしは未だに知らないですけど。
知りそこねちゃったのかもしれませんけど――
そうしてこれは、家族愛ともきっと違った、いびつなものって思いますけど」
「それでもね?
わたしの胸のこの感情に、ひとつ名前をつけるなら――」
「…………(呼吸音)(長い溜息)」
「多分、愛って。
他に名前があるはずないって……そうとしか思えないんです」
「って、なに話してるんですかね、わたし。
一人で、勝手に、こそこそと」
「だけど……うん。
今この瞬間が、きっと、絶対――
あなたとふたりきりで一緒に眠る、最初で……
多分、最後の夜が」
「大きな区切りになるんだろうなって、思います。
その区切りから、どんな未来につながっていくのか、それは全然、想像すらもできないですけど」
;考えをまとめようとする
「(呼吸音)」
「……どんな未来にしたいのかもまだ、
今は全然、わかんないです。
けど――」
「だけど――やっぱり。
あなたのことは、願っちゃいます。
わたしの未来はわからなくても、あなたの未来は」
「あなたが泣くことがないように。
あなたが笑顔でいられるように。
あなたが健康であるように。
あなたが悩まずすごせるように」
「……あはは――ほんっと、この期に及んでって感じですけど。
キモくてウザくてクサくって、しっつこくって、重すぎるのかもしれないですけど」
「――それでも、やっぱり」
「今この瞬間のわたしの願いは。
一番強くこころに浮かんでくることは、たったひとつの言葉なんです」
;3/右 接近囁き
「ずっとずうっと。どうか幸せでいてください」
;3/右
「ん……(呼吸音)……
ふぁ――あ――(あくび)」
「ぁ……ふふっ、気持ち、整理できたんですかね?
わたし、今ので。
なんだか安心できたみたいで、少し、眠たくなっちゃいました」
「あ――ひょっとして、はじめてじゃないかもですね。
あなたとわたしが、ふたりっきりで一緒に寝るの」
「わたしがまだ本当にちいちゃかったとき――
あなたの匂いに安心しながらすやすや寝てた……
お隣のおにいちゃんに一緒にお昼寝してもらった――
そんな時間があったのかもって、わたし、なんとなく思います」
「……わたしも、守ってもらってるんですよね。支えてもらってるんですよね。
ずっと、ずうっと。あなたに、なっちゃんに、えみちゃんに――そうしてもちろん、すみちゃんにも、とおこさんにだって」
「あ――そうだ」
;位置そのまま、顔をダミーヘッドが向いているのと同じ向きにして
「ちまちゃん、いま、屋根の上いる?
わたしの話、聞いてたりする?」
「もしもそうなら、忘れてね?
それから、お願い。ここから先は、聞かないで?」
;SE 遠くかすかに(天井を越えた屋根の上で)、軽い足音がしゅたっと天井の上から飛び去る
「ふふっ」
;3/右(顔、マイク向きに戻して)
「これで、昔とおんなじですね。
きっと――いつかあったかもな、
あなたにわたしが守られて、ふたりっきりでお昼寝してた、そのときと」
「いまはわたしが、あなたのことを癒やしてますけど、
守ってますけど。
恩返しして――立場だけは、反対になってますけど」
「それでもきっと、一番根っこにある感情はおんなじだから。
一緒になって、安心しきって眠りたいって……
いまはもう、ただそれだけを思ってますから」
「だから、これは。恋心でも、愛情でもない――
ただの挨拶。おとなりさんの、ご挨拶です」
;SE そうっとあなたの前髪をかきあげる
「(おでこにキス)」
「おやすみなさい。わたしのお隣のおにいちゃん。
初恋の人で、失恋相手で。だれよりも優しくてがんばりやさんな――大切な幼馴染さん」
「今夜はこのまま――あなたの腕の中で眠らせてください。
明日になればいつもどおりの、あなたとわたしに戻るしかないに決まってますから」
「(短い吐息)」
;3/右 接近囁き
;大好きなあなたは、声にしない、息だけのウィスパーで
「おやすみなさい。大好きなあなた」
「……(満足そうな、笑みの混じった吐息)(呼吸音)」