チャプター1
お兄さん。
そこのお兄さん。
怪しい者じゃありません。ただの占い師です。
お兄さんがとっても渋い顔をなさってたものですから、つい声をかけてあげたくなっちゃいまして。
おおかた……、南通りのニセぱふぱふ屋でぼったくられてきたのでしょう?
ふふ……。それくらいわかりますよ、勇者様。
あらあら、なにを驚かれてらっしゃるのですか。勇者様がこの町に来てるって、知らない者はいませんわ。それに、そのように変装をしたところで、全身からあふれ出るオーラが……あなたが勇者様であることを物語っていますわ。
さあ、ここにおかけくださいな。私が罪滅ぼしをするのも変な話ですが、タダで占ってさしあげましょう。
はい、そしたら……水晶玉をじっとのぞきこんでくださいね。心を無にして……、水晶玉の奥をのぞきこむように……。じいっと……、じいっとのぞきこんでください。
水晶玉の奥に、小さな炎が見えますね? ろうそくの炎のように、ほんのりと明るく、ゆらゆらとゆらめいています。ゆらゆらゆらゆらゆらめいています。
炎の向こうに、何かが見えてきます。ぼんやりとしていて、よく見えません。なんでしょうか……?
素直な心で、じっと目を凝らして……、炎の向こう側をよ~く見てください……。
それは、あなたが最も欲しているものです。魔王にうち勝つことでしょうか。名誉でしょうか。それとも、富でしょうか……。
違いますね……。確かに魔王の打倒はあなたの夢ですが……、今のあなたが心の底から望んでいるのは、それとは別のことですよね。
少しずつ……、少しずつ炎の向こうがはっきりと見えてきます。炎の揺らぎが小さくなって……、向こう側にあるものがよく見えるようになってきます。
人の姿をしていますね……。どうやら女性のようです。
おっしゃってください。この方は……、どなたですか?
そうです。あなたのお姉さんですね。とてもやさしかったあなたのお姉さんです。
あぁ……。誰にも知られることのなかったあなたの生い立ちの記憶が……、水晶玉を通して私の心の中に入ってきます。とてもやさしく、とても暖かで、とても悲しい思い出ですね……。
これから私の言うことが間違いであったら、その時点でおっしゃってください。もう一度、水晶玉に問いかけますから。
あなたたち姉弟は幼いころに両親を亡くし、引き取られた親戚の家では奴隷同然の扱いを受け……。
朝早くに起こされて水汲みをさせられ、昼間はずっと家畜の世話と畑仕事。夜は農機具の手入れに籠作り、莚織り、ろうそく作り……。
つぎはぎだらけでドロドロに汚れたぼろを着て、小さくて硬いパンと皿の底が透けて見える具なしのスープをすすり……。
辛い日々だった……。けれど……、幸せだった。大好きなお姉さんがそばにいたから。馬小屋で藁の布団に二人でくるまり、震えながら眠った日々……。身体は寒かったけど、心は温かかった……。
そんな日々が五年ほど続いたある日のこと……。村を魔物の群れが…………。
村人たちが次々に殺され、家々は真っ赤な炎を上げて燃え……。
お姉さんはあなたをかばい、あなたを逃がし…………、襲い掛かる魔物の前に立ちふさがり…………。
そしてあなたは……復讐を誓った。お姉さんのかたきを……、すべての魔物の頂点に立つ魔王を討つのだと……、そう心に誓った。お姉さんのことを思うと、どんなつらい修行にも耐えることができた。
旅立ちの日の前に、あなたは仲間を集めるために酒場へ行った。たとえ勇者でも、一人で魔王に勝つことはできないから。
選んだのは、女戦士、女僧侶、女魔法使い。三人とも、自分より年上のお姉さんでしたね。
勇者様……、あなたはどうしてこの三人を選んだのですか? ほかにいくらでも、仲間の候補はいたでしょうに……。
理由は、あなたが一番よくご存じのはず。これ以上は問わないことにいたします。でも……、この選択は間違いだったのかもしれませんね。いまのあなたは……ひどく疲れているご様子です。
険しい旅路を歩き続けてきた疲れ、魔物と戦い続けてきた疲れ、三人の年増女に振り回され続けてきた疲れ……。
あなたはもう……、ほとほと疲れてきってしまった。旅をつづける気力も、底を尽きかけている……。
こんなはずじゃ……なかったのに…………。
………………泣いて…………おられるのですか?
よいのです、勇者様。誰にでもそういうことは……、心が折れそうになることはあるものですわ。
どうぞ中へ。ここは人目につきます。私の部屋で少しお休みになってくださいませ……。