1. そばに寄っても障りはないか?
人の子、人の子よ。
私の声、聞こえるか?
私の姿、見えているか?
微かに見える、か。
驚いたな。まさか、本当に見えるとは。
私の声や気配に気づく者がいても、
目で見ることができるのは実に珍しいのだ。
長年生きてきたが、そなたが四人目だ。
私は人ならざる者。
この七本杉の木に宿る精。
そなた、見たところ山を登って来たようだが
急に雨に降られて
私で雨を凌いでいたところか。
備えもせずにこの雲水峡に入るとは
なんとも、備えが足りぬようだな。
大分山をなめていたようだが、
この島はな、一月35度の雨が降るのだ。
中でもこの山は取り分け多い。
まあ、良い。これも何かの縁だ。
しばらくゆっくりしていくといい。
そなた、何をしにこの地へ参った
ただの物見にしては雰囲気が
他の客人たちと異なる者を感じる。
ふん、療養とな。
体が悪いようには見えぬが
ただ、いささか心を煩っているようだな。
確かに、この地は神気に満ちている。
そなたの病も癒されるやも知れん。
療養にこの自然を堪能しに来る旅人も
ここ数年増えた。
どれ、私が見てやろうか。
そばに寄っても障りはないか?
私には癒しの力がある。
触れれば体にいいだろう。
すり抜けてしまうやも知れぬが、
試してみるだけなら、良かろう。
やはり、触れることはできぬようだな。
少し、姿勢を崩して木に背を預けるといい。
そうだ。ただ、足元の苔を踏んでくれるな。
触れることはできなくとも、
このようにぴったりと重なって横にいれば
多少なりとも気を伝えることはできよう。
どうだ?神気を感じるか?
私の姿を見ることができるそなたなら、
効き目はじゅうにぶんにあるだろう。
雨足がまた強くなって来たな。
ここまで酷いと、さすがに濡れないと言う訳にはいかんだろうけど、辛抱できるか?
ふふっ、いい子だ。
もっと、力を抜くといい
体は軽く、そこらの木葉の如く
風が吹けば、徒然、靡いていく。