Track 7

ちせと一つ床(添い寝パート)

;環境音・無音(か、ごくささやかな室内空調) ;ここから完全に安眠導入なので、基本、ずっとウィスパーでリスナーさんを驚かすような方向のお芝居ないようにで、よろしくお願いいたします。 ;3/右 【ちせ】「ん……(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)――ふふっ」 【ちせ】「なんや、ちせ――まだ起きとるのに夢みてしもとるみたいやわ。 1200年生きとって――まさか今日の今日、はじめて男はんと……それも、他の誰でもないお客はんと……一緒の寝床にはいっとるやなんて」 【ちせ】「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)――ひょっとしたなら昔にはそないな夜も、あったのかもしれません。 家族の誰か……父なり兄なりそないな人に――寝かしつけとってもらえたよーる夜も」 【ちせ】「せやけど、な。 ちせには、想い出がもう残っておりませんのですわ。 廓に買われて禿になるまえ―― 篝火太夫にお仕えするまえ――その前の、子供だったころの想い出が」 【ちせ】「……………………」 【ちせ】「ちせは、な。どこにでもある、貧しい農家の娘だった。そのことならば覚えとります。 日照りがおきて、飢饉になって――口減らしに売られたことは、覚えとります」 【ちせ】「そのころはちせ、こないに大きな体をしとらんかったさかいに―― 女衒はんにも、遣り手はんにも、『器量よしや、かわいいこぉや』って褒められて―― そんなんはじめてやったから嬉しくて……『ええとこに買ぉてもろおた』て、素直に思うて」 【ちせ】「……実際、篝火太夫にお仕えさせてもろたんやから、ほんまにちせは恵まれた禿で―― お姐はんはもちろん、他の遊女はんたちにも遣り手はんたちにも芸者はんたちにもかわいがってもろて。 ゆくゆくは天神、末は太夫やいわれて――完全にその気になっとって」 【ちせ】「せやけど、な……体がどんどん大きうなって、5尺を超えても6尺を超えてもとまらんで。 大禿やら笑われるようになってしもうて……その頃から、まわりの空気がガラって変わって」 【ちせ】「見世物小屋に売り飛ばそういうよーな話も、冗談やら本気やらわからんくらいの調子で言われて。 怖く怖くてなさけのうて……背中丸めて小さくしとって、そないしとったら余計にひどく笑われて」 【ちせ】「……そないな中でも、篝火太夫だけは――お姐はんだけは、変わらずやさしうしてくれはって―― 『ちせはいつかは太夫になる身やさかい』いうて、お化粧の仕方も、床の作法も、大きなるまえとおんなじように教えてくれて」 【ちせ】「……太夫になるような遊女はんはな。普通は、恋のお芝居がえらいこと上手なお人ですんよ。 旦那はんの一夜の恋に上手にあわせて――けれどもどこかは、冷たくきいんと醒めてはる。 旦那はんがたが太夫にぶつけるような思いを真正面から受け止めとったら……そりゃあ身もこころももたなくなるさかいに、あたりまえの話なんですけどな」 【ちせ】「せやけど――篝火太夫は――ちせのお姐はんはちごとりました。 一夜の間、夜が開けるまで――廓から去る旦那はんの背が、小いそうなって、見えんよーになってまうまで」 【ちせ】「篝火太夫の姐はんは、その旦那さんと恋に落ちて、恋に狂って、夫婦(めおと)になって…… そないなタイプの……太夫にはほんまは向いとらん。せやさかいに、最高やゆわれる太夫にならはった人やったんよ」 【ちせ】「そないなお人やったから、旦那はんの方も狂ってしもうて――身代(しんだい)をすっかりすりつぶして、借金まみれになって、廓に出入り禁止になって…… 『他の男の物になってしまうくらいなら』って――多分、思うて……廓に火、つけてまうほどに、狂ってしもうて」 【ちせ】「(静かな呼吸)*4」 【ちせ】「……お姐はんがおきとる間は、ちせも眠るわけにはいかんさかいに。夜が明けて、篝火太夫のお姐はんが、旦那はんの背を見送って―― 『ほな寝ましょうな』いうてもろうて、布団にもぐって――なんや、熱いなと思うて目が覚めて――」 【ちせ】「そしたらな、篝火太夫のお姐はんが――ちっさな細い体でな、ちせのこと必死に抱きしめてくれとって。 『えらい熱いけど、どないしたんでっかー』って聞いたら、『悪い夢みとるだけやさかいに、もっかい寝ぇや』て。優しゅう優しゅういうてくれはって…… ほんで、ふーって。眠ったんだか気ぃ失ったんだかわからんよーになって……」 【ちせ】「おきたときには、ちせ、あやかしになっとりました。 篝火太夫のお姐はんのおらへん、名も知らんような廓から廓へ渡り歩いて…… 新町でも他のどこでも、『大禿』いうてからかわれながら暮らしとる……そないなけったいなあやかしに」 【ちせ】「『ああ、ほんまに悪い夢や』思うて。寝ておきたらもとの廓、篝火太夫の腕ん中におるやろ思うて。 けどこの夢がいつまでたっても覚めへんで……だんだん、いろんなことがわかって」 【ちせ】「ちせが人間だったころ、大禿(おおかぶろ)いうもんがおるゆうて、絵巻に描いた絵かきがおって。 それがまったく別の、たぬきが化けたでっかい顔の、大禿(おおかむろ)いうあやかしといっしょくたにされて」 【ちせ】「そのせいでちせ、目覚めたときにちせのまま、大禿(おおかぶろ)いうあやかしにされてしもとって。 なんやあやふやでいごこちわるいし、時代がどんなにうつっても、廓をどれだけうつっても、 新町も遊郭ものーなって、赤線が廃止されて、戦後になって、なんちゃら風呂やらソープランドやら、廓の名前も次々かわって」 【ちせ】「……いつまでたっても目ぇ覚めへんし。いっそ消えてしもたら楽やろか思うたこともニ度や三度やなくてなぁ。 けど、その度に――(呼吸音)(呼吸音)」 【ちせ】「『悪い夢見とるだけやさかいに、もっかい寝ぇや』いうて笑ってくれた―― 篝火太夫のお姐はんのこと……思い出してな」 【ちせ】「せやさかい。夢から覚めて、またお姐はんにお仕えできる日がくるかもしれんて…… そう思うて、しがみつくようにへばりつくように暮らしとるうち…… ものべのの、ご開祖ちゃんやらいうあやかしから、誘いが来てな」 【ちせ】「人とあやかしと半妖とが笑って一緒にくらしとる村―― 土佐の高知のものべのいう村に、新しい旅館をつくるって―― その旅館の仲居として迎えたいって――手紙が来てな」 【ちせ】「廓の外で暮らしたことなんかなかったさかいに、迷って、怖くて―― せやけどもう、篝火太夫とちせが暮らしとったような廓なんてもう、 世界のどこにも残ってへんって、それもほんとは、ずうっと前からわかっとったから」 【ちせ】「思い切ってものべのに宿変(やどが)いして、『旅館あやかし』の仲居になって―― 女将はんやら板長はんやら、出入りの魚屋のまことこまやらと仲ようなって……。 ほんでいま、お客はんに、こないな話までで聞いてもらえて」 【ちせ】「もしな? いまこのときが夢だったとして。 目が覚めたら、篝火太夫のお姐はんにだっこしてもろて眠っとる……長い長い長い夢をちせが見とるんだとして」 【ちせ】「『しあわせな夢をみてましたー』って、姐はんにわらって報告できる…… 1200年生きて今はじめて、ちせ、そんなふうに思えとります」 【ちせ】「それに……それに、な」 【ちせ】「恋をお金で売り買いしとったような昔も、自由恋愛がそこらにごろころ転がっとるよーにまでなった今どきも。 ちせにはとーんと縁がなかった、恋心、いうもんを……」 【ちせ】「男はん、でも、お客はん、でものーて、その…… ちせの……ちせのな? 『旦那はん』って、呼びたいなって…… そう呼べたなら、えらいことしあせになれるんと違うかなって……思ってしまうような、その……」 【ちせ】「(告白したいけどできないトーンの呼吸)*4――あ」 【ちせ】「んふふ、そうやね。眠たいとこに長話、眠気こらえてつきおうてくれて……ほんま、おおきに」 【ちせ】「(しずかで優しい吐息)――ちせも、なんや、もう眠たいわ。 心配して、よろこんで、はしゃいで――なんやしらん、えらいドキドキドキドキしてしもて…… だいぶん、つかれてしもーたみたいや」 【ちせ】「…………おやすみなさい、お客はん。 明日も、もしも気がむいたなら? ちせと一緒にちょっとでも―― 時間、すごしてもらえたら、ちせはほんまに、うれしいなぁ」 【ちせ】「…………せやさかい。おやすみなさい――『また、明日』」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸)*4」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸)*4」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸)*4」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸)*4」 ;囁き+眠気の交じる声 【ちせ】「あんな……お客はん……もう、ねむってしもた?」 【ちせ】「もしも、ねむってなくても、な? これは、ちせの寝言やさかい―― 聞こえんかったことにして、また眠ってな?」 【ちせ】「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)」 【ちせ】「おやすみなさい……ええと――その―― ちせの――きっと――できたら――未来の……っ!」 ;SE 照れて布団にもぐっちゃう ;布団にもぐってくもぐったこえ(できればマイク前でそれっぽく) 【ちせ】「『おやすみなさい――旦那はん』」 ;4*4セットの間に、興奮からだんだん落ち着いていき、寝息になっていく 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸*4」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸*4」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸*4」 【ちせ】「(寝入ろうとする呼吸*4」 【ちせ】「(寝入りつつある寝息x4)」 【ちせ】「(寝入りつつある寝息x4)」 【ちせ】「(穏やかな寝息x4)」 【ちせ】「(穏やかな寝息x4)」 【ちせ】「(熟睡寝息x4)」 【ちせ】「(熟睡寝息x4)」