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(通常.ver) 01.引きこもり開始。幼馴染(男)が家にやってくる。

◆1  午前の鈴谷宅――  一人の優等生が悩み暮れていた。 【京子】 「ふむ」 【京子】 「ふーむ」 【京子】 「ふぅぅぅぅーーむ」 【京子】 「暇だなぁ」 【京子】 「することがないぞ……」  平日の昼間にも関わらず、部屋着姿でぽけーっとして  いた。 【京子】 「――読書っ! ……は、勿体無い。せっかく引き篭も  ってるのに読書で時間を潰すなんて、なんのために引  き篭もってるのか解んないぞ」 【京子】 「勉強っ! も……。ゲームっ! も……、せっかくの  引き篭もりが台無しだぞ。夜に出来ることだもんな」 【京子】 「引き篭もってるからこそできること……そこにきっと  何か……。何らかの魔性な魅力がある、はず……」  瞑目して考える。 【京子】 「…………」 【京子】 「平日……お天道様の見えてる時間帯……お昼……。  ――はっ!! 昼ドラ……!?」 【京子】 「ドラマなんていう非現実的なストーリーの作品を見て  何が面白いのか解んないけど、……うん。そうだな」 【京子】 「リビング行こうリビングっ!」  ……  … 【京子】 「な、なんて過激な……。~~っ、ぶ、部長と……。え  っ……、え?」 【京子】 「うそっ、そんな……会議室で、えっ……あ、ぁ~……」 【京子】 「う、後ろからっ……は、はあぁ~……」  それからそれから。 【京子】 「如何わしい。なんたることだ、昼間っからあんなドラ  マを放送してるなんて……。こ、抗議の電話を……」 【京子】 「あいや、主婦の皆さんの楽しみを奪うのは気が引ける  な……」 【京子】 「まいっか。ふぅ……紅茶でも飲みながら、ニュースで  も見るかな」  ソファに腰かけ、紅茶の香りを楽しみながらチャンネ  ルを回す。 【京子】 「……」 【京子】 「ワイドショーも沢山あるんだなぁ……。ん……ずず」 【京子】 「ふぅ、これでいっか」  見慣れたコメンテーターが知った風に喋る姿を眺める。 【京子】 「ふーん……」  登場したフリップに目を通す。 【京子】 「んぉ、これが世間を騒がせてるあの……。へぇ……そ  んな情報掴んできてるんかぁ」 【京子】 「ふむ、興味深い」  昼が過ぎていく。  ……  …  ピンポーン 【京子】 「んっ? だ、誰だ……?」  日中にも関わらず鳴ったチャイムに身を強張らせる。 【京子】 「……」  少しの静寂。  乱暴にチャイムを連打される様子はない。 【京子】 「宅配の運ちゃんかな。出たほうが……、あいやいや」 【京子】 「私は引き篭もりだぞ。引き篭もりは外の人とコミュニ  ケーションを取らないんだ。ここは居留守だな、うん  うんっ」  ピンポーン  再びチャイムが鳴った。  一度のチャイムで退かない辺り、この家に用事がある  のは明白だ。 【京子】 「……。とりあえず、インターホンのカメラで外を覗い  てみ――」  ……がちゃがちゃ 【京子】 「ん? 玄関から音が……」  ガチャッ 【京子】 「んぇ、うそっ。玄関開けたぞっ」  まさか……っ、泥棒? 【京子】 「えっ、え。ど、どうすればいいのだ。か、隠れないと  ……っ」  本当は隠れている場合じゃないのだろう。  けど、突然のことに身体が保守的になっていた。  取りあえず、ソファの隅に身を屈める。 【京子】 「…………っ……」  頭に手を被せ、息を潜めた。  ……数瞬の間。 【男】 「鈴谷さーん」  玄関から人の声がした。  男の人の声だ。 【男】 「鈴谷京子さーん」  しきりに名を呼んでいた。 【京子】 「……? 私のこと、呼んでる……? 泥棒じゃないの  か……」 【男】 「お届け物でーす」 【京子】 「誰だろ……? なんか、聞いたことある声な気が……」 【男】 「……」  がさがさ……  包み紙で包装するような音が聞こえる。 【京子】 「んんぅ……?」  ガチャ 【京子】 「んぁ……」  パタン  ……カチャ  玄関の開閉音に、鍵が閉まる音。 【京子】 「帰った、のか……?」  防御態勢を解いて、周囲を警戒する。  ……問題なさそうだ。 【京子】 「……。よしっ」  好機とばかりにそそくさと玄関に向かう。  果たして、玄関には誰もおらず、代わりとばかりにあ  る物が鎮座していた。 【京子】 「ん。なんだろこれ」  茶封筒を拾う。 【京子】 「……茶封筒。学校の名前が印刷されてるやつだ」 【京子】 「てことは、中身も……」  糊もしていない簡素な封筒の中身を確認。 【京子】 「んぁ、やっぱり。保健便りと……、生徒総会のお知ら  せと、数学と古典の課題……。学校のもんばっかだ」 【京子】 「学校の誰かが持ってきてくれたって筋が濃厚か。――  ん?」  茶封筒とは別に、玄関のマットに落ちていた紙を摘む。 【京子】 「なんだこれ。大学ノートの切れ端……。なんか書いて  るぞ……」 【京子】 「ん゛、ん゛ん゛っ」  軽く咳払い。 【京子】 「“お届け物です 合鍵使わせてもらった すまん”」  こんな感じの声色だっただろうか。  声真似しておいてなんだが、酷い物まねだ。 【京子】 「ご丁寧にフルネームで書いてら」 【京子】 「……そういえば、合鍵なんて作ってたっけか」  近所に住む幼馴染――  疎遠になった男の子――  近くにいるようで遠い、彼のことを思い出す。 【京子】 「……」  ……胸がチクリと痛んだ。  ……  … 【母】 「京子」 【京子】 「んぁ。なんじゃらほい?」 【母】 「今日一日引き篭もってみて、どうだった?」  母は私の実験に協力的だ。  校則上、問題のない範囲内のことならば、母は『なん  でもしろ』とのことだった。  全く、持つべきものは理解のある家族だなと実感する。 【京子】 「んん……、確かに収穫はあったぞ」 【母】 「ほほぉん」 【京子】 「平日の真昼間に見ることのできるもんがいくつかあっ  たんだ。そこから得られる情報は意外にも豊富でなぁ」 【母】 「ふんふん」  相槌を打ちながら箸を動かしていた。  日常会話の一つでしかないような様子だ。 【京子】 「ただ、テレビの報道だけを見て知識を付けると、偏っ  た知識を植えつけることになるぞ。やっぱり外に出る  ことのほうが大切だ」 【母】 「色んな目線で見なきゃな」 【京子】 「うむ。多角的な視点から物事を見ないとな。もぐもぐ  ……」 【母】 「昼ドラは見たの?」  喉に詰まらせる。 【京子】 「んぐぅっ……! ひ、昼ドラ……だと……」 【母】 「今期のはすごいらしいからな。会社でもちらほら耳に  する」 【京子】 「そ、そうかぁー、社内でも耳にするくらい過激なのか  ぁー」  視線を脇に逸らした。 【母】 「で、見たの?」  しつこい女だ。 【京子】 「見たと訊かれると、私はぁ……」 【母】 「私は」 【京子】 「……。じょ、情報収集することは悪いことではない。  どんな情報でも明日への活力に繋がるのだ」 【母】 「活力になるくらい激しかったの」 【京子】 「そうじゃないぃぃ! 激しいのを見たから活力になっ  たわけじゃないぃぃ! そんなんじゃ、ないのだ……  ぞ?」 【母】 「今の間はなに」 【京子】 「うるさい。ご馳走様っ」 【母】 「食器片付けてねー」 【京子】 「はーいよー、任されよっ」  ……  …  葉書サイズの大学ノートを開く。  表表紙には『実験レポート帳』と書かれていた。 【京子】 「じっけん、だぁ……い、いーちにーちめ、っと」 【京子】 「“本日より、『実演・引き篭もりの一ヶ月』を開始す  る”」 【京子】 「“まず手前準備として、出席すべき日数の確認と、自  分が抱えている責務の確認を行った”」 【京子】 「“まず、出席すべき日数の三分の一を欠席すると留年  だが、これを回避することは容易であるので問題なし”」 【京子】 「“また、必須科目の出席数についてもだが、こちらも  丸一ヶ月以内ならば滞りなく単位を取得できるため、  問題なし”」 【京子】 「“そして、自分がいないと進行が滞る懸案は、今のと  ころないのでこれも問題なし”」 【京子】 「“次の準備として、身近な人間へのフォローを行った”」 【京子】 「“まずは親への説得”」 【京子】 「“こちらは予想していた通り、両親は私の意見を容認  してくれた”」 【京子】 「“やはり親は偉大だ。我が子の意見をしっかりと聞い  てくれる。そして高判断を下してくれる”」 【京子】 「“教師へのフォローは親が行ってくれるようなので、  本当に頭が上がらない”」 【京子】 「“次に、自分の友人だ”」 【京子】 「“引き篭もりの実験を行う旨を、親しい友人へメール  で報告した”」 【京子】 「“何名かが心配する内容のメールを寄越したが、何通  か連絡を交わし自分の意思を説明すると、彼女らは納  得してくれた”」 【京子】 「“まったく。私は良い友を持ったものだ”」 【京子】 「“以上の準備により、この『実演・引き篭もりの一ヶ  月』は順調に進んでいくものと思われる”」  溜息一つ。  ペンを置いて、丸まってしまっていた背中を伸ばす。 【京子】 「ふんっ……ん、んんーっ……あぁっ」  ……あまりの気持ちよさに、だらしない声が出てしま  った。  ま、まあ誰も見ていないし……別にいいだろう。  さて。 【京子】 「んぅ……あとは、今日の実験報告を……」 【京子】 「きょーぉーは、なーにぃが、あったーかぁな、っと」 (今日は何があったかな) 【京子】 「今日は……。ドラマを見て、人との間の複雑な関係や  営みを観察して、ワイドショーで専門家の視点からの  意見を聞いて、それから……」  ――夕方。 【京子】 「……」  彼が、家にやってきた。 【京子】 「……私の幼馴染が、来たんだっけ」  置手紙と共に、校名刻印の茶封筒を……。  夕方に聞いた、アイツの声を思い出す。  同時に溢れてくる、思い出の数々。 【京子】 「昔は……なんでも知ってて、賢くて、明るくて、優し  くて……」 【京子】 「けど、進学したら、勉強は頑張らなくなって、学校も  たびたび休んで……それでいて、何故か先生たちと仲  が良くて……」  もう遊ぶことはなくなった、疎遠な幼馴染。  だけど、アイツのことならすらすらと言葉が浮かぶ。  どうしてだろうか。  最後に会話したのだって、思い出せないくらいに遠い  過去の話だというのに。 【京子】 「……」 【京子】 「んぁ、そうだ。プリントを届けてくれたお礼を……」  机の上に置かれた充電器。  昨晩からそこにセットされたままの携帯を手に取る。  アドレス帳を開いて、アイツのアドレスを……。  あ、か、さ、た……  ……あれ、そういえば。 【京子】 「……私、あいつのメールアドレス、知らないぞ……」  そんな馬鹿な。  仮にも幼馴染、アドレスを知らないはずが……。 【京子】 「そっか……。携帯持ったのって、去年だもんなぁー。  入学してから買ってもらったんだっけ」  携帯を手にして、一年以上が経つ。  充分に機会はあったはずなのに、アドレス帳不在のま  まなアイツの名前。  如何に、彼と疎遠なのかを感じる。 【京子】 「あいつと遊ばなくなって、何年経つのかな……。昔は、  それこそずっと……」  夕方に感じた胸の痛み。  誤魔化すように頭を振った。 【京子】 「……ま、昔のことをとやかく言っても仕方ないかな。  今だ今っ! 今こそが重要なんだ!」 【京子】 「っしゃあぁぁ! どんどん書いていくぞぉぉ!」

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