Track 2

(通常.ver) 02.呑気に歌っているところを幼馴染に聞かれる。

◆2  キッチンには換気扇の回る音と油が控え目に跳ねる音  がしていた。 【京子】 「目玉焼きをおいしく作るには、割った卵をそっとフラ  イパンに乗っけることだけでいい」 【京子】 「フライパンに対して低い位置で割る。これが最高の目  玉焼きを作るたった一つの秘訣」 【京子】 「ふむ……」 【京子】 「たかが目玉焼き。たったこれだけで味が変わるとは思  えないけど……」 【京子】 「……料理も奥が深い、ということか」  段々と白身が白濁していく。  タンパク質が熱によって固形化しているのだ。 【京子】 「学校の家庭実習じゃ学べないことだな。こういう科学  的な根拠に基づいた調理法は、テレビじゃないと紹介  しないだろう」 【京子】 「ふむ……。料理の本でも買うかな」 【京子】 「おっと、そろそろ水を……」  小皿によそっていた少量の水をフライパンにかける。 【京子】 「ぅおっ……」  突如、油が音を立てて跳ね始めた。 【京子】 「ふふん、ちょっとだけびっくりしたなり」  ちょっとだけな、ちょっとだけ。  決して飛び上がるほど驚いわけじゃない。 【京子】 「蓋閉めて……ちょっとばかし待機だぞ」  ……  …  ダイニングに食器に触れる音が寂しく響く。 【京子】 「ん……おいし」  舌触りのいい黄身の感触。  確か、低い位置から卵を落とすことで黄身の細胞を壊  さずにより美味しいなんちゃらかんちゃら……。  むぅ、忘れてしまった。 【京子】 「だけど、食べ比べてみないと、よりおいしいかどうか  解んないぞ」 【京子】 「もぐもぐ……」  いつも以上に広く感じるダイニング。  咀嚼しながら部屋を見渡し、いつもと違う風景を楽し  む。  物淋しいとは少し違う、説明し辛い孤独感。  けど、これはこれで新鮮味があり、居心地は悪くない。 【京子】 「食事なんて腹が減るから仕方なく取ってるだけだけど、  食べるなら……まぁ、おいしいほうがいいよな」 【京子】 「一ヶ月あるし、色々勉強してみるかなぁ。これも引き  篭もってるからこそできることだ」 【京子】 「将来には私が家庭のために家事をしなくてはならない  んだからな」 【京子】 「つまりこれは……花嫁修業……」  ……。 【京子】 「ち、違うのだ。これは引き篭もってるからこそできる  ことを挙げただけなのだ」 【京子】 「ずず…………っはぁ」  ……赤みその香りが鼻に抜ける。  あぁ、日本人としての幸せをいま私は感じている。 【京子】 「昼ドラも見なきゃなぁ」  ……  … 【京子】 「ふぅ~♪ ふらら~ぁ~ああ↑ さんばりとぅ――」  ピンポーン 【京子】 「なっ!?」  とんでもないタイミングでチャイムが鳴った。  反射的に身を屈めて息を潜める。 【京子】 「ぅぅっ……ま、まずいのだ。歌を歌ってたの聞かれた  かも知れぬぞ……。居留守を使っているとバレるなり  ぃ……」  ……。  追撃は……ない。 【京子】 「……。だ、大丈夫かなぁ」  がちゃっ 【京子】 「ひぅっ」 【京子】 「だ、だれだっ。どろぼうっ? け、警察に……いや、  それよりもまず洗濯物を隠さないとだぞっ」  窓からの日当りが良いリビングのど真ん中にある自分  の下着たち。  おぉ、神よ。神々しいまでに光を浴びている彼女らを  どうか救いたまへ……! 【男】 「おじゃましますー」 【京子】 「んっ? この、声……」 【男】 「鈴谷さーん」 【京子】 「もしかして……。また、あいつ来てるのか?」 【男】 「お届け物ですよー」 【京子】 「…………プリントを届けにきたみたい、だな」 【男】 「……」 【京子】 「昨日のお礼も兼ねて、受け取りに行ってやる――いや  っ、さっき歌ってるの聞かれたかも知れんっ。恥ずか  しくて顔合わせられんっ」  戸の向こうから聞こえる、がさがさという音。  またもや、茶封筒だろうか? 【京子】 「……」  がちゃ、……ぱたん 【京子】 「帰った……かな」 【京子】 「……よしっ」  抜き足差し足で玄関に向かう。 【京子】 「やっぱり……」  足元に置いている茶封筒を拾う。 【京子】 「また封筒だぞ。こんなにほいほい使うとは、学校も量  産してるのかねぇ」 【京子】 「ん。また紙切れが……。んん゛っ」 【京子】 「“学校のプリント持ってきた 適当に目通しておけ”」 【京子】 「“PS. 窓閉めろ”」 【京子】 「――やっぱり聞かれてたぁぁああはぁぁああん!!」